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冬過ぎて、春来るらし 作者:稲葉孝太郎

第4章 駐禁違反取り締まり事件

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第30話 立会の下で 〜入江杏の場合〜

「ぐすん……これはどういうことなんっすかね……?」
 寒空の下、厚着した逆木(さかき)が、入江(いりえ)の前で鼻をすすっていた。
 入江は秋風も何のその、まるで寒さなど感じないかのように、無表情で答えを返す。
「それはもう説明したのです。人の話を聞いてなかったのですか?」
「変な陰陽師と対決することになったんで、立会人を頼む……ですよね?」
 逆木が入江の説明を暗唱すると、入江はうんうんと首を縦に振った。
「ちゃんと覚えているのです。だったら問題ないのです」
「いや、それがどういうことなのか、って訊いてるんっすけど……」
「どうもこうもないのです。勝負には立会人が必要なのです」
「だからって日曜日に呼び出すのはほんと勘弁してくださいよッ!」
 逆木が大声を上げたところで、入江が急に立ち止まった。何事かと思って見ると、目の前には【うろなロードケア】と書かれた2階建てのビルが聳えたっている。
 それが入江の目的地であることを、逆木少年はすぐに悟った。
「早速潜入するのです」
「潜入って……まさか裏口から忍び込む気ですか?」
 逆木が尋ねると、入江はさも当然のように頷き返した。
「当たり前なのです。正面突破は無理なのです」
 無理じゃないだろ。逆木は心の中で叫び、さらに口にも出す。
「全然オッケーですよ。(あんず)さんの催眠術があれば、簡単に……」
 逆木がそう言い終える前に、入江が口を挟む。
「やっぱり分かっていないのです。今回は『特殊能力3回縛り』のルールがあるのです。入口の警備員に使っていたら、大損するのです」
 なるほど、そういうことか。逆木もようやく納得がいった。
 祝日返上という自分の境遇には納得がいかないものの、陰陽師と宇宙人の対決など、そうそう見られるものではない。しかも内容が推理対決なのだから、世界広しと言えども、この興行を見れるのは、自分ともうひとりの立会人くらいだろう。
 逆木はそう考え、今のシチェーションをポジティブに捉えることにした。そうでもしなければやっていられないのだ。
「それでUFOも使わなかったんですね……杏さんって、意外と真面目……」
「真面目とかそういう問題ではないのです。約束は約束なのです」
 それを真面目と言うんだろう。逆木はそう言いかけた口を押さえ、玄関をチラ見する。いかつい顔のガードマンがひとり、ガラス戸の前に立ちふさがっていた。
 逆木は声をひそめて、入江に話し掛ける。
「どうやって入るつもりなんですか?」
「私にいい考えがあるのです。今から逆木は、私のお兄ちゃんなのです」
「は?」
 逆木が尋ね返す暇もなく、入江はお腹を抱えてその場にうずくまった。
「うーん、うーん、お兄ちゃん、杏のお腹が痛いよお」
「え、は、え? ……ああ、そういう」
 逆木が慌てていると、入江が呻くのを止めて視線を返してきた。
 さっさと演技しろと言うことらしい。逆木は急いで調子を合わせる。
「うわッ! 駄目だよ杏ッ! おうちまで我慢しないとッ!」
「うーん、お腹が痛いよお。漏れちゃうぅ……」
 ちょっとあからさま過ぎるか。そう思った逆木だが、ガードマンはうまく引っかかってくれたようだ。心配そうにこちらへと駆け寄って来た。
「きみたち、どうしたんだい?」
「ちょ、ちょっと妹が腹痛を起こして……」
「うーん、痛いよお……」
 少々迫真さに欠けているが、ガードマンは逆木たちにビルの入口を指し示した。
「トイレは、あそこから入って右にあるからね。早くしなさい」
「ど、どうもありがとうございます」
