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うろな町の不思議な人々 作者:稲葉孝太郎

第2章 置行堀ひったくり事件

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第17話 つままれた話(解決編)

※本作は第13話と同日の出来事です。
 男は仕事をしていた。
 空になったアイスのケースを取り出し、それを洗浄機に放り込んでいく。手慣れているとは言えなかったが、男は黙々と働いていた。
 人通りは少なく、車の音もまばらになっている。
 午後10時半。閉店まで後30分を切ろうとしたところで、ふいに自働ドアが開いた。
 人の気配はなかったはずだ。そう思った男だが、反射的に挨拶をする。
「いらっしゃいま……!?」
 男は驚愕し、持っていた空のケースを取り落とした。
 プラスチックがカラカラと跳ねる中、男は逃げ場を求めてカウンターを飛び越えた。
 だが、客はそれを許さなかった。
「待つのです」
 少女は襟首を掴み、男を店内へと引きずり戻した。
 その小柄な体からは想像もできない怪力に、男は悲鳴を上げる。
「ひえー! お赦しください!」
「ならば人間のフリを止めるのです。私にはそもそも効いていないのです」
 少女の声に合わせて、男は煙に包まれた。
 小さな狸が、少女の腕の中でバタバタと暴れ回っている。
「い、入江さん! 命ばかりはお助けを!」
「別に解剖したりはしないのです。狸の生態はもう分かっているのです」
 杏は狸を掴んだまま、無表情にそう答えた。
 それを聞いた狸は、心無しか平静を取り戻し、杏の顔を見上げた。
「ど、どうしておいらだと分かったんだい?」
「あなたは昼間、しきりに顔を撫でていたのです。ただの奇麗好きかと思ったのですが、よく考えたら違うのです。アレは、蚊に刺されたことを誤摩化していたのです。店員の制服は顔と腕だけが露出しているので、顔を撫でる仕草で両方掻いていたのです」
「そ、それだけでおいらを疑ったのかい?」
「それだけではないのです。あなたは池の周りをうろついていると聞きましたが、あの辺りに狸が住めるような深い森はないのです。それどころか、人や車がたくさん通っていて、狸がうろうろするには危険過ぎるのです。だから人間に化けて何かをしていることは、すぐに分かったのです」
 杏の推理に、狸は観念して首をうなだれた。
「お、おいらも亀吉爺さんみたいに、マイホームが欲しかったんだよぉ……。だからここでアルバイトをすることにしたんだ……。狸じゃ雇ってもらえないから、こうやって毎晩人間に化けてたんだよ……」
「なぜ昼間にしないのですか? 深夜勤はきついのです」
 尋問を始めた杏に、ポン助は敬語で答え始める。
「へへ、夜だから楽なんですよ。人間に化けると言っても、店員と客に幻覚を見せているだけですからね。狸の体じゃ、そんなにたくさん仕事はできないんです。夜はお客がそんなに来ないですし、それでいて給料がいいとくれば、逃さない手はないですよ」
 ポン助はそう言って、愛想笑いを浮かべた。
 杏は眉ひとつ動かさず、狸の瞳を見つめ返す。
「衛生状態が疑わしいのです。保健所行きなのです」
「ひえー、そ、それだけはご勘弁を! 体はキレイにしてますんで!」
 ポン助は再び杏の腕の中で暴れ始めた。
 杏は狸の毛皮に鼻を突っ込むと、くんくんと鼻を鳴らした。
「……確かに獣臭くないのです。保健所行きは取り下げるのです」
「そ、そこらの狸とは違いますからね……。ところで、おいらはアイスを……」
「そのことも分かっているのです。あなたはアイスを盗んでいないのです」
 杏の無罪判決に、ポン助はホッと胸を撫で下ろした。
 大きく息を吐き、例の愛想笑いを浮かべる。
「へへ、どうやら丸っとお見通しのようで……」
 ポン助が降参すると、杏は自説を披露し始めた。
