挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
冬過ぎて、春来るらし 作者:稲葉孝太郎

第2章 置行堀ひったくり事件

16/71

第15章 聞き込み(妖怪サイド)

※本作は第13話と同日の出来事です。
 宇宙船に乗った(あんず)たちが西の山に到着したのは、午後2時過ぎのことだった。
 千里(せんり)と会う約束をしていたのだ。うろな町が侵略されかけたとき、母星の技術を提供する代わりに、妖怪を紹介してもらうことになっていた。杏は調査のためのタブレットをポケットに納め、ミヨを連れて西の山の空き地へと向かった。
 空き地への小道を歩いていると、ちょうど目的地の方から、何やら騒々しい声が聞こえてきた。男女入り乱れたそれは、お互いに何かを言い争っている。さては人間がいるのかと、杏は遠巻きに様子を見ることにした。
 茂みの陰から空き地を覗くと、そこには1人の女性と1本の傘、それに3匹の異なる動物たちが、輪を描くように芝生の上へ腰を下ろしていた。
 女は杏とミヨの気配に気付いたのか、茂みの方へと顔を向けた。
 杏はその顔に見覚えがある。猫塚(ねこづか)千里(せんり)その人だった。
入江(いりえ)?」
 名前を呼ばれた杏は、茂みから姿を現し、輪の中へと加わった。
 ミヨはすぐさま動物に駆け寄ると、一番近くにいた白猫を抱きかかえる。
「わーい、ニャンちゃんだ♪ 可愛いね♪」
「ちょっと、気安く触らないでよね!」
 いきなり口を利いた猫に、ミヨはびっくりしてしまった。
 猫は喋れないと教わっていたからだ。
 その隙を突いて、白猫はミヨの腕をすり抜ると、ぴょんと芝生の上に着地する。
「ママ! このニャンちゃんお喋りするよ!」
 ミヨが杏に駆け寄り、母親の注意を促そうとした。
 一方、猫は乱れた毛を舌で整えながら、ぶつぶつと文句を言う。
「これだから人間ってイヤなのよね。あたいはオモチャじゃないのよ」
「ほら! また喋った!」
 驚くミヨを他所に、杏は千里へと目を向けた。
「彼らも妖怪なのですか?」
「ええ、彼女の名はおタマ。置いてけ池のそばに住むネコマタよ」
 ネコマタ。つまりは千里の仲間である。
 無論、ネコマタ最上級種の千里から見れば、おタマとは上下関係があるわけだが、彼女自身はそういうことをあまり気にしていないように思われた。
「あたいはおタマ。どうぞよろしゅう」
 おタマは貴婦人のようにツンと澄ますと、ゆらゆらと長い尾を揺らした。
「その隣にいる2匹も妖怪ですか?」
 杏の問い掛けに、おタマの横にいた狸と亀が自己紹介を始める。
「おいらはポン助。化け狸だよ」
「ワシの名は亀吉。置いてけ池の主じゃ」
 2匹が妖怪であることは、杏にもすぐに察しがついた。興味深そうに3匹を眺める杏。
 それとは反対に、おタマ、ポン助、亀吉の方は、杏に何の関心も示さない。人間など見飽きたという感じで、おタマは舌で毛繕いを、ポン助は後ろ足で首筋をポリポリと掻き、亀吉は夏の日差しでぼんやりと甲羅を温めている。
 どうやら3匹とも、杏とミヨが宇宙人であるとは思っていないらしい。ある意味当然の反応であったし、杏もそのことを全く気に掛けなかった。
「入江、さっきも言ったけど、少し取り込んでるとこなの。紹介したい妖怪は別に連れて来てあるから、彼と話してちょうだい」
「別の妖怪ですか? どこにいるのです?」
「あっしならここにいやすぜ」
 男の声が聞こえる。
 だが、それに該当するような人物は見当たらない。
 杏とミヨがキョロキョロしていると、千里のそばにある傘がばさりと開いた。
「ベロベロバー!」
「キャーッ!」
 ミヨは悲鳴を上げ、母親の後ろへと逃げ込んだ。
「アッハッハ、ちょっと驚かせ過ぎやしたかね?」
 傘のお化けがからからと笑った。
「傘次郎、客人にちょっかいを出しちゃダメよ」
 千里が呆れ顔で注意する。
「へへ、すいやせん。ちょいと悪戯心が芽生えやしてね。……お嬢ちゃん、別に何もしないから、出て来ておくんなせえ」
 傘次郎の優しい声に、ミヨは杏の後ろから顔を覗かせた。
「……怖いことしない?」
「この傘次郎、天地神明に誓って、子供に手を出したりはしやせん。ご安心を」
 にこやかに笑いかける傘次郎に、ミヨはそろりそろりと近付いた。
 紙の肌をつんつんと突つき、それから明るい笑顔を見せる。
「私の名前はミヨだよ」
「あっしは傘次郎でやんす。お話は千里さんから伺ってますんで、よろしく」
 2人が仲良くなったところで、千里は杏へと視線を戻す。
「じゃ、私はこの3匹と話があるから、また後で」
「ここで何をしているのですか?」
