挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
冬過ぎて、春来るらし 作者:稲葉孝太郎

第1章 コンビニデザート盗難事件

10/71

第9話 いじわるクイズ

2013-07-30
おじぃ様のご指摘で、鉄道用語を修正しました。
 午後9時。1日の仕事を終えた池守たち4人は、うろな町のビストロ流星で、作戦会議を開いていた。店側からすればいい迷惑なのだが、他にうまい場所が見つからなかったのである。それに味は保証付きだと、遠坂もそれを快諾した。
 1番奥のテーブル席に腰を据えた4人に、コック姿の青年が話しかける。
「ご注文は何に致しましょうか?」
 青年の名前は葛西(かさい)。この歳で店を切り盛りしている店長だ。
 葛西は注文票に鉛筆の芯を置き、にこやかに客の注文を待った。
「俺はアイスコーヒーで」
 鉛筆の芯が走る。
「シロップとミルクはおつけしますか?」
「ブラックでいいよ」
 自分の注文を終えた池守は、向かい側に座る遠坂と吉備津のコンビ、そして左サイドで子供用の椅子に腰掛けた入江を一瞥した。
「吉美津くんと入江ちゃんの分は俺が出すから、好きに頼みなさい」
 親切心に溢れた池守の誘いを、吉美津は無表情に拒む。
「申し訳ございませんが、夜食は取らない習慣ですので……」
「夜食は取らないって……君はまだ高校生だろ?」
「申し訳ございません。養生しておりますので」
 意味不明な理由付けに首を傾げつつも、池守はそれ以上強要しなかった。別に財布の痛み具合が減るだけだと、刑事は自分の左隣にいる少女に声をかける。
「入江ちゃんは?」
「私は何も食べません」
 入江は、無愛想にそう答えた。
 お腹が一杯という意味だろうか。池守は、そう解釈する。
「……別に、アイスクリームとかでもいいんだよ?」
「私は何も食べないのです」
 池守は、今度は逆の方向に首を傾げた。ダイエット中なのだろうか。そういう体型には全く見えないのだが。むしろ、栄養状態が気になるくらいである。
 近頃の青少年はよく分からんと訝りつつ、池守は遠坂の注文を待った。
「私はホットコーヒーとアイスのセットをお願いするわ」
「アイスの種類はいかがいたしましょうか?」
「バニラで」
「かしこまりました」
 店主は頭を下げ、そのままカウンターの奥へと消えた。
 それを合図に、池守は他の3人へと向き直る。
「じゃ、まずはこれを見てくれ」
 そう言って、池守はポケットから1枚の紙切れを取り出す。
 他の3人が視線を落とすと、それは今回の事件のタイムテーブルだった。