「あなたはあの日、アイスを墨田さんに売ったのですが、彼女が去った後であることに気付いたのです。墨田さんがそこの角を曲がったことは、窓越しに見ていました。あなたは懐中電灯を持って、彼女を追いかけたのです。そして、あの分かれ道に辿り着いたのです」
「そ、そこまで調べてるんですかい? いったいどうやって?」
「刑事2人を誘拐して、その記憶を探ったのです。実は今夜、この2人があなたを捕まえに来るはずだったのです。2人には、私の宇宙船で眠ってもらっているのです」
「う、宇宙船? 入江さんは人間じゃないんですかい?」
 ポン助は激しく狼狽えたが、杏は黙って彼の顔を見つめるばかりだった。
 観念したポン助は、洗いざら白状し始める。
「おいら、アイスを買って帰るなら、きっと近所の人だろうと思って、右の道から調べたんですよ。あっちは行き止まりになってるんで、間違ってたら雑木林を抜けて左の道へ渡れますからね。そしたら、行き止まりまで人と会わなかったもんで、林を抜けて行ったんです」
「それが人魂の正体なのです。……墨田さんに何と言ったのですか?」
 杏の質問にポン助はヘヘッと笑い、さらに言葉を継いだ。
「何も言ってませんよ。ただ『おーい、待ってくれえ』って言ったんです。懐中電灯をくわえてたもんで、うまく喋れなかったんですがね。女の人の足音が聞こえたんで、林の中からもう一度呼びかけたんですよ。ところが……」
「悲鳴を上げて逃げられたのですね。当然なのです。痴漢だと思われたのです」
「そいつは心外ですよ。せっかく忘れ物を届けようと思ったのに……」
 ポン助はそう言うと、うるうると瞳を潤ませた。
「忘れ物というのは、チョコレートアイスのことですね?」
 そこまで読み切られているとは思っていなかったのか、ポン助は目を見開いた。
 その反応を無視して、杏は唇を動かす。
「あなたはあの夜、チョコアイスを箱の中に1個入れ忘れたのです。その代わり、隙間にはドライアイスが入っていて、墨田さんはそれを持って帰ったのです。家に帰って確認せずに箱を冷凍庫へ仕舞ったので、ドライアイスが溶けて隙間ができたとは思わず、どこかで盗まれたと勘違いしてしまったのです」
「そ、そうなんですよ。見たらカウンターにアイスのカップが残ってたんで、慌てて後を追いかけたんです。そしたらあの様で……」
 そこで会話は途切れた。
 車が一台通り過ぎ、テールランプが赤く店内を染めた。
「お、おいらをどうする気ですか? ま、まさか千里姐さんに……?」
「千里さんに突き出したりはしないのです。そもそも、何も盗まれていないのです。どうして千里さんに嘘を吐いたのですか? あそこで話せば事件は解決したのです」
「う、嘘は吐いてないですよ。アイスを盗んだかって訊かれたから、盗んでないって本当のことを言っただけです」
 ポン助の詭弁に、杏は満足しない。
 首根っこを押さえつけて、さらに尋問を続けた。
「それでは答えになっていないのです。なぜ事件の真相を話さなかったのですか?」
「……じ、実はですね、妖怪にも縄張りがあって、この辺はおタマさんのシマなんです。おタマさんは気性が荒いんで、勝手に働いてることがバレたら、何をされるやら……あの爪を見ただけで、ぞっとしちゃいますよ」
「……なるほど、分かりました」
 杏はそう言って、ポン助を床へと下ろした。
 ポン助は彼女の足下に這いつくばり、杏のご機嫌を伺う。
「こ、このことは、どうかご内密に……」
「……分かりました。黙っておくのです」
「へへー、ありがたき幸せ」
 ポン助はぺこぺこと頭を下げ、何度も拝礼を繰り返した。
 杏はそれを眺めながら、ひとつ条件を付ける。
「但し、問題があるのです。このままでは、事件が収束しないのです。人間の刑事を納得させる必要があるのです」
「に、人間を説得するって、そいつは無茶ですよ!」
 大声を上げたポン助に、杏はそっと答えを返す。
「私にいいアイデアがあるのです」

