第20話 精鋭パーティ
ぼくたちは、いったん育芸館に戻った。
育芸館の手前の地面にチョークで線を引き、指定場所に穴を掘るよう頼む。
玄関の手前一メートルのところから、幅一メートル、深さ二メートルで左右五メートルに渡って広がる穴だ。
簡単な塹壕のような感じである。
これは隠蔽しない。
そもそも玄関周辺は草が踏みしめられ、裸の地面である。
多少隠蔽したところでバレバレだ。
空堀のようなものである。
オークの移動経路を阻害し、守りやすくするために使うのだ。
「玄関で守るにしても、オークに群がられると辛い。これなら、左右から一体ずつしか接近して来られなくなる。少人数でもだいぶ守りやすくなるはずだ」
「育芸館の前で派手なことしたら、わたしたちが育芸館を拠点にしているってバレるわよ」
「早晩、バレるよ。だったら防備を固めるべきだ」
志木さんは、ぼくの反論に、なるほどとうなずいた。
「二階、三階の窓からなにか落とすにしても、狙いをつけやすくなるわね」
「あー、そうだね。投擲スキルにとっても有効かも」
「いいんじゃない? それじゃ、みんな。もう一度、穴掘り、がんばりましょう!」
すでに少々疲れの見える中等部の女の子たちを鼓舞し、志木さんはさっそく、シャベルを手にした。
率先して穴を掘り始める。
うむ、いい腰の使い方だ。
修練を積めば優秀な穴掘りマイスターとなるだろう。
さて、穴を掘る少女たちを尻目に、ぼくたちは将来の精鋭となるパーティを組んだ。
メンバーは、予定通りぼく、アリス、たまき、ミアの四人だ。
たまきとミアの右手の小指に、赤い輪が生まれる。
「まずさっさとレベルをひとつ上げる。それから白い部屋で相談だ」
「さー、いえっさー」
たまきがおどけた様子で敬礼した。
ミアはこくんとうなずいただけ。
「でね、でね、カズさん」
「……なんだ、たまき。お願いか?」
「あのでっかい斧、使っていいかしら」
たまきは育芸館のロビーの隅に立てかけてあった大斧を指差した。
昨日のエリート・オークが使っていたものだ。
「そんなに使いたいか? あれ」
「昔、えらい人はいったわ! ちからこそパワー!」
「きみ、英語苦手だろ」
うーん、まあ、あの斧を振りまわせば、雑魚オークもそうそう近寄れないか。
たまきにはもうちょっと慎重さを学んで欲しいところだけど、ミアと組ませておけば、そうそう無茶はできないだろう。
「きみが、後輩のミアを守るんだぞ」
「まっかせなさい! わたしはデキる女なんだから!」
実際に面倒見はよさそうなので、いちおう、その自己申告を信用することにする。
ぼくたち四人は、森を伝い、アリスがいっていたテニスコート方面に移動した。
はたして、アリスのいう通り、物置のなかから派手ないびきが聞こえてきた。
「たまき、ミア。ふたりはここで待機。ミア、もし逃げるオークがいたら」
「アース・バインドで足止め?」
「ああ。頼む」
ミアは理解がはやくて助かるな。
いちおう、カラスに小屋のなかを覗かせる。
「オーク四体、睡眠中」
カラスは、ぼくにだけ聞こえる声でそういった。
「人間は」
「いない」
ぼくはアリスに合図した。
アリスが槍を構え、ひとりで小屋のなかに突入する。
三十秒後。
アリスはなにごともなく戻ってきた。
「え、もう倒したの? すごい」
驚くたまき。
アリスは証拠として、オークが死ぬと変化する赤い宝石を四個、差し出してみせる。
「あの、なかに死体が……」
「いまは放置。いいね」
アリスはためらいがちにうなずいた。
死んだひとには気の毒だと思うが、いちいち埋葬する手間をかけていられない。
「たまきとミアのレベルアップには、あと四体か」
四人パーティになったから、レベルアップするために必要なオークの数は倍になってしまった。
それでも、将来的に考えれば、充分に採算が取れるはずだ。
「次は、どこがいい?」
「更衣室がすぐ近くにあります。オークがいるかどうかはわかりませんが……」
結論からいうと、更衣室にもオークがいた。
それも、ちょうど四体。
こちらは起きていたので、アリスのほかにパペット・ゴーレム二体を後詰めで送りこんだ。
逃げようとした一体は、ミアがアース・バインドで拘束したのち、たまきが仕留めた。
「あ、レベルアップ」
ミアが呟いた。
ぼく、アリス、たまき、ミアの四人は、白い部屋にワープした。
※
白い部屋にて。
たまきがまず最初にやったのは、アリスのPCの画面を覗きこむことだった。
「ほほー、これがアリスのすべてね! うわ、ほんとアリスレベル5なんだ! つよーい」