「あなたが作ったの?」
 遠坂の眼差しに、池守は軽く頷き返す。
「ま、記録を職場でエクセルに打ち込んだだけなんだが……」
 池守は、コップの水を一口含んだ。
 店内は涼しいが、それでも肌の熱気は残っている。うっすらと汗ばんだシャツをそのままに、池守はこれまでの調査結果を整理する。
「結局のところ、一番怪しいのは霧島がゴミ捨てに出た時間帯、つまり8時半頃ということになった。そして、犯人は店長でもなければ、その他のスタッフでもない。そういう認識でいいんだな?」
 そこで一旦言葉を区切り、池守は他の3人を見回した。
「そうね。それでいいわ」
 遠坂が、代表して返事をする。
 同意を得たにもかかわらず、池守はなぜか不満そうな顔をしていた。
「それにしても、どうやって店長や白川から情報を仕入れたんだ?」
 池守は、道中で疑問に思ったことを口にした。
 遠坂は意味深な笑みを浮かべ、その質問をはぐらかす。
「それは企業秘密よ」
「おまえなあ……。警察よりも情報収集が早いって、おかしくないか?」
 色目使いか。いやそれはありえないと、池守はすぐに自分の考えを訂正する。遠坂は性格からしてそういうタイプではないし、顔はともかくスタイルはそこまでよくない。ぺったんぺったんスレンダーという感じなのだ。
 しかしそれ以上に謎なのは、彼女の捜査に吉美津と入江が一枚噛んでいるらしいことだった。自分の捜査能力は高校生以下なのかと、妙にプライドを傷付けられてしまう池守。
 そんな池守を尻目に、遠坂が司会を引き継いだ。
「で、誰が犯人だと思う?」
 池守はしばらく口を噤んだ後、ゆっくりと自分の見解を提示する。
「やはり、万引き犯だと思うな」
「客がゼリーを24個も盗んだってこと?」
 遠坂の反論に、池守は怯まなかった。先入観はかえって危険だ。そう考えた彼は、手元の証拠だけを元に、力強く頷き返す。
「おまえの調査だと、早見、店長、白川の3人は犯人じゃないんだろう? それを信頼するとすれば、残りは霧島と葦原しかいない。だが、この2名も除外される。すると、店員の中には犯人がいないことになる。部外者の犯行としか考えられないじゃないか」
 池守も、この仮説に絶対の自信を持っているわけではなかった。そもそも、早見、店長、白川が犯人でないとなぜ言い切れるのか、池守にはその理由が分からない。もし彼が遠坂と昔馴染みでなければ、とっくに共同捜査を打ち切っていたであろう。
 そんなことを考えている池守のそばに、人影が近付いた。
「お待たせいたしました。アイスコーヒーのお客様は?」
 さすがに注文主を覚えていたのか、葛西は返事を待たずにグラスを池守の前に置き、それから遠坂の方へと向き直った。
「アイスクリームとホットコーヒーのセットでございますね」
「ええ、ありがとう」
 チョコレートのかかったバニラアイスにコーヒーカップを並べ、葛西は一礼するとカウンターの奥へと戻って行く。
 池守がストローを使わずにグラスに唇をつけ、遠坂はスプーンで早速アイスを口に運ぶ。
 柔らかな甘みに舌鼓を打つ遠坂の横で、吉美津が話を継いだ。
「では、池守さんの仮定が正しいとして、その先はどうなるのでしょうか?」
 池守は既に3分の1ほど空になったグラスを置き、言葉を返す。
「そこなんだよな……」
 犯人の特定について、池守は悲観的にならざるをえなかった。監視カメラに映っていない以上、目星はつけられないに等しい。いくら葦原のためとは言え、鑑識を動員することは不可能である。目撃者がいるとも思えない。
 池守はさらに3分の1を喉に流し込み、大きく溜め息を吐いた。
「これはもうダメかもしれねーな……」
 うっかり漏らしてしまった本音に、遠坂の厳しい視線が向けられる。
「あら、もうギブアップなの?」
 普段なら売り言葉に買い言葉となるところだが、池守にはそんな気力もなかった。両手で顔を拭うと、椅子にもたれかかって天井を仰ぐ。
「これ以上の追跡は無理だ……店長を納得させる証拠もない……」
「店長の記憶を書き換えればよいのでは?」
 ふいに聞こえた少女の台詞を、池守はうっかり聞き逃した。
 姿勢を戻し、入江の顔を見る。彼女の口を、吉美津のしなやかな手が塞いでいた。
「何か言った?」
「もごもご」
「いえ何も、と言っております」
 何だか適当に誤摩化されたような気もするが、池守は吉美津の言葉を信じた。
 深入りしない方がよいと判断したのだ。
 行き先を見失った会話は途切れ、池守は遠坂のアイスに視線を伸ばす。白い浅皿の中央に2つのバニラアイスが形よく盛りつけられ、その上に溶かしたチョコの川が流れている。端にはミントの葉と口直しのウエハウス。甘党ではない池守が見ても美味しそうな代物だ。
 もくもくとそれを口に運ぶ遠坂に、池守はぼんやりと呟く。
