彼女が言うことには:零・ZA・音編
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この公園に来ると何故か俺の心が落ち着かなくなる。何故だかは分からない…でも、それは嫌なものではない。
子供の頃、俺はここで倒れていた事があるらしい。それが何故そうなったのか俺自身がまったく記憶にないのだ。
そして今、俺はたまたまこの公園を通りかかって、妙な出来事に巻き込まれていた。
正直、俺は驚いていた。なんでこんな事になっているのか、自問自答したが答えなんて出てこない。
そんな俺の事などお構いなしに、目の前で間抜けそうなのほほん顔をしている女の子が一人。
しゃがみこんで近寄ってきた猫と遊んでいる。しかし、猫は女の子をすり抜けていった。
―――文字通り、身体をすり抜けて行ったのである。
「あぁ〜、猫ちゃんっ。どこ行くんだよぉ〜」
パタパタと走って―――いや、浮いて追い駆けていく女の子。ここまでお約束過ぎると驚きを通り越している。
この女の子は―――
「こんばんわぁ〜、わたし、ゆうりですっ。一応、幽霊らしいですっ」
―――と先ほど、自己紹介されたのである。つられて俺も自己紹介をしてしまった。失敗したかな…と思うけどな。
なんとも明るい幽霊さんだ。怖さと言うものが丸っきりないのである。
足先まで見えているのだが、微妙に浮いているし…着てる服は何故か、花柄の浴衣みたいなもの。
普通、白い奴じゃないのか?名前を知らないが、大体幽霊ってそれを着ているから幽霊のイメージっていうものがあるんだ。
それに、頭には三角の布切れはない。あれはお化けか?本当に幽霊か疑わしいが,現に浮いてるから信じるしかない。
「それで、一体俺に何の用だ?」
「んっ?特に無いんだけど…」
口元に指をあてて、空を見上げて思案顔をしているゆうり。
何を考えているんだ?今、特に用はないと言ったばかりだろ。それでも、未だに唸っているゆうり。
首を左右に振っている姿は妙に可愛かった。黒髪が動きに合わせるように揺れている。
丸くコロコロといた瞳が忙しなく上を見たり、下を見たりと、とにかく忙しい奴である。
「無いなら俺は帰る…じゃあな」
「うわっ!ちょ、ちょっと待ってよぉ」
帰ろうとする俺の腕を掴もうとして、すり抜けていくゆうり。身体からニョキっと、はえている腕というのは不気味だ。
「何をしている?お前はアホか」
「あははっ…そっか、掴めないんだったぁ」
「あのなぁ…お前は幽霊なんだろ?掴めないのは当たり前だろ」
「そうだよねぇ〜…当たり前なんだよね」
俺の言葉に途端に悲しそうに俯くゆうり。さっきまでの表情とは、うって変わって今にも泣きそうだ。
「悪い…言い方が悪かったな」
「いいよ…気にしないでよ」
ゆっくりと首を降るゆうりは儚げに微笑んで、少し潤んだ瞳が俺の目に飛び込んできた。
「わたし、さっき死んだばかりだから…どうもピンッとこないんだよね」
「そっか…」
「だから、気にしないでよぉ。えっとそれで良介君」
「うぁ…その呼び方はやめてくれ」
微笑んでいるゆうりは、おかしそうに笑っていた。笑顔は可愛いが、その思考回路は少し飛んでいる。
背中に走る悪寒がグルグルと運動会をしているようだ。
「なんでぇ〜。別にいいでしょ?可愛いよぉ」
「アホっ…男が可愛いなんて言われて、嬉しい訳ないだろっ!」
「まぁまぁ―――それで、良ちゃんに聞いて欲しい事があるんだよ」
「はぁ…もういい。…それでなんだ?早く言え」
痛み出した頭を抱えて話を聞く体勢をとっていると、妙に神妙な面持ちで俺を見ているゆうりがいた。
なんだ…雰囲気が違う。さっきまでのあのバカ面はどこに…。
「あの…わたしの願い叶えてくれますか?」
少し沈んだ…それでいて、力のこもった声が聞こえてきた。なんだ?願いって…。
今更叶えたい願いって何があるんだ。死んでいるんだから未練って言うやつか?