 要らぬ好奇心を示してきた杏に、千里はあまりいい顔をしなかった。それもそのはずで、あまり部外者には聞かれたくない話だったのである。
 しかし、傘次郎が親切心からその内容を打ち明けた。
「実はですね、昨日の晩、人間からアイスクリームを盗んだふてい妖怪がいたんでさ。平太郎の兄貴が妖怪と人間のために頑張ってるってえのに、迷惑千万な話ですよ。あ、平太郎の兄貴ってえのは、天狗仮面の……」
「傘次郎、入江は今回の件とは何も関係ないのよ。2人を連れて、どこか適当な場所へ案内してあげなさい」
「あ、すいやせん。義憤でつい口数が多くなっちまいやした。では後ほど……」
 傘次郎が下駄でぴょんぴょん跳ねて行くと、ミヨがそれを追いかけ始めた。
 ところが杏は、一歩もその場を動こうとはしない。
 それに気付いた千里は、彼女に怪訝そうな眼差しを向けた。
「……どうしたの? 傘次郎たちが待ってるわよ?」
「そのアイスクリームの話を、もっと詳しく聞きたいのです」
「……それはどういう風の吹き回し?」
「私はこの町で、探偵ごっこをしたことがあるのです。あれは、人間の行動心理を分析する上で、なかなか面白いのです。サンプルがもっと欲しいのです」
 杏の申し出に、千里は少々眉を持ち上げた。
 探偵ごっこという理由で自分たちのテリトリーに入り込まれるのは、あまりいい気のするものではない。とはいえ、純粋な学術目的らしく、杏が感情を持たない宇宙人ということも承知している千里は、敢えてこの申し出を受けることにした。
 要は、宇宙人と話し合ってもややこしいと思ったのだ。
「じゃあ、そこに座ってなさい。……但し、口出しは無用よ」
「分かりました」
 杏が芝生の上に正座すると、遠くでミヨの声が聞こえた。
「ママー、先に行っちゃうよー?」
「ミヨ、私はここでサンプリングをするのです。傘のお化けさんと遊んでもらうのです」
「はーい」
 ミヨはそう言うと、傘次郎と二、三言葉を交わし、それから茂みの向こうへと消えた。
 大方、追いかけっこかかくれんぼの相談でもしたのだろう。そう考えた千里は、目の前の3匹に向き直り、事情聴取を再開した。
「さて、話を戻しましょう。あなたたち、アイスの盗みに心当たりはないのね?」
 千里は、おタマから順番に視線を走らせていく。
「ありません」
「ないっす」
「ないのお」
 3匹の返答に、千里はしばし口を噤んだ。
 彼女が疑いの念を抱いていることは、その場にいる誰もが気付いていた。
 それを打ち払うように、おタマが口を開いた。
「姐さんからこの話をされるまで、事件があったことすら知りませんでしたよ。近所に住んでるだけで疑われるんじゃ、たまったもんじゃありません」
「近所に住んでいるという理由だけで呼んだんじゃないわ。置いてけ池の周辺には、まだ他にも妖怪たちが住んでるのよね。おタマとポン助を選んだのは、盗みの手口が、いわゆる化かしに近いからよ。人に幻覚を見せて物を盗むというのは、狐か狸、あるいは私たちのようなネコマタの類いと、相場が決まってるじゃない」
「ならば、どうしてワシを呼んだのじゃ?」
 亀吉が首を伸ばしながら尋ねた。
 千里は亀へと顔を向ける。
「あなたは証人よ。昨日の夜も、あなたは池の近くにいたんでしょ?」
「当然じゃ。この歳で遠出はできんからの」
 亀吉は億劫気にそう答えた。実際、おタマとポン助にはこの空き地まで自力で来てもらったが、亀吉については千里が手に持って運んで来たのである。体のあちこちに苔が生えているような老亀で、噂では1000年近く生きているらしい。
 それを前提にして、千里は先を続けた。
「だったら、何か不審な気配を感じなかった?」
「何時頃の話かの?」
「10時半くらい」
 千里の言葉に、亀はのろりのろりとその首を左右に振った。
「その時間はもう寝とったからのお……」
 亀吉の返答に、おタマが顔を洗いながら口を開いた。
「そう言えば亀吉爺さん、池のそばに家を建てたって聞いたわよ。本当なの?」
「ホッホッホ、夢のまいほおむじゃ。婆さんと2人きりで、優雅なもんよ。あるばいとちゅうもんをして、金を貯めたんじゃ。100年くらい掛かったかのお」
 自慢げに話す亀吉老人を尻目に、千里はポン助へと話題を転じた。
「ポン助はどうなの?」
「おいらはそもそも置いてけ池に住んでないですよ」
 ポン助は顔を撫で回しつつ、プイと横を向いた。
「ちょっと、何で狸が猫の真似なんかするのよ」
 おタマの威嚇するような声に、ポン助は顔を洗うのを止めた。
 千里は2匹のやり取りを無視して、さらに質問を重ねる。
「だけどポン助、あなた最近、あの辺りをうろついてるって聞くけど?」