「それって、やっぱ手作りなのかな……?」
 スプーンの先を口に運ぼうとしていた遠坂の手が止まる。
「……そうなんじゃない? どう見ても既製品には……」
「手作りですよ」
 カウンター越しの声に、2人はそちらへ視線を向けた。
 見れば店長の葛西が、後片付けをしながらこちらを見ている。会話を聞かれたことへの気恥ずかしさから、池守と遠坂はしばらく沈黙を続けた。
 そこへ、葛西が気軽に声をかける。
「うちはビストロですからね。ファミレスみたいに、出来合いのアイスをカップから取り出してお出しすることはありません。まあ、あれはあれで案外に美味しいのですが……」
「それじゃあ、作るのに結構時間が掛かるんじゃないか?」
 池守が、少し大きめの声で尋ねる。
「ええ、もちろん仕込みには時間が掛かります。ファミレスなんかと比べれば、相当手間が要りますね。最近の流通システムは凄いですから。店の規模や消費量に応じて、大きさ別の段ボールを駆使し、商品をまとめて仕入れるんです。でも、やはりそれでは味気ないですからね。うちは、お客様に喜んでもらえるよう、手作りにこだわってます」
 池守は感心したようにぽかんと口を開け、それからもう一度アイスを見つめた。
 一方、遠坂はスプーンを皿の上に置き、葛西の説明に割り込んだ。
「ちょっと失礼な質問かもしれないけど……。その流通システムについて、少し教えていただけないかしら?」
 女の質問に驚いたのか、葛西はにわかに後片付けの手を止めた。
 人の良さそうな笑顔を絶やさず、首を軽く縦に振る。
「ええ、お答えできる範囲でしたら……」
「段ボールの大きさは、店の大きさに応じて区分されてるの?」
 葛西はその質問内容に若干戸惑ったのか、答えにしばしの時間を要した。
「……そうですね。小規模なコンビニから大規模なスーパーまで、様々な商品を卸すわけですが、当然商品の数量を変える必要があります。そのため普通は、サイズの異なる段ボールを使い、その数を調整するんですね」
「10個入りとか20個入りとか、そういう風にね?」
 自信をもった遠坂の確認に、葛西は訂正を入れる。
「理屈はそうですが、10個入り20個入りというのは、あまり見ませんね」
「……どうして?」
「想像してみてください。10個のアイスを段ボールに入れるとき、どうやって奇麗に揃えますか? ……もちろん、2×5列ですね。でもこれはバランスが悪いですし、商品の配分にも都合が良くないんです。10というのは案外不便な数字で、2等分か5等分しかできませんからね。むしろ、12の倍数が一般的だと思います」
 葛西の説明に、遠坂の顔がふと真剣味を帯びてきた。
 池守は、黙って2人の会話に聞き入る。
「12の倍数……。24個とか48個とか、そういうこと?」
 葛西は使用済みのコップを手に取り、後片付けを再開した。
「はい。例えば12個のアイスなら、2、3、4、6等分できるわけですね。日常に隠れている数には、結構意味があったりするのですよ」
 そう言って、葛西は店の奥へと引っ込んだ。
 さすがの遠坂も、彼の仕事を邪魔しようとはしない。ただその背中を見送り、今の会話についてじっと考えを巡らせているようだ。
 こうなっては声をかけても無駄だ。そう考えた池守は、彼女の思考を妨げないように努める。ところが入江は、空気を読んだのか読まなかったのか、いきなり口を挟んだ。
「先生、アイスが溶けます」
「……食べてもいいわよ」
「私は食べません」
「……」
 すっかり自分の世界に入ってしまった遠坂。
 とはいえ、入江の指摘は尤もだ。皿が浅いので、溶けてはもはや掬いようがない。
「じゃ、俺がもらうぞ」
 池守の冗談に、遠坂は真顔で頷き返す。
 引っ込みがつかなくなったので、池守はアイスの皿を受け取り、一口掬った。
「うまい!」
 甘党ではない池守を満足させる、まろやかな味わい。池守はパクパクとそれを平らげ、満足げにウエハウスを頬張ると、残っていたアイスコーヒーを胃袋に流し込んだ。
「ふぅ……」
 涼を満たした池守は、もう一度遠坂の顔を見やった。
 相変わらず何かに集中している。しばらく放置しておくかと、池守が店内を見回したところで、ふいに遠坂が動きを見せた。彼女はコーヒーカップに手を伸ばすと、半分ほど残っていたそれを一気に飲み干し、席を立つ。
「トイレか?」
 池守の予想は外れていた。彼女はレジに向かっている。
 池守は慌てて腰を上げ、他の2人もそれに続いた。
 大人2人はそそくさと会計を済ませ、ビストロ流星の扉から通りへと出る。
「またのお越しをお待ちしております」
 葛西の声を背中に受けながら、遠坂は黙って大通りへの道を選んだ。
「おい、どこへ行くんだ!?」
「コンビニよ!」
 薄暗い路地に、4人の靴音だけが響き渡っていた。