「どうかな…?」
「取り合えず話してみろよ。それから考える」
覗うように顔を傾げているゆうりが俺を見つめている。だから、その目をされると困るんだよ。
俺の中まで見通すような瞳…すごく居心地が悪い。別に俺が悪い事をしている訳ではないのに、罪悪感がいっぱいだ。
「えっとね…わたし、好きな人がいるの」
「はっ?…好きな人?」
こくりと頷くゆうりは、幽霊なのに―――幽霊でも、赤くなるのか?頬を真っ赤に染めて俯いていた。
可愛すぎるぞ…この野郎。なんでそんなにナイスな表情ができるんだ。おじさん、ストライクだよ。
―――いかん、暴走している。俺はおじさんではない…これでも、まだ18だ。
「それで、何か忘れたけど…返さなきゃいけないものがある―――気がするの」
「返さなきゃいけないもの…?」
なんともあやふやな事だ。何を返すのかくらい覚えておけよ。それじゃ分からないだろうが…。
「それで、その…あの…」
「なるほど、分かったっ」
「えっ、あ、あの…良ちゃん?」
突然の俺の声にびっくりして、マジマジと俺を見ているゆうり。意味が分かっていないようだ。
そうだろうな…まだ、何も言ってないから。話から推理すると、次の展開はその好きな人を探すのを手伝ってという事だろう。
「良…ちゃん?」
「お断りだ」
「へっ…?」
「面倒くさいから、探すのはお断りだ」
きっぱり、はっきりと言い切ってやった。
なんで俺が人探し―――しかも、幽霊の恋のキューピットなんぞしなくちゃいけないんだ。面倒だ…思いっきりな。
そんなもの、霊媒師にでもなんでも頼みやがれっ。俺はまっぴらごめんだ…疲れる事はしない主義なんだよ。
「えっと…探すとかじゃなくて…その……あの…」
「んっ…なんだ?違うのか?」
「うん…その人はもう、見つかったから」
「そっか…なら早く会いに行って来いよ」
モジモジと指を合わせているゆうりにそう言って、俺は何気に空を見上げた。
星が輝き、薄っすらと見える新月がとても幻想的な光景をしていた。とても綺麗な色をしている…優しい色をした空だ。
「綺麗だね…私もあそこに行くのかな」
隣から聞こえてくるどこか悲しく響く声。目だけを少し向けて見るが、その様子は思うように覗えない。
どうにもこの空気に落ち着かない俺は、無理やり話を変えようと―――
「さぁな…俺は知らない。まぁ…お前がいい子なら行くじゃねぇか」
「随分と口が悪くなったね。良ちゃんは…」
「はぁ…?」
意味が分からず思わず身体ごと横を向くと、俺と同じように空を見上げてクスクスと笑っているゆうりが目に入った。
その姿を見て、俺の胸は何故か落ち着きを無くしていた。見た事がある―――気がする。
どこでだ…いつ、どこで俺は見たんだ。
「この空を見たのは―――二度目かな。あの時は、わたし泣いちゃってたなぁ」
「泣いてた…」
その言葉に何かが繋がっていく。しかし、その先は見えない…思い出せない。
何故だ?…何故こんなにも胸が痛い。どうしてだ…俺は何かを忘れているのか…。
「また、この空を見れた事が嬉しいな。また、良ちゃんと一緒だもん…嬉しいなぁ」
独り言のように呟くゆうりを、俺はただ眺めていた。何かを思い出しそうなっている。だけど、思い出せない…。
「お前は、一体―――」
「まだ、思い出してくれないんだね。やっぱり、一度だけ会っただけだから無理かな」
「一度だけ…」
空から俺に目を向けて、懐かしいものを見るような目で俺を見つめているゆうり。
その瞳が、俺を捕らえている。だけど、思い出せない…何故だ?俺は何を忘れている?とても大切な事のはずなのに…。
どうして思い出せない。いや、思い出そうとすればするほど、頭にもやがかかったようになって思い出せない。
「そうだよ…一度だけ。昔に一度だけ会ったんだよ―――わたしの事を慰めて、救ってくれた男の子」
そう言ったゆうりは、ゆっくりと俺に近づいてきた。顔だけがやけに近い距離にあり、俺は内心ドキドキしていた。
何をする気だ?まさか―――そんな事はないか。
「わたしが好きな人は…良ちゃんだよ。そして―――ありがとう。私に勇気をくれて…」
微かに触れるものがあった。触れられないはずなのに…それなのに俺の唇に触れる感触は間違いなくゆうりのものだった。
「ふふふっ…顔―――真っ赤だよ?」
「えっ?…あっ、へ、変な事言うなっ!」
訳も分からず慌てている俺に、さらに―――
「ふふふっ…あの時も、こんな顔してたね」
「あの…時?」
余計に分らない事を言ってくるゆうり。あの時?…いつの事だ?それよりも俺は、昔もこいつと―――したのか?