 逆木は演技がバレないうちに、入江をビルの中へと運び込んだ。小学生並の体重なので、高校生の逆木なら楽々と担ぐことができる。
 ガードマンに言われた通り、右手の方へと回りつつ、上階への道を探した。
「しめた、階段があるっす」
 逆木はトイレへ行くフリをして、階段をそのまま駆け上った。
 万一見つかっても、案内を誤解したと言えばいい。逆木は少し気が楽になる。
 2階へ上がると、左右にいくつかの扉が見えた。逆木は一旦踊り場に戻り、入江の指示を願う。とっくに演技を止めた入江は、逆木の背中からぴょんと飛び降りた。
「目標は社長室なのです。……どれが社長室か調べてくるのです」
「え、俺がですか?」
「そうなのです。ここではまだ能力を使いたくないのです」
 普段は入江の言いなりになっている逆木だが、今回ばかりは違っていた。立会人という地位を利用して、強気の態度に出る。
「それはできないですよ」
 逆木の拒絶に、入江は顔を上げた。
「どうしてなのですか?」
「俺は先輩の助っ人じゃなくて、立会人として来てるんです。さっきのだって、よくよく考えたらルール違反ですよ。俺も気付かなかったから大目に見ますけど、今後俺をパシリに使うのは止めてください」
 逆木がそう言い切ると、入江も納得したように頷き返した。
「だったらそこで待っているのです。ここからは私ひとりで行くのです」
「それも駄目です」
 逆木は人差し指を振り、入江の間違いを正す。
「なぜ駄目なのですか?」
「先輩がひとりきりになると、俺が審判できなくなりますからね」
「それでは困るのです。ふたりでは目立つのです」
「それを考えるのが、杏さんの仕事っすよ」
 逆木は日頃の鬱憤を晴らすかのように、したり顔でこの議論を制した。
 入江は特に怒るわけでもなく、目下の状況を冷静に分析し始める。
「うろなロードケアの岩瀬とか言う男が、全ての鍵を握っているに違いないのです。池守刑事たちが担当を外されたのも、警察OBとして裏から手を回したに決まっているのです。だからここで決着をつけるのです」
 逆木は入江の分析に同意する。大まかな流れしか教えられていないものの、うろなロードケアという会社の社長が怪しいのは、逆木にも自明なように思われたからだ。
 もしかすると、ここでいきなり勝負がついてしまうかもしれない。ライバルの陰陽師はどこへ行ってしまったのだろうか。逆木は疑問に思う。
 逆木がそんなことを考えていると、ついに入江が動き始めた。
「秘書で1回、岩瀬で1回なのです。これで十分なのです」
 入江は階段を駆け上がり、廊下をどんどん進んで行った。逆木も慌ててそれを追う。途中で誰かに出くわすこともなく、ふたりは社長室と書かれたプレートを発見した。
 入江は躊躇せず、ドアノブを回した。扉が開いたところで、事務机に座っていた女の秘書と目が合う。女は不審な少年少女に気付き、腰を上げる。
「あなたたち、どこから……」
 その瞬間、入江の瞳が光った。秘書はふらふらと椅子に座り直し、ふたりを通す。
「どうぞ……岩瀬社長がお待ちです……」
「ちゃんと在室しているとは、グッドタイミングなのです」
 入江は秘書の前を横切り、ついに岩瀬の部屋の扉を開けた。
 重々しい音とともに、応接間のような空間が開ける。岩瀬と思わしき痩せこけた男は、机で煙草を吹かし、書類に目を通している最中だった。
 秘書が来たと思ったのか、岩瀬は何の気なしに顔を上げた。
「何の用だ? ……ん、きみたちは」
 岩瀬が顔をしかめた瞬間、再び入江の瞳が光った。
 岩瀬は眩しそうな顔をした後、両腕をだらりと垂らす。書類が宙に舞い、入江たちの足下に散らばった。
「どうぞ……入ってくれ……」
「お邪魔するのです」
 入江は遠慮なく社長室へと足を踏み入れた。
 ふかふかのソファーに腰を下ろし、ぽんとお尻を跳ねる。
 逆木は念のためにドアを閉め、それから入江の隣に座った。