 ◇
  ◇
   ◇

「いらっしゃいませー」
 自働ドアと重なるように、店員の声が聞こえてくる。
 お馴染み、霧島の声だった。
 店内の冷房が、池守の汗を一気に冷やす。一瞬の天国を味わう池守を尻目に、遠坂は品出しをしている霧島に歩み寄った。
「霧島くん、こんばんは」
 遠坂の呼びかけに、霧島は商品棚から視線をこちらへと向けた。
「あ、こんばんは……えーと……」
「遠坂よ」
「失礼しました。遠坂さん、犯人の目星はつきましたか?」
 霧島の質問に、遠坂は首を左右に振った。
「そうですか……葦原の件は本当に残念だったんですが……やはり……」
「ひとつだけ質問させてもらえないかしら?」
 遠坂の真摯な声音に、霧島が目を細める。
「すみません、今は忙しいので……」
「本当にひとつだけなのよ」
 食い下がる遠坂に観念したのか、霧島は溜め息を吐いて首を縦に振った。
 前置きを抜きにして、遠坂は早速本題へと入る。
「この店で仕入れに使ういちごゼリーの箱は、何個入り?」
「ゼリーの箱……ですか……?」
 霧島はしばらく顎に手を当てて首を捻った後、すぐに答えを導き出した。
「24個入りです」
「24個? 36個とか、そんなことはない?」
「いえ……24で間違いありません。その上は48個入りなんですが、うちみたいなコンビニにはちょっと大き過ぎるんですよね。天気予報を見ながら、1日に24個入りを2〜3箱注文するのが普通です。それも、10時の仕入れで1箱、16時の仕入れで1箱のように、1度の仕入れで1箱ずつですね。……以上の説明でよろしいでしょうか?」
「7月23日に行われた仕入れで、その場に複数回居合わせた人はいない?」
 質問は1つだけと言ったではないか。霧島は少しだけ咎めるような目付きになったが、すぐに答えを返す。
「いえ、火曜日に複数回シフトを入れている人はいません」
「そう……ありがとう……邪魔してごめんなさい」
 礼を述べた遠坂は、サッと踵を返し、コンビニの出口に足を向けた。あっけにとられる霧島だったが、客がレジに並び始めたのを見て、すぐさま補助に入った。
 店内に取り残されそうになった池守が、急いで遠坂の後を追う。
「おい! どういうことだ! 今の質問は何だよ!?」
 人目も気にせず、池守がそう叫んだ。
 遠坂は近くにあった郵便ポストの前で立ち止まり、くるりと一回転する。
「トリックが分かったと思ったんだけど……」
「トリック……? どんなトリックだ?」
 遠坂と向かい合いながら、池守は怪訝そうに尋ね返した。
「私たちは、棚からゼリーが盗まれたと仮定したでしょ。でも、もしもっと前の段階で盗まれていたとしたら……?」
 そこで、池守にも合点がいった。
「品出しする前に、箱から抜き取られたってことか?」
 なるほど、その可能性はある。池守は、急に目の前が明るくなったような気がした。
 だがそれとは対照的に、遠坂は曇り空のままだ。
「どうした? 何か問題があるのか?」
「ええ……このトリックが成り立つためには、箱に入ってるゼリーの数が、24個よりも多くなきゃいけないの……」
 遠坂の説明に、池守は首を傾げた。箱のサイズとトリックとの間に、何ら関連性を見出せなかったからだ。むしろ、紛失したゼリーは24個なのだから、ちょうど1箱分である。辻褄は合っているように思われた。
 そんな池守の不信を察したのか、遠坂が説明を加える。
「理由はこうよ。店長たちがゼリーの紛失に気付いたのは、コンピューターが品出しの数と在庫の数の不一致を見つけたからでしょう?」
 池守は、軽く頷き返す。
「ということは、盗まれたゼリーは1度品出しされてないといけないの。でないと、品出しの数と在庫の数に不一致は生じないのよ。例えば、24個入りのゼリーを3箱、このコンビニが仕入れたと仮定しましょう。そして、犯人Xが、品出し前に1箱を直接倉庫から盗む。この場合、品出しされるゼリーは48個になるから、盗まれた24個分は、コンピューターでは認識されないわよね」
 池守は、遠坂の推理の全体像を把握した。
「そうか……。品出しを認識させるためには、段ボールのバーコードを読み取らせる必要がある……。だから、段ボールごと盗んだ可能性はないってことか……」
「そういうこと。段ボールごと盗んだんじゃないとすれば、中身をバレないように抜き取ったとしか考えられないわ。だから、1箱が24個入りじゃダメなのよ……」
 しょんぼりと声を落とす遠坂。
 しかし、池守は諦めていない。この可能性にすがりつくように、別のアイデアを出した。
「待てよ。もしかすると2つのケースから、12個ずつ抜き取ったのかもしれないだろ?」
 名案だと自画自賛した池守に、遠坂は首を振ってみせる。
「その可能性は低いわ……。霧島くんの話では、2度の仕入れ時に両方居合わせたバイトはいないらしいもの……。どこかで一気に24個抜くしかないのよ……。でも、24個抜いて空箱にしちゃったら……」
「品出しのとき、白川が必ず気付く……か……。確かに、空箱のバーコードを読み取って、それでおしまいにするバイトはいないだろうな……」
 池守のまとめに、遠坂は残念そうに頷き返した。
 さらにそこへ、吉美津がトドメを刺しに掛かる。
「お言葉ですが、その推理、全体として無理があるように思われます」
 少年の指摘に、遠坂も池守も言葉を返さない。ただ、虚ろに彼の目を見つめるだけだ。
 吉美津は先を続ける。
「私が話した限りでは、白川さんはバイト初心者という感じではありませんでした。だとすれば、たとえ48個入りの箱から半分抜かれていようとも、すぐに気付くはずです」
 少年の言う通りだった。白川が何の疑問も持たずに品出しした以上、箱の中には異常な点がなかったと考えざるをえない。遠坂も池守も、無言でそれに同意する。
「こりゃどん詰まりだな……」
 池守の絶望的な呟きに、一同は静まり返る。
 肩を落とす遠坂と入江を慰めるように、吉美津がそっと声を掛けた。
「一旦駅へ戻りましょう。既に夜も更けていますし……」