いつだ…思い出せない。なんで忘れているんだ…どうして…。
「良ちゃんは本当に覚えてないんだね。―――そっか…ちょっと残念」
俯いて小さく呟いているゆうりを見ても俺は、思い出せないでいた。いい加減、思い出してもいいんじゃないか。
俺の馬鹿な頭では、昔の記憶は無いって言うのかよっ。
「ちょっと待てっ…今、思い出すから―――」
「たぶん、無理だと思うよ」
「はっ…?」
何を言ってるのか分からないが、何故か納得した顔をしているゆうり。一人で納得してないで俺にも分かるように
説明してはくれないだろうか。
「私も今、思い出したから。死んだショックでその事だけ、忘れてたみたいだよ…」
「はぁ?…何を?」
「良ちゃんの事は覚えてたのに…これって愛かな」
満面の笑みでいきなりの爆弾発言に、俺の心臓はこれ以上ないくらい跳ね上がっていた。愛?…何の事だ?
当の本人のゆうりは、自分で言った事に顔を真っ赤にして俯いてしまっている。
意味の分らない事を言っているゆうりをマジマジと眺めていると、急に顔を上げて俺を見つめてきた。
「わたし…良ちゃんの記憶を食べたから―――」
俺は、半ば呆れてゆうりを見ていた。いきなり何を言い出すかと思えば―――
「何っ!」
素っ頓狂な声を出して俺はゆうりを見つめ返していた。何て言った?記憶を食べた?…意味が分からないぞ。
「わたしは、生まれてすぐの頃から人の記憶を食べる事が出来たの」
「何を…言っているんだ?」
話が飛んでいて分からない。記憶を食べる?何の事だ?そんな事聞いた事がない。
「分からないよね…良ちゃんは、わたしに記憶を食べられた人間だもん」
「だから…食べるって―――」
はかなげに揺れるゆうりの瞳は、俺から逸れていった。静寂が広がっていく…辺りを支配していく静寂が痛い。
「あの時わたしは、この力のせいで泣いていた。一人、この場所で泣いてるわたしに、声を掛けてくれたのが―――」
「―――俺…?」
無言で頷くゆうりは、ゆっくりと空を見上げて…そして―――
「わたしに生きていく勇気をくれたのが良ちゃん。あの時の良ちゃんは優しくてかっこよかったよ」
もう一度、俺の唇に触れる感触があった。温もりはない…だけど、確かに触れている感覚がそこにはある。
優しく微笑んでいるゆうりが、俺のそばから離れていく。次第にその姿が何故か、薄くなっているような気がする。
「ゆ……うり…?」
「そろそろ、行かないといけないみたい…」
「行くって、どこに…」
「―――分からない。わたしは、どこに行くんだろう」
ゆっくりと首を振っているゆうりの瞳から、一筋の涙が零れ落ちていく。
「さっき…良ちゃんの記憶は返したから―――わたし、あの日以来誰の記憶も食べてないからっ!」
「おいっ…」
「ずっと、良ちゃんの記憶と一緒にいれて幸せだった。ありがとう…わたし、良ちゃんの事ずっと好きだったよっ!」
頬を流れ落ちていく涙が途中で消えていく。もう向こうが目でも分かるくらいに透けている。
その言葉を最後に闇に溶け込むように消えていったゆうり。その場に一人残された俺は、ただ呆然としていた。
「なんだったんだ…」
自然と漏れくる言葉がやたらと俺の耳に響いて聞こえる。それだけ、この場所が静かな事を現している。
さっきまでの騒がしさはどこに行ったのか…。
「っ…!」
急に頭の中に響く鐘のような音。耳鳴りのように聞こえるこの音はなんだっ!頭が割れそうだ。
次の瞬間、俺は見た事もない光景が脳裏に浮かんできた。
「な、なんだっ!…これは」
誰が見ている光景だ…これは。目の前にいるのは女の子―――小さな女の子。
『どうしたの?なんで、ないてるの?』
『ヒックッ…』
『どうして、ないてるの?』
『わたしに……ちかよらないで……』
『どうして?』
『わたしは…きおくを…』
眩暈に似た感覚が収まっていく。なんだ…今のは?俺の知らない子だった。
いや、違う…知らないんじゃない。これは俺の記憶だ―――今までなかった俺の子供の頃の記憶だ。
それじゃ、今の女の子がゆうりなのか?記憶を…っと言っていた。
