第148話 ガル・ヤースの嵐の寺院4
次に検討するべきは、敵の戦力について。
というか、アンデッド・モンスターについてだ。
一応、Q&Aでこの世界にもゾンビの類いが存在することは確認していた。
きっかけは、先ほどアリスに使用してもらった、アンデッド特効魔法の存在である。
こんなものがあるのなら、アンデッド・モンスターもいるのか。
その問いに対して、白い部屋の主はイエスと答えた。
「いまさらだけど、しつこくQ&Aしてみるか。ミア、手伝ってくれ」
ノートPCに向き合い、改めていろいろとQ&Aしてみる。
そうして判明したアンデッド・モンスターの特徴は、以下の通り。
・アンデッド・モンスターはアンデッド特攻の攻撃に弱い。
これはまあ、当然だ。
確認するまでもないことかもしれないけど、念のためである。
・アンデッド・モンスターは、特殊な例外を除いて呼吸をしない。
重要なことだ。
たとえば、アンデッド・モンスターのいるフロアに毒ガスを散布しても意味はない。
逆に敵がそういうことをやってくる可能性も考慮しなきゃいけない。
・アンデッド・モンスターには、毒のように生物全般に効果のある攻撃が通用しない。
また魅了、及び思考や感情を操作する魔法も効果がない。
たとえば、ルシアが多用する火魔法ランク6、ドレッド・フレアなどだ。
おおむね、ゾンビ映画とかの総合って感じだろうか。
ただし、ゾンビに噛まれても感染はしないとのこと。
それはなんとも、幸いなことである。
「痛覚もないっぽい。ヒート・メタルもきかない」
「直接攻撃以外の手段が、かなり封じられるな」
「足止めが困難。直接火力でぶっ飛ばすしかないとなると、ルシアは温存するべきだった?」
それは、なんともいいがたい。
あそこはなんとしても速攻をかける場面だったし、ルシアのMPには戦闘以外の使用方法がほとんどないけど、ぼくのMPにはいろいろな使い道がある。
「それに、ここは通路も狭い。場所を選んで戦えば、ゾンビの大群に圧死するってことはないだろう」
「敵がワラワラ来たら、スタックさせて処理落ちを狙う?」
「処理落ちとかあるゲームだったらよかったな!」
残念ながらこれは現実で、どれだけ一か所に駒が集まっても、グラフィックボードの限界は訪れない。
CPUも大軍の操作で手一杯になったりしない。
ひとつの場所に軍隊レベルでひとが集まれば、範囲攻撃魔法の恰好の餌食なわけだけど。
「ん。アンデッドの大半は暗視持ちだって。スケルトンとか眼球がないから、マナとかで