 吉美津の一言に、遠坂は空を見上げる。星が奇麗な夜だった。
「そうね……」
 4人は徒歩でうろな駅へと向かった。池守は反対方向だが、送って行くと言って聞かないのだ。端から見れば女性1人と子供2人なのだから、当然と言えば当然の反応である。これが幾多の修羅場をくぐり抜けてきた探偵と魑魅魍魎たちであるとは、誰も思うまい。
 駅に着いた遠坂たちは、池守に別れの挨拶を告げ、すぐに改札へ向かおうとした。
「待ってください」
 すわ名推理かと意気込む遠坂。
 しかし、その期待を入江はものの見事に裏切った。
「私はまだ切符を買っていません」
 がっくりと肩を落とし、遠坂は切符売り場に向かう入江を見送った。入江は普段特殊な交通手段を使っているので、カードも何も所有していないのだ。
 入江は切符売り場に並び、前の客がいなくなったところで、ぴょんと券売機に飛びつく。千円札を入れ、少し背伸びをする。指が数字に届きそうになったところで、左から伸びた他人の手が別のボタンを押した。
 入江が驚いた様子もなく顔を上げると、そこには細い眼鏡を掛けた小太りの駅員が立っていた。小学生にでも話し掛けるように、駅員はその口を動かす。
「小学生は半額で乗れるからね。子供用ボタンを先に押さないとダメだよ」
「私は小学生ではありません」
「背伸びしたい年頃でも、大事なお小遣いだからね」
 入江が再度反論しかけたとき、受付から若い男が駆けて来るのが見えた。
芹沢(せりざわ)さん、どうしました? 迷子ですか?」
 入江を同じく子供扱いしたその青年に、芹沢はおどけた笑みを返す。
「いや、この子が普通運賃で乗ろうとしててね」
 なんだそういうことかと首肯しかけた青年に、入江が言葉を向けた。
「私は子供ではありません。敢えて言えば、高度な知的生命体です」
 入江の物言いに、青年は眉間に皺を寄せた。
 一方、芹沢は相変わらずニヤニヤと口元を歪めている。
「おっと、今度は宇宙人ごっこか何かかな?」
「ごっこではありません。私は……」
 遠坂は、入江の口を押さえるため、慌てて人の群れから飛び出した。
 だがそれよりも素早く、芹沢が言葉を継いだ。
「じゃあ、その宇宙からのお客さんに、ひとつクイズを出してあげよう。高度な知的生命体なら、簡単に解けるクイズだよ」
「クイズですか……。いいでしょう」
 何だかよく分からないことになってきたが、入江の正体がバレなかったので、遠坂はこの状況をよしとした。
 けれども、1人だけ納得していない人物がいる。先ほどの青年だった。名札に大辻(おおつじ)と書かれた彼の顔を、遠坂ははっきりと覚えている。
「先輩、業務中ですよ」
「まあまあ、いいじゃないか。時間帯的に暇なんだし、さてと……」
 芹沢はパンパンと手を払い、それからゆっくりと問題を出し始めた。
「始発の電車に10人の乗客が乗り込みました。次の駅で3人降りて5人乗り、また次の駅で4人降りて6人乗り、またまた次の駅で2人降りて8人乗りました。今電車に乗っている人間は、全部で何人かな?」
「20人です」
 即答した入江。それに対し、芹沢は嬉しそうに首を左右に振った。
「違うんだなあ」
「そんなはずはありません。20人です」
「答えはね、22人だよ」
 芹沢の答えに、入江は数秒口を噤んだ。
 拗ねてしまったのだろうかと、大辻が横合いから話し掛ける。
「またそのひっかけ問題ですか? いい加減に飽きられますよ」
「ハハッ、この子に出すのは初めてなんだから、別にいいだろう?」
 そう言って、芹沢は入江の頭をポンと叩く。
「それじゃ、ちゃんと子供用の切符を買うんだよ。気をつけて帰りなさい」
 からかうような笑顔を残して、芹沢はさっさと受付に戻ってしまった。
 後には、入江と大辻、そしてそこへ駆けつけた遠坂が残される。
「お嬢ちゃん、あんまり気にしないでね。これはいじわるクイズだから」
 大辻が、少女を慰めようと声をかけた。
「いじわるくいず? 何ですかそれは?」
「相手がわざと間違えるように誘導するクイズのことさ。さっきのクイズだと、『今電車に乗っている人間』の数を訊いてるだろう。乗客の数じゃないんだ。だから、乗ってるはずの運転士と車掌もカウントしないといけないんだよ。で、答えは22人ってわけさ」
 その会話をすり抜けて、ふらりと4番目の人物が現れた。吉美津である。
 吉美津の登場に注意を引かれた大辻は、入江から顔を上げ、そちらを見た。
「しかし、ワンマン列車の場合はどうするのですか?」
「……そのときは、21人ですね」
「ということは、答えが複数あることになりませんか?」
 吉美津の問いにハッとなった大辻は、顎に手をあてて首を捻った。
「そっか……やっぱりこれは、クイズとして成り立ってないんだな……」
 そう呟くと、大辻は受付へと戻って行く。クイズの欠陥を指摘しに戻ったのか、それとも本来の仕事に復帰しただけなのか、それは誰にも分からなかった。
 入江は黙って券売機に向かい、子供用運賃の表示で切符を買うと、それをポケットに仕舞い込む。
「では、行きましょう」
 何事もなかったかのように歩き始める入江。
 一方、遠坂は石のように固まってその場を動かない。
「遠坂先生、切符はもう買いました。早く行きましょう」
「分かったわ……」
 遠坂の呟きに、他の3人が振り返る。
「何が分かったんだ?」
「トリックが分かったのよ……。それに、犯人も多分……」
 遠坂はそう言うと、駅の出口へと駆け出す。
 逆走し始めた遠坂の背中を追い、池守たちも小走りに大通りへと出た。
「おい! どこへ行くんだ!?」
「コンビニよ!」
「用事はもう済んだんじゃないのか!?」
 池守の叫び声に、遠坂は振り向きもせず答えを返す。
「犯人はもう一度来るわ! 必ず!」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました^^
以上で、『コンビニデザート盗難事件』の出題編は終わりです。
次回は解決編となります。
以下、恒例の読者への挑戦状とさせていただきます。

