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うろな町の不思議な人々 作者:稲葉孝太郎

第4章 駐禁違反取り締まり事件

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第23話 新展開を求めて

本章はミステリー度低めです。
 秋も深まりつつある、10月末の日曜日。
 遠坂(とおさか)朱美(あけみ)は自宅のマンションで、憂鬱な朝を過ごしていた。窓から見える街並も、灰色の風景と化し、沈んだ心に重くのしかかってくる。
 だがそれだけではない。彼女の気持ちを暗くするものが、この部屋にはあるのだ。
「昼間から外ばかり見て、何が楽しいのですか?」
 子供っぽい女の子の声。
 今さら振り向くまでもないと言った感じで、遠坂は言葉を返す。
「別に楽しくはないわよ……」
「楽しくないのに見ているのですか? ……これは興味深い現象なのです」
 宇宙人にとっては、だろう。遠坂は内心そう付け加えた。あまりにも億劫なので、わざわざそれを口にするようなことはしない。ただひたすらに景色を眺め続ける。
 ……いや、正確に言えば、景色を眺めているわけではないのだ。視点がそこに固定されているだけで、心はここに非ず。彼女は今、うろな町にいる想い人、葦原(あしはら)瑞穂(みずほ)くんのことを考えているのだった。
 好きな人のことを思って憂鬱になる。これはいったいどういうことなのか。30年生きてきた彼女にも、さっぱり分からない。それとも、あの宇宙人の言う通り、興味深い現象なのだろうか。
 遠坂の思考が乱れ始めたとき、今度はもっと幼い女の子の声が聞こえてきた。
「ママー、この本読んでー」
 本という単語を耳にして、遠坂は後ろを振り向く。
 身長に差があるだけで、およそ顔立ちのそっくりな少女ふたりが、本棚のそばで勝手に本を漁っている。それは彼女が何年もかけて集めた、古書のコレクションである。
「本ぐらい自分で読むのです。ミヨはもう赤ちゃんではないのです」
「だってこの本、漢字ばっかりなんだもん」
 ミヨと呼ばれた少女が、拗ねたように本を差し出した。
 朗読を依頼された本人の方は、依然として無表情な顔をしている。一見ミヨのお姉さんに見えるが、実は違う。彼女の母親なのだ。遺伝子上の、ということだが、それでも血縁関係があることに変わりはなかった。
「仕方がないのです。今日だけなのです」
「わーい♪」
 娘から本を受け取った少女、入江(いりえ)(あんず)は、ぺらぺらと適当なページをめくり、それから冒頭の一行を読み上げようとした。
 ところが最初の一字で、彼女の唇が止まる。
「……これは日本語の本ではないのです。漢字しか書いてないのです」
「えー? ママも読めないの?」
 こう言われると、人間2種類のタイプに分かれる。無理矢理読もうとするタイプと、即座に諦めるタイプ。
 杏は後者だった。本をさっさと閉じて、ミヨに返す。
「他の本にするのです。遠坂先生はいっぱい持っているのです」
「じゃあねー……」
「ちょっと、入江さん」
 遠坂の声に、杏が振り返る。
「何か用なのですか?」
「それはこっちの台詞なんだけど……うちへ何しに来たの?」
 一瞬質問の意味が分からなかったのか、杏は黙って遠坂を見つめ返した。
 それから、ぽつりと答えを返す。
「地球人の生態を調べているのです。今回の報告テーマは『アラサー独身女性の休日の過ごし方』なのです。遠坂先生は、サンプルとしてどんぴしゃりなのです」
 そんなことを調べてどうするのだ。遠坂は首を傾げざるをえない。