「そりゃ街中を行ったり来たりはしますよ。でもアイスは盗んでないです。ここで誓ってもいいくらいですからね」
 ポン助がそう言い切ると、場は一瞬沈黙した。
 行き詰まりを予感したのか、おタマが口を開く。
「姐さん、ひとつ訊きたいんだけど、人間はどうやってアイスを盗まれたんだい? 誰かに化かされて、池にでも落っこちたのかしらん?」
「……そういうわけじゃないわ。声を掛けられただけで、走って逃げたらしいの。アイスが盗まれてるのに気付いたのは、次の日のことよ」
 千里の説明に、3匹は顔を見合わせた。
「それなら、なおさらあたいたちの仕業じゃないでしょうに。あたいとポン助は、人間に幻覚を見せることはできても、念力で物を動かしたりはできないんですからね」
 おタマはそう言うと、同意を求めるようにポン助へと猫目を向けた。
 ポン助は照れくさそうに頬を掻きながら、うんうんと頷いた。
「へへ、修行が足らないもんで……」
「……確かに。女は人魂らしいものを見ただけで、池に落ちたわけでも、その場で気を失ったわけでもないらしいのよね。……やっぱり、子供が盗み食いしたのかしら」
 千里はそう言うと、顎に手を当ててしばらく物思いに沈んだ。
 そこへ、杏が唐突に口を挟んでくる。
「ひとつ質問があるのです」
 千里は顔を上げ、杏の顔を見つめ返した。
「……何?」
「事件のあらましを教えて欲しいのです。これでは何が何やら分からないのです」
 杏の頼みに、千里は事件の概要を説明した。先ほどは口出し無用と言ったが、それはあくまでも身内に犯人がいる可能性を考慮してのこと。子供の盗み食いである可能性が高くなった以上、事を秘密にしておく理由も消えかかっていた。
 全てを聞き終えた杏は、無表情に自分の考えを述べた。
「それは人間のイタズラではないのですか? 人魂など、ライトを使えばいくらでも作れるのです。なぜか人間は、こういうイタズラが大好きなのです。テレビでよく観るのです」
「人魂と声はそれで説明がつくけど……アイスクリームを盗むには、どうしても箱に手を出さないといけないわ……超能力でも使わない限り、そんなの人間にはできっこない」
「では超能力者が犯人なのです」
 杏の斜め上の推理に、千里は頭を抱えてしまう。
 確かに陰陽師などはこのうろな町にも住んでいるが、そのような能力者たちがアイス1個を盗むために力を行使するとは思えない。千里は、その可能性を即座に切り捨てた。
「もっと真面目に考えましょう。全体を説明できる何かがあるはずよ……」
「そうは言ってものお……妖怪が犯人でないなら、ワシらが関与することでもあるまい」
「爺さんの言う通りだわ。警察が調べてるんでしょ? そいつらに任せればいいのよ」
「おいらもそう思いますね」
 3匹の抗議に、千里は口元を結んだ。
 怒っているわけではない。もしアイスを盗んだのが人間だとすれば、人間同士の問題なのだから、妖怪が介入する必要性はないわけである。平太郎ならばここぞとばかりに活躍してくれるかもしれないが、犯人の目星がついているわけでもない。仮に被害者の子供が犯人だとすれば、なおさら家庭の事情に鼻を突っ込みたくはなかった。
 そう考えた千里は、大きく息を吐き、捜査の打ち切りを決めた。
「……3匹とも、ご足労だったわ。この埋め合わせはそのうち」
「いいえ、姐さんの頼みですからね。別に構いませんよ。それじゃ、お元気で」
 おタマはぴょんと跳ね、茂みの向こうへそそくさと去ってしまった。
「おいらも餌を探さなきゃ。またお会いしましょう」
 ポン助は再び顔を洗う仕草をした後、別の方向の茂みへと消えた。
「あー、ワシは脚が悪いんで、ちと池まで運んでもらえんかの?」
「ええ、それくらいはお易い御用よ。……入江、傘次郎をよろしくね」
「分かりました。きちんとサンプリングするのです」
「……あんまり変なことはしないように」
 念のため釘を刺した千里は、亀吉を持ち上げると、スイッとその姿を消した。
 猛スピードで茂みを掻き分ける音が遠ざかって行く。
 杏は腰を上げ、辺りを見回した。誰もいない。
「ミヨ? どこにいるのですか?」
 返事がない。どうやら、かなり遠くまで遊びに行ってしまったようだ。
 杏は無表情に正面を向き、今の状況を整理する。
「……私が迷子になったのです」
今回は、三衣千月様の千里さんと傘次郎さんにご登場いただきました。
ありがとうございました。
妖怪と宇宙人の推理劇、何だかシュールですね^^;
次回は人間サイドへ戻ります。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