だけど、まだ完全じゃない。まだ戻ってない記憶がある…はずだ。あの先はどうなったんだ。
『きおく…?』
『わたしは、きおくを…たべるの』
『たべる…?』
『だから―――』
『それっておいしいの?』
『えっ…』
驚いている女の子の顔が俺に向いている。喋っているのは俺―――正確には、子供の頃の俺だ。
勝手に話しているから、止められない。記憶だからしょうがないのだろうけど、なんともアホな事言っているものだ。
『ぼくもたべれるの?』
『たぶん、むりだよ』
『そうなんだ…ねぇ、あそぼうよ』
『えっ…でも……』
『ぼく、りょうすけっ!』
『わたしは――――』
それから、暫く二人で遊んでいたんだ。そうだ…思い出してきた。俺は、あの日この公園で泣いてる女の子を見つけたんだ。
その時は自分でも分からないが、声を掛けていたんだ。吸い込まれるように近づいていったんだ。
何故かは分からない。でも、ほっておけなかった…それを思い出した。あの瞳を見たせいかも知れない。
『くらくなったね…』
『そうだね…まっくらだ』
『そら…』
『えっ―――あっ、きれいなおほしさまだぁ』
『うん…』
暗くなった空を二人で見上げていたんだ。空は、今日みたいに新月で星が綺麗に光っていた。
その後、暫く空を見上げていて、そして―――
『りょうちゃん…』
『なに…?』
『わたしのこと…わすれて』
『えっ…なんで?』
『きっと、いいことなんて―――』
『いやだよっ!』
訳の分からない俺は、首を振って嫌がっていたんだ。忘れるって事が嫌だったから?違うな。
記憶が戻って思い出した…俺は、この時ゆうりの事を新しく友達だと思っていた。
それ以上に好きだったのかも知れない。子供の恋心だ…どこまで本気か分からない。
そもそも、そんな感情を分かる事が出来たのか疑問だが…。それでも、忘れるのだけは嫌だった。
『だめだよ…りょうちゃん』
『なんで、わすれないとダメなのっ』
『わたし…りょうちゃんのこと―――』
『んっ…』
いきなり塞がれた唇。何が起こったか理解できてない俺はただ、混乱していた。
突然の事に驚いている俺に、悲しそうな顔をしたゆうりの瞳が飛び込んできた。
泣いていた…その瞳から大粒の涙をこぼして…。その涙の訳を当時の俺が知るはずも無い。
『ごめんね…』
『なんで…』
『りょうちゃん―――だよ』
『えっ…』
その言葉を最後に、俺は意識を失ったんだ。次に目が覚めた時は、病院のベットの上だった。
なんでこんな所で寝ているのか聞いてみたら、公園で倒れていたという。当時の俺は公園にいた記憶がないので
「知らない」と言ったら、精密検査をされた。どうやら、頭でも打ったと思われたみたいだが…なるほど、こういう事だったのか。
「そっか…」
全てを思い出して、妙にスッキリしている。あの日…何があったのか、俺が知らない事が全て思い出す事ができた。
「俺の初恋って…いきなり現れて、いきなりふられた―――そんな感じだったんだな」
自然と苦笑が漏れてくる。思い出してみれば、俺の初恋の記憶だ。それも、とびっきりに変わっている初恋だ。
記憶を食べる女の子…なんともおかしな女の子を好きになったもんだ。いや、当時はそれすら分かっていなかっただろう。
でも、今の心に残る気持ちは…間違いなく恋心だ。記憶が戻って…でも、それがなんとも悲しいと感じるのは―――
「もう、伝えるべき相手がいないんだな…自分だけ勝手に伝えていきやがって…」
記憶の中に、俺以外の記憶がある。それは、ゆうりの笑顔の記憶…。
幸せそうに笑うゆうりが俺に何かを言っている。
記憶の中、ゆうりは―――
『りょうちゃん…だいすきだよ』
そう言って、満面の笑みを浮かべて笑っていた。
空を見上げてぼやいても誰にも届かない。伝えたい相手はもういない…。
「俺もお前の事…好きだったんだぞ」
声はかき消されていく。空には星が瞬いている。
ゆっくりと俺は、いつまでも空を見上げていた。
あの日、二人で見上げていた懐かしい空をいつまでも…いつまでも…。