アリスが、なにかいいたげにぼくを見た。
はい、昨日、ぼくがアリスにやった嫌がらせと同じですね。
ぼくとたまきが同レベルだといいたいんですね。
わかります。
ごめんなさい。
「次はカズさん、っと。うわー、こっちもほんとにレベル5!」
ま、実際、質問の過去ログとかはないし、そもそも見られて困ることなんて、なにもないんだけどさ。
たまきは次に、部屋をぐるりと見渡した。
「それにしても、四人で来てもやっぱ、なんもないとこなんだね。机が増えてるだけで」
「そりゃ、な」
「こんな明るいとこでエッチするのって、どうだった?」
ぼくはアリスをじろりと睨んだ。
「ごめんなさい……。誘導尋問にあって、その」
アリスは赤面し、心底申し訳なさそうに身を縮めた。
ぼくはちらりとミアを見た。
「とても参考になった」
「忘れて欲しい」
「できれば実践でも学びたい」
ミアが、ぼうっとした表情でこちらを見つめてくる。
「経験を積みたい」
「その経験値はいらんだろ」
「淫乱な処女って、どう?」
思わず生唾を飲み込んでしまった。
アリスが、涙目で睨んできた。
ぼくは両手を上にあげて降参のポーズを取る。
「カズさんがほかの女の子を視姦するのは仕方ないんだよ。健全な男の子なら当然のことだから、諦めてあげないと」
たまきが余計なアドバイスをする。
はは、こやつめ。
脳天に拳骨を落とそうとした。
たまきは、素早くアリスの背後に隠れた。
だがアリスは、たまきの肩をがっしりと掴み、貢物としてぼくに差し出す。
「やっちゃってください、カズさん」
「わあっ、アリスの裏切りものーっ」
ぼくは「よくやった!」とアリスを褒め、改めてたまきの頭を、軽くコツンとやった。
「う、うー。でもだいじょうぶ。わたしが見たところ、カズさんはおっぱい大好きだから、アリスなら勝てるよう」
「まだいうか」
「わたしは理不尽な暴力に屈しないわ!」
いえーい、と親指を立てるたまき。
ぼくはため息をつく。
いやまあ、死体を見て落ち込むよりは、いいけどさ。
そう、さっきの更衣室にも、男の子の死体があった。
胸を切り裂かれ、首がへんな方向に曲がっていた。
たまきが妙にハイテンションなのは、それから目をそらそうとしているせい、なのかもしれない。
とはいえ。
「あー、なあみんな、作戦会議をしようじゃないか」
ぼくは、ぱん、と手を叩いて注目を促す。
そろそろ緊張感を持ってもらおう。
これからの会議の結果で、ぼくたちの生死すら左右されるというときは、なおさらだ。
「とにかく、これでふたりは、レベル2になったわけだ」
「わたし、ちっともがんばってないけどね」
たまきが、皮肉にいった。
「完全にカズさんとアリスに頼りきりだわ」
「これから、たまきに頼る。気にするな」
「んー、ごめんね、愚痴っちゃって。で、わたしは剣術をランク2にすればいいのね」
「わたし、地魔法をランク2にする」
ぼくは、たまきとミアにそうだとうなずく。
「この四人で女子寮を攻める。いいね」
三人の少女が、口々に「はい」といった。
「で、女子寮の出入り口だけど。表玄関と、反対側の裏口だけでいいのかな」
「おっ、カズさん、詳しいねえ。ひょっとしてパンツ盗みに来てたりした?」
「外から見た感じだと、高等部の男子寮と同じつくりみたいだから」
「あ、そりゃそっか」
つけ加えるなら、さっきカラスで内部を調べた限りでは、内側もおおむね高等部の第二男子寮と一緒の間取りであった。
このなかで唯一の部外者であるぼくが女子寮の内部に突入しても、迷う心配がない。
実に好都合なことだった。
女子寮内部に侵入……。
いかん、危険な響きだ。
ぼくは首を振る。
「またえっちなこと、考えてたでしょー」
たまきがジト目でぼくを睨む。
「もうっ、しょうがないなー」
「なんできみは、そんな嬉しそうなんだ」
まあ、いい。
ぼくは肩をすくめて話を戻す。
「作戦は単純にいこう。ぼくとアリスが表玄関で騒ぎを起こす。たまきとミアは裏口にまわって、出てくるオークがいたら片っ端から倒してくれ。内部に突入する前に、なるべく敵の数を削りたい。オークが逃げるのは、できれば阻止したいしね」
もっとも、いままでの経験から考えて、一戦も交えずオークが逃げることはほとんどありえないと思っているのだが……。
「エリート・オークが出てきたら?」
たまきが訊ねた。
「表の方に出てきたら、ぼくとアリスで相手をする。そのときは呼ぶから、ふたりとも、すぐ来てくれ。裏に出てきたら、構うことはない、逃げろ」
「わたしが、アース・バインドで足止めする?」
「やめておいた方がいい。まだ敵にかける魔法の詳しい仕様はわかっていないけど、ゲーム的に考えると、強い敵はレジストしてくるとか、そういうことがあるんじゃないか」
「レジスト?」
あー、ゲーム用語か、これ。
「抵抗を受ける可能性がある、ってことだ」
「……そか」
納得してくれたようで、ふんふんうなずく。
「そういう、抵抗を増やす魔法とか、ある?」
「あー、そうだな。付与魔法のランク1に、クリア・マインドという魔法がある」
「ふむ、クリア・マインド……。シンクロチューナー?」
「なんだそれ」
ミアは「なんでもない」と残念そうに首を振った。
よくわからないが、ゲームかアニメか漫画のどれかだろうとアタリをつける。
まあいいや。
「ちょっと待って、調べる」
ミアはそういうと、自分のノートPCの前に座って、キーボードを叩いた。
質問事項を書き連ねていく。
高速の質疑応答。
ぼくたちはその間、適当に雑談して過ごした。
「ん、だいたいわかった。魔法が効かないパターンは複数ある」
ミアがまとめた、この不可解なスキルシステムにおける攻撃系魔法の仕様は以下の通りだ。
・敵個人に対して放つ魔法は、魔法を使用する者が相手をターゲットしなければならない。つまり相手の姿が見えないとダメということだ。
・それがミサイル型魔法の場合、敵に向かってまっすぐに飛んでいく。ホーミングはしない。敵が高速で動いている場合、外れる場合もある。間に障害物がある場合、障害物にぶつかる可能性もある。
・それがダイレクト型魔法の場合、距離にかかわらず一瞬で作用するため、相手は避けることができない。
ミサイル型とダイレクト型、というのはぼくが暫定的につけた名称である。
さて、ここまでが、魔法発動から命中までのプロセスだ。
次に対象が抵抗できたかどうかの判定が入る。
・魔法の種類によって、抵抗に必要とする要素が異なる。たとえば地魔法ランク1のアース・バインドの場合、対象の足もとの植物が魔法のちからで動いた瞬間に対象が足を引けば、拘束されることはない。必中ではないと知って、ミアは苦虫をかみつぶしたような表情になっていた。
・クリア・マインドは、これらのうち精神にはたらきかける魔法に対する抵抗力を増幅させる。精神に働きかける魔法とは、たとえば風魔法ランク1のスリーピング・ソングなどだ。ほかにも魅了の魔法などがあるらしい。また、こういった魔法に似た特殊能力を用いる怪物もいるとか。怖い怖い。
・クリア・マインドをかけることで、恐怖心を克服する助けにもなる。ミアによれば、昨日、エリート・オークの咆哮を聞いたとたん、彼女もたまきも足がすくんでしまったそうだ。そういえば、そうだったかもしれない。ぼくとアリスがすぐ動けたのは、運がよかったのか、それともあの程度で足がすくまない程度には修羅場を潜ってきていたからか。
・たとえ魔法が効いたとしても、強引にそこから脱出される可能性はある。アース・バインドを例に取るなら、馬鹿力の持ち主なら、下草を引きちぎって拘束を脱する可能性はある。……エリート・オーク相手にアース・バインドは、ダメそうだな。
うん、なるほど、だいたいわかった。
でもこうして抵抗される場合、を列挙されると、ヒート・メタルの優秀さが一目瞭然になるなあ。
ミアの質疑応答によれば、ヒート・メタルのように物体にかける魔法は、抵抗の増幅が難しいようだ。
もっとも、ヒート・メタルは光線を撃ち出すミサイル型だから、避けられる可能性はあるのだけれど……。
いくらエリート・オークがちから自慢でも、赤熱した斧を握って戦うのは苦しいだろう。
万一、斧を取り落とさなくても、動きが鈍る程度の効果は期待できそうだ。
あ、でも。
「いま気づいたんだけど、ミア、柄が木製の武器の場合って……」
ぼくとミアは、「あ」と顔を見合わせた。
たまきがいま持っている、昨日倒したエリート・オークの斧は柄の一部が金属だったから、失念していたが……。
「木製だと、ヒート・メタルは効果がない」
ミアはがっくりと肩を落とした。
「エリート・オークの武器の柄が金属製であることを祈る」
だなぁ、とお互いに、ため息をつく。
「わたしが、もっとはやく気づくべきだった」
「いや、これは本来、ぼくが気づくべき事柄だよ……」
ああもう、ぼくは昨日一日で、なにも成長していない気がする。
たまき:レベル2 剣術1→2/肉体1 スキルポイント0
ミア:レベル2 地魔法1→2/風魔法1 スキルポイント0