 それに、彼女の週末の過ごし方は特殊なのだ。大抵は古書店を歩き回って、何か掘り出しものはないかと物色する。こんなことをしてる人間自体が少ないのだから、サンプリングに問題があるだろう。そう考えた遠坂だが、面倒で口にはしなかった。宇宙人がどのような偏見を抱こうと、彼女の知ったことではないからだ。
「来るんなら、あらかじめ言っておいて欲しかったわね……」
 遠坂はぼそりと非難する。
 約束が無かっただけではない。朝起きたら、勝手に書斎の本棚を漁られていたのだ。どうやら正面玄関から入ったのではなく、屋上から乗り込んで来たらしい。宇宙船に乗って来たとは言え、非常識な訪問の仕方である。
「これは不法侵入よ。今度同じことしたら、管理人に突き出しますからね」
「不法侵入ではないのです。地球は星間条約を結んでいないので、裁判権がないのです」
 何だそれは。無茶苦茶だ。遠坂が呆れ返っていると、杏の方から話題を変えてきた。
「ところで、あの少年とはうまく行っているのですか?」
「あの少年? ……ああ、葦原くんのこと?」
 恋の話に突然切り替わり、遠坂は若干慌てた。
「そうなのです。私は地球人の生殖行動についても興味があるのです。身近なサンプルとして頑張ってもらわないと困るのです」
「そういう言い方をしないッ! それに、あなたとは関係ないでしょう!」
 遠坂は顔を赤らめて、杏の言葉を遮った。
 だが杏は怯まない。
「関係なくはないのです。遠坂先生と葦原くんに面識ができたのは、私たちがコンビニの事件を解決したからなのです。ちゃんと貢献しているのです」
 確かにその通りだ。あの事件が解決しなければ、葦原とは永遠に客と店員の関係だったであろう。遠坂もそれは認めざるをえない。
「それについては感謝してるけど……深入りはちょっと……」
「深入りではないのです。先生と葦原くんの仲は、深入りするほど深くないのです」
 事実を指摘され、消えかかっていた憂鬱な気持ちがぶり返す。
 深入りするとかしないとか、そういう間柄にすらなっていない。コンビニ事件を解決して以来、葦原とはほとんど疎遠になっていた。遠坂が学校の職務で忙しいのもあるが、最大の問題は、接点がないということだった。被害者と探偵の関係を、いつまでも口実にできるわけでもない。
 仕方がないので、時々池守(いけがみ)の友人ということで出会っていたが、それは彼女が望んでいるものとは全く違っていた。
「はあ……」
 遠坂は深く溜め息を吐き、額に手を当ててうなだれた。
 やはり無理なのか。目の前が暗くなりかけたところで、インターフォンが鳴る。
「やっと来たのです」
 意味の分からぬことを口走り、杏が玄関に向かおうとした。
 遠坂は慌てて腰を上げ、彼女を制止する。
「私が出るから、あなたたちはここでおとなしくしてなさい」
 遠坂は書斎を出てリビングを通り過ぎ、玄関へと急いだ。
 誰だろう。来客の予定はなかったはずだが。
 遠坂がインターフォンのボタンを押すや否や、男とも女ともつかぬ声が聞こえてきた。
《もしもし、吉備津(きびつ)ですが……》
「いづなくん!?」
 訪問者の意外な正体に、遠坂は大声を上げてしまった。
 慌てて口元を押さえ、自分を落ち着かせる。
「……今日はどうしたの?」
《杏さんに呼ばれたのですが……》
 そういうことか。遠坂は、さきほどの杏の台詞を思い返す。
「入江さんなら居るけど……うちで何をする気?」
《何も聞かされていないのです。朝起きたら、枕元に手紙がありました。宇宙人にみすみす侵入されるとは、私としたことが……。不覚でした》
 陰陽師としてのプライドが許さないのか、吉備津は少し苛立っているようだった。
 遠坂は少しばかり同情し、正面玄関を開けることに決めた。ひとつ隣のボタンを押す。
「じゃ、玄関は開けたから、すぐに……」
《いえ、その必要はありません》
 そう言うが早いか、いきなりドアをノックする音がした。
 なるほど、こいつもか。遠坂は鍵を開け、チェーンを外す。ドアを開けるとそこには、学生服姿の吉備津いづなが立っていた。
「おはようございます」
「おはよう……どうやって入ったの? 屋上?」
「屋上から入れないこともありませんが……今回は管理人の方に少々……」
 その先を、吉備津は言わなかった。
 大方、催眠術か何かだろうと、遠坂はそう察しをつける。
「まあいいわ、とりあえず上がって」
「では、失礼致します」
 遠坂は吉備津を引き連れ、書斎へと戻る。
 室内の様子を垣間みた瞬間、彼女は悲鳴を上げた。
「ちょっと! 何してるのッ!?」
 遠坂はミヨに駆け寄り、少女が持っている本を取り上げた。
 表紙の黄ばんだそれは、神田の古本屋で大枚をはたいて買った稀覯本のひとつ。
 遠坂は青ざめながら、本の状態を調べた。
「……何ともないみたいね」
「当たり前だよー。ミヨはお行儀がいいもん!」
 そう言いながら、ミヨはまた別の本へと手を伸ばす。
 遠坂は少女と本棚の間に立ちはだかり、キッと教師の睨みを利かせる。
「ここの本は禁帯出ですッ! もう見せませんッ!」
 遠坂の剣幕に驚いたのか、ミヨは杏の後ろに隠れてしまった。
 ふたりのやり取りを眺めていた杏は、不思議そうな視線を向けてくる。
「読めない本には意味がないのです。本は読むためにあるのです」
「それはそうだけど……ここの本は貴重なのよ」
「だったらスキャンして保存した方がいいのです。宇宙船に全自動瞬間スキャナーがあるのです。後で貸してあげるのです」
「え、ほんと?」
 遠坂は少しばかり機嫌を持ち直した。スキャンの必要性は前々から感じていたのだが、古本は折り曲げるだけでアウトになることも多い。しかし宇宙人の技術を使えば、ページを開かずにスキャンできる。
 やはり宇宙人の友だちはいいものだ。遠坂がそんなことを考えていると、後ろで待機していた吉備津が、そっと唇を動かした。
「ところで、私が呼ばれた理由は何なのでしょうか……?」
 吉備津の問い掛けに、杏はようやく彼の方を振り向いた。
 今まで気付いていなかったかのような素振りだ。
「いいところに来たのです。遠坂先生のために、ひと肌脱ぐのです」
「ひと肌脱ぐと言われましても……何をすればいいのやら……」
 吉備津はそう言って、怪訝そうに天井を見上げた。
 確かにこれでは、皆目見当がつかない。遠坂自身、彼に何かを頼む気はなかった。
 それとも、葦原攻略について秘策があるのだろうか。遠坂は杏を盗み見る。
「簡単なのです。遠坂先生に、男心を教えてあげて欲しいのです」
「男心……? つまり、男性をなびかせる術ということですか?」
「そうなのです。遠坂先生の片想いを知っているのは、私とミヨ、いづなくんに、うろな町の池守という刑事しかいないのです。だからここは、いづなくんがひと肌脱ぐのです」
 なるほどと、吉備津は納得がいったような顔をした。
 けれども当の遠坂は、半信半疑である。
「でも、吉備津くんはちょっと変わってるから……」
「大丈夫なのです。いづなくんは人生経験豊富な変わり者なのです」
 本当に大丈夫だろうか。首を傾げつつも、遠坂は窓際の書き物机に腰を下ろす。
「あ、ごめん、椅子がないから、適当に座ってちょうだい」
 遠坂の勧めに従い、杏たちはそれぞれカーペットの上に腰を落ち着けた。
 吉備津は物憂い顔で、しばらく沈黙に沈む。
 何となく気まずい。遠坂は慎重に先を促す。
「ちょっと変なシチェーションだけど……何かアイデアはある?」
「アイデアと申しますか……とりあえず、一般的な男性の喜ばし方をお教えしましょう」
 意外に乗り気だ。普段はもの静かで何もしない吉備津が、率先して口を開いている。
 遠坂の未来に、一筋の光が見え始めた。
「まず女性は、教養がなくてはいけません。和歌の贈答はもちろんのこと、月夜の晩には琴など吟じ、もののあはれを……」
「ちょっと待った」
 遠坂は吉備津の説明を止めた。
 吉備津は視線を上げ、遠坂を見つめ返す。
「……何かお気に召しませんでしたか?」
「それって、現代の話?」
 遠坂の質問に、吉備津はあっさりとかぶりを振る。
「いいえ、私がまだ本当に少年だった頃の……」
「ってことは、数百年前の話なのね……。現代じゃ通用しないわ」
 ばっさりとそう切り捨てた遠坂に、吉備津は渋い顔をした。
 杏はふたりを見比べ、それから話に割り込んでくる。
「よく分からないのです。なぜ時代が問題になるのですか?」
「人間の恋愛感覚が、時代とともに変わるからよ」
「それはおかしいのです。ホモ・サピエンスはホモ・サピエンスなのです」
「おかしくないの。あなたの星だって変わるんじゃないの?」
 遠坂がそう尋ねると、杏はすっかり考え込んでしまった。答えが見つからないのか、杏はミヨに話を持ちかける。
「ミヨはどうなのですか? 好きな人はいるのですか?」
 母親の問いに、ミヨははにかみながら答える。
「うん、いるよー」
「誰なのです? ママの知らない人ですか?」
「うんとね、宇宙保育園のウィルくんだよ。ミヨのこと、お嫁さんにしたいって」
 微笑ましい話だ。遠坂は思わず目を細めてしまう。
「それは駄目なのです」
 母親の拒絶に、ミヨは目を丸くした。
 遠坂も意外に思う。
「えー、何で? ママはウィルくんのこと嫌いなの?」
「生殖可能年齢でもないのに、結婚しても意味がないのです。ママが断って来るのです」
 杏がそう言うと、ミヨは床に寝転んで、大暴れし始めた。
 ばたばたと手足を動かし、大声で泣き叫ぶ。
「やだやだやだッ! ウィルくんのお嫁さんになるもんッ!」
「駄目なものは駄目なのです。そもそも結婚の目的は……」
「取り込み中のところ悪いんだけど……」
 遠坂が割り込むと、ミヨはぱたりと動きを止めた。
 やはり嘘泣きだったか。こういうところは、母親の杏よりも、感情を持ち合わせた遠坂の方がよく分かる。
「ミヨちゃんが言ってるのは、将来の話で、今がどうこうじゃないと思うんだけど」
 遠坂の指摘に、杏は娘を見やる。
「そうなのですか?」
「そうだよー」
 にっこりと笑い返すミヨ。杏は納得顔で、さきほどの発言を撤回する。
「それならいいのです。誰とでも結婚するのです」
「それは親としてどうなの……」
 呆れ気味な遠坂。そこへコホンと咳払いが聞こえた。
 振り返ると、吉備津が澄まし顔で他の面子を眺めている。
「……これでは話が進みません。私から提案させていただきます。葦原くんと私は、外見上は同世代です。ここはひとつ、私と葦原くんが仲良くなることから始めてみては? そうすれば、遠坂先生をご紹介するなど、色々便宜が図れると思いますので」
 遠坂は口元に指を添え、吉備津の作戦を検討する。
 確かに葦原少年と一番話し易そうなのは、吉備津いづなだった。実年齢はともかく、社会的には同世代で間違いないからだ。しかも同性ときている。
「要するに、外堀から埋めるわけね……。なかなかいいアイデアじゃない」
「お褒めに預かり光栄です」
 ぺこりと頭を下げる吉備津。
 話がまとまりかけたところで、杏が再び混ぜっ返しにかかる。
「どうして人間はそう遠回りなのですか? さっさと告白すればいいのです」
「はあ……あなたはもういいわ……」
「それは反論になってないのです。理論的説明を要求するのです」
 遠坂は杏を無視して立ち上がり、リビングへと向かう。
 他のメンバーも、めいめい腰を上げた。
「休日しか動けないわけだし、早速へ移動しましょう。みんな私の車に乗って」
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