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うろな町の不思議な人々 作者:稲葉孝太郎

第4章 駐禁違反取り締まり事件

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第31話 立会の下で 〜吉備津いづなの場合〜

「ふーん、それで私を呼んだってわけ……」
 遠坂(とおさか)は洒落たコートを身に纏い、秋風に吹かれながらそう呟いた。
 一歩前を歩いていた吉備津(きびつ)が、振り向きもせずに返事をする。
「日曜日に申し訳ございません」
「……別にいいわよ。家にいたってすることないし、吉備津くんにはこの前、葦原(あしはら)くんの件でお世話になったから」
 遠い遠い一歩。吉備津と葦原が仲良くなり、そこから遠坂との距離を縮める。気の滅入るような話だが、アラサーの女性がいきなりアタックをかけるよりはマシだろう。遠坂はそう思いつつ、今回の立ち会いについて思いを巡らせる。
 吉備津から得た情報のひとつひとつを、彼女は順番に吟味した。
「それにしても、奇異な事件ね……私も見当がつかないんだけど……」
「それは私も同様です。ですからこうして、入江さんと手分けして調査を進めています」
 手分けして。その言葉に、遠坂は訝った。吉備津の話では、入江と推理で競っているはずだ。ところが吉備津は、いつも通り粛々と事を進めている。何が賭けられているのは教えてもらえなかったが、最初から勝つ気がないのだろうか。
 疑問に思った遠坂は、少年の背中越しに声を掛けた。
「ねえ、いきなり口出しで申し訳ないんだけど……やっぱり、うろなロードケアの岩瀬って奴が、一番怪しいんじゃないの? そっちから当たった方が……」
 遠坂の忠告にもかかわらず、吉備津は歩速を緩めない。どんどん先に行ってしまう。遠坂も立会人として、もはや出過ぎた真似は控えた。黙って後をついていく。
 ひとつ角を曲がったところで、ついに目標のビルが見えた。鉄筋コンクリートに、白いペンキが塗られただけの、ありきたりな建物だ。玄関の案内には【うろなセキュリティ】という文字が刻まれている。1階は別の事務所になっているようだ。
 こぢんまりとしたビルを見上げ、遠坂が呟く。
「ずいぶん小さいのね……。これで町の半分をカバーできるのかしら?」
「うろな町の専業企業ですからね。……それにここは事務所で、警備車両などは、裏手の倉庫を使っているようです。町を拠点にする企業としては、むしろ大きい方でしょう」
 吉備津の説明に頷きながら、遠坂は彼が動き出すのを待った。特殊能力の3回縛りがあるので、簡単には手が出せないはずだ。どうやって吉備津が入江を出し抜くつもりなのか、遠坂はだんだんと興味を持ち始めた。
 ところが吉備津は、玄関の前に立ったまま、全く行動に出ようとしない。
 遠坂が訝しがっていると、吉備津は時刻を尋ねてくる。
「今、何時ですか?」
 遠坂は腕時計を見た。針は短針が12の数字に掛かろうとしていた。
「……そろそろお昼ね。12時前だわ」
 吉備津は特に礼も言わず、ひたすらドアの方を伺っていた。
 しばらくして、作業服を着たひとりの中年男性が現れる。それと同時に、吉備津はその男へと歩み寄り、声を掛けた。
「こんにちは、うろなセキュリティの重役の方ですか?」
 吉備津の質問に、男は少し驚いたような顔をする。
 見ず知らずの少年に話し掛けられたのだから、無理もない。
「そうだが……。きみは?」
 吉備津は男の問いを無視して、右手の指を折り曲げ、狐の形を作った。
 そしてこう呟く。
「古今東西、お狐さまの言う通り」
 吉備津が口を噤むと、男は一瞬だけふらつき、その場に立ち尽くす。
 何やらまじないを掛けたようだ。それは遠坂にも分かる。
「……ここでは目立ちます。そちらの物陰に移動しましょう」
 吉備津の指示に従って、男はビルとビルとの狭間に連れ込まれた。
 時間がないと見たのか、吉備津は男の名札をチェックし、早速言葉を放つ。
「中村くん、今日はごくろうだったな」
 吉備津の声に合わせて、中村と呼ばれた男は畏まった。背筋を伸ばし、へこへこと頭を下げ始める。
「こ、これは社長、今日はゴルフと伺いましたが……?」
「この前ここへ刑事が来ただろう。それで少し気になってな」
「ああ、あれですか……。あれはきちんと追い返しましたので……」
 男はしどろもどろになりながら、愛想笑いを浮かべた。
 部下と上司。どうやら吉備津の能力は、他人に幻覚を見せることのようだ。入江の催眠術に比べると、若干効率が悪い。入江がストレートに話を聞き出せるのに対して、吉備津は遠回りな会話をしなければならないからだ。少なくとも、遠坂はそう評価する。
 果たしてうまく聞き出せるだろうか。遠坂の不安を他所に、吉備津は話を続けた。
「既に報告は受けているが、あのときのことを、最初から説明してくれないか?」
「は……? それにつきましては、電話でお知らせしました通り……」
「いいからもう一度話せ。いくつか質問したいことがある」
 吉備津の語気に押され、男はゆっくりと口を開く。
「先週、駐車監視員の(みなもと)さんから、『自転車の誤回収があったと、うろな署の方で騒ぎになっているが、どういうことか?』と質問されました。うちでは全く心当たりがありませんでしたので、うろなロードケアの岩瀬(いわせ)様と相談したのですが、岩瀬様も全くご存じないようで……」
「岩瀬は心当たりがないと言ったのか?」
 吉備津がそう問うと、男は曖昧に頷き返す。
 吉備津は視線を斜め下に落として、しばらく物思いに沈んだ。
「……岩瀬が嘘を吐いている気配はなかったか?」
「い、いえ、そんな様子は全く……」
 男はかぶりを振り、吉備津の疑念を強く否定した。これには遠坂も驚かざるをえない。まさか岩瀬が潔白だったとは。先にうろなロードケアへと向かった入江の有利は、これで消え去った。
 五分と五分。遠坂は、じっと会話の行方を見守る。
「今回の事件については、うろなロードケアも含めて、誰も真相を知らないのだな?」
「は、はい、全くおかしな話でして……」
「誰か心当たりはないか? 我々に恨みを持っている連中とか……」
 吉備津がそこまで言うと、男はハッとなった。何か思い当たることがあるらしい。
 吉備津はひと呼吸置き、それから核心部分へと触れた。
「誰かいるのか?」
「い、いえ、ちらっと頭をかすめただけでして……」
「いいから話せ」
 男はさらに数秒ほど躊躇った後、ようやく答えを返した。
鬼道(きどう)グループの仕業では……?」
「キドウグループ……? 何だそれは?」
 吉備津の質問に、男は再度怪訝そうな顔をする。
「すまん、最近物忘れが激しくてな……。誰だったか思い出せん……」
 やや苦しい言い訳だが、男は社長を気遣うように笑みをこぼした。
「入札のときに参加した大手警備会社ですよ」
 遠坂と吉備津の視線が絡み合う。
 入札。大手警備会社。これで全ての線は繋がった。吉備津は男を解放する。
「そうか……ご苦労だったな……」
 吉備津はパンと手を叩き、男を硬直させた。
 そしてその場を去り始める。
「ちょ、ちょっと、この人はどうするの?」
 遠坂は中村と吉備津を交互に見比べ、それから吉備津の後を追った。
 吉備津は背中越しに返事をする。
「30秒もすれば意識を取戻します。それよりも急ぎましょう」
「急ぐって、どこへ?」
池守(いけがみ)さんのところです。どうやらこの事件、うろな署を巻き込んだ大事件に発展する可能性があります。早く手を打たねば……」
 吉備津はそう言うと、道ばたでタクシーを呼び止めた。
 後部座席に乗り込んだふたりに、運転手が行く先を尋ねる。
「うろな署へお願いします」
 運転手はちらりとバックミラーを覗き込む。行き先を不審に思ったのだろう。
 だがそこは接客業。運転手はハンドルを回すと、大通りへとタイヤを滑らせた。
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