 なかなか座り心地のいいソファーだなどと思っていると、入江が尋問を開始する。
「もはやチェックメイトなのです。今回の事件の真相を喋るのです」
「今回の……事件……? 何の……ことだ……?」
「自転車の大量盗難未遂事件なのです。シラを切っても無駄なのです」
 入江たちが答えを待っていると、岩瀬は辛うじて聞き取れる音量で返事をする。
「……知らない」
 思わず顔を見合わせる逆木と入江。入江は少しばかり声を大きくする。
「知らないはずがないのです。ちゃんと話すのです」
「知らないものは……知らない……」
 これにはさすがの入江も戸惑ったのか、逆木の方を見つめてきた。
 俺に聞くなと、逆木は彼女の視線をスルーする。
 入江は岩瀬へと向き直り、質問を続けた。
「あなたがうろな署に手を回して、捜査を中断させたのではないのですか?」
「中断させた……わけでは……ない……。本当に……防犯が必要だと……思った……」
 2番目の推理も外れ、入江はしばらく口を噤んだ。常人ならばパニックになりかねないところだが、そこは感情のない宇宙人、すぐさま体勢を立て直す。
「なぜ防犯が必要だと思ったのですか?」
「今回の事件に……ついては……うろなセキュリティの……重役とも……相談した……。全く見当が……つかない……。どちらも身に……覚えが……ないのだ……」
「うろなセキュリティもうろなロードケアも、無実を主張しているのですか?」
 入江の問いに、岩瀬は黙って頷いた。
 逆木は入江の横顔を盗み見る。始終鉄面皮な彼女だが、何年も付き合いのある逆木には、微妙な変化が読み取れた。
 ……若干困惑しているようだ。いくら感情のない生命体とは言え、喜怒哀楽が0というわけではないらしい。無論、感情が0になると、病気や死に対する恐怖心もなくなり、そのまま種が滅んでしまうのだから、当たり前と言えば当たり前のことである。
 逆木が黙って控えていると、入江はさらに質問を続けた。
「誰か怪しい人物はいないのですか? 窃盗団にしては奇妙なのです」
「分から……ない……ただ……」
 岩瀬はそこで言葉を濁した。入江は先を促す。
「早く言うのです。誰か怪しい人物がいるのですか?」
「分からない……ただ、我々の……スキャンダルを……求めている奴が……いる……」
 スキャンダル。予期していなかった単語に、逆木は若干身を乗り出した。立会人として公平な立場を保たねばならないが、この場の怪しげな雰囲気に呑まれてしまったのだ。
 その横で、入江はさらに言葉を継いだ。
「我々とは誰ですか? うろなロードケアですか?」
「私の会社と……うろなセキュリティと……それに……警察もだ……」
「道路管理に関わる組織、全てのスキャンダルということですか?」
 岩瀬は頷き返し、それからがくりと首を垂れた。
 逆木は慌てて腰を上げる。呼吸を確かめるため、事務机に駆け寄った。
 胸元が上下しているのを見て、逆木はとりあえず胸を撫で下ろす。
「……い、生きてるみたいですけど、これは?」
「おそらく、体力が続かなかったのです。この男は、健康状態がよくないのです」
 だとしたら不味いんじゃないのか。逆木がそう言う前に、入江は席を立った。
「あ、杏さん!?」
 逆木の呼びかけに、入江はそっと振り返る。
 名探偵にでもなったかのような鋭い眼光で、入江はこう答えた。
「大悪手かと思ったら、そうでもなかったのです。どうやら私たちは、最初から見当違いなことをしていたのです」
「見当違い……? 犯人の目星がついたってことですか?」
 入江は少年に背を向け、社長室の出口へと向かった。
 逆木がもう一度呼び止めようとしたところで、入江が言葉を返す。
「池守さんのところへ行くのです。彼なら催眠術なしでもヒントをくれるのです」
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