1、犯人は誰か?
2、犯人はどのようにゼリーを盗んだのか?
3、犯人の動機は何か?

ミステリーマニアの方なら、「2つの有名古典トリックの現代版か!」と、
この時点でお気づきのことかと思います(*´ω`*)
普段ミステリーをお読みにならない方々も、
ここまでのヒントでトリックは完全に分かるようになっています。
ただ、犯人とその動機の方が、少し難しいかもしれないですね……。

なお、トンデモ解決ではありません。その点はご注意ください。
例:幽霊だった、超能力を使った、コンピューターが意識を持ったetc...

シチェーションは面白く、解決はフェアに。
それが稲葉流超常ミステリーです(`・ω・´)

では、解決編でお会い致しましょう!


 *** 以下、ヒントです ***


ミステリーは普段読まないけど、やっぱり自分で解決したい!という方々に、
ヒントをば少々……。
ちなみに、下に行くほど核心に触れています。1行ずつご覧下さい。
ヒント4は半分ネタバレしてます。


【ヒント1】
店のコンピューターは、何を把握して、何を把握していないのか?


【ヒント2】
遠坂は、芹沢のクイズのどこにヒントを得たのか?
※ミスディレクションに注意!


【ヒント3】
入江の催眠術と吉美津の幻術でも犯人が見つからないのはなぜか?


【ヒント4】
メリーヴェル卿「これはね、システム化された社会における、一種の心理トリックだよ」
ブラウン神父「犯人は身近過ぎて、目に見えないわけですな」
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