  ○
   。
    .

 翌日、池守と紙屋は警察署の近くにある喫茶店で打ち合わせをしていた。
 2人とも両腕を組み、何やら浮かない顔をしている。
「うーん、昨日の夜、何か大切なことをしなかった気がします……」
 紙屋の独り言に、池守もうんうんと頷き返した。
「おまえもか……? 俺も何か大事なことを忘れている気がするんだよな……」
「そうなんですか? もしかすると私たち、仕事のし過ぎで疲れてたのかもしれませんね」
 紙屋は自分をいたわるようにそう呟くと、コーヒーを一口飲んだ。
 彼女が何気なく喫茶店の入口へと目を向けたとき、その指が思わず止まった。
「先輩、あの子ですよ。ほら、現場で会った高校生」
 紙屋の指摘に、池守は後ろへと首を捻った。
 見れば、入江杏ともう1人の少女が、自働ドアをくぐって店の中に入って来る。
 もう1人の少女の方は、何やらぶつぶつと杏に文句を言っていた。
「ねー、ママー、どうして昨日の夜は連れてってくれなかったの?」
「ミヨはもう寝ていたのです。子供は9時に寝ると決まっているのです」
「ママだけずるいよー!」
「ずるくはないのです。ママはもう大人なのです」
 ミヨが杏をママと呼んでいることに、池守は少々違和感を覚えた。
 とはいえ、小さな子が姉をママと呼ぶこともあるのだろうと、子育て経験のない池守はそう決め込み、こちらへ近付いて来る少女へと手を振った。
 杏は最初からそうするつもりだったのか、一直線に池守の席へと足を運んだ。
「こんにちはなのです」
「こんにちはー♪」
「入江ちゃん、こんにちは。……最近よく会うね」
 池守は隣に置いていた鞄を退け、席を勧めた。
 店員が注文を取りに来たが、杏は無愛想にそれを断った。
「今日もミヨちゃんのお守りかい? 大変だね」
「これは社会的な義務だから仕方がないのです」
 よく分からない理由付けをされ、池守は目を白黒させる。
 とはいえ、家庭の事情に介入する気もなく、杏もミヨもそれで幸せそうなのだから、池守はその話題を打ち切った。そして、紙屋の方へと向き直る。
「紙屋、結局あのアイス事件はどうするんだ? 手掛かりがなくなっちまったぞ」
「そ、そうですね……。アイスクリームショップでも何もなかったですし……アレ?」
 紙屋は視線を天井に上げ、しばらく自分の記憶を探った。
「私たち昨日、アイスクリームショップに寄りましたよね?」
「ん? ああ、寄っただろ。それで……」
 池守はそこで口を噤み、顔をしかめた。
「それで……何をしたんだっけか……?」
「私も覚えてないんですよね……アレレ……?」
 2人が首を傾げていると、そこへ杏が口を挟んだ。
「覚えていないということは、大して重要では無かったのです。忘れても問題ないのです」
「うーん、でも後で報告書を書くときに……」
 紙屋が思い出そうと首を捻っていると、彼女のポケットで携帯が鳴った。
 折りたたみ式のそれを取り出し、紙屋は画面を確認する。
「す、墨田先輩からです!」
 紙屋はすぐに通話ボタンを押し、携帯を耳に当てた。
「もしもし、紙屋ですが……あ、はい……はい、え? 見つかった?」
 紙屋は目を宙に泳がせながら、他の3人の視線を無視して通話を続ける。
「は、はい……い、いえ、分かりました。……ええ、まあ、その……こちらで何とかしますから……で、では……」
 紙屋は通話を切ると、それをポケットへ仕舞い込む。
 気まずそうに頭を撫でながら、彼女は池守に向かって愛想笑いを浮かべた。
「あ、あの、見つかったそうです」
「何が? 犯人か?」
「い、いえ……アイスが……」
 沈黙。池守は呆れたように顎を落とし、椅子にもたれかかる。
「見つかったって、おまえそれ……」
「れ、冷凍庫の隅に隠れてたそうです……アハハ……」
 わざとらしく笑う紙屋に、池守は大きく溜め息を吐く。
「アハハ、じゃないだろ……俺の時間を何だと思ってるんだ……」
「す、すみません……今度おごりますので……」
 紙屋は笑うのを止め、しゅんと肩を落とした。
 池守は険しい表情をしつつも、後輩を赦す。
「まあいい……今度からは気をつけろよ……」
 2人の間で会話が止まる。
 そのやり取りを見ていた杏が、何気に唇を動かした。
「まさに、狸につままれたような話なのです」
 杏の発言に、池守と紙屋は顔を見合わせ、笑みを漏らした。
「……何がおかしいのですか?」
「ごめんなさい。でも、人間をつまむのは狸じゃなくて狐なのよ」
「ああ確かに、狐につままれたような話だったな」
 池守はそう言い、豪快に笑い声を上げた。紙屋もそれにつられて笑う。
 その雰囲気に流されたのか、ミヨも意味なくキャッキャと笑った。
 ひとり杏だけが無表情に、3人の顔を見比べる。そして一言。
「本当に狸なのです」
以上で、第2章『置行堀ひったくり事件』は完結です。
いかがでしたでしょうか?
お楽しみいただけたなら幸いです。

犯人はすぐお分かりになられたのではないかと思います。
後は事件の全貌をどこまで推理できるか、というあたりでしょうか。
よく考えたらこの事件、丸1日で解決してるんですよね^^;

遠坂さんメインの話が続いていましたが、
ここからは本格的に池守+紙屋コンビが捜査の主役を張り、
遠坂さんはサポーター役という形になると思います。
もちろん、葦原くんも登場します^^

第3章はちょっと暗い話を予定していまして、
今度は幽霊譚+吉美津くんのエピソードという感じを構想中です。
ではでは、またどこかでお会い致しましょう。
+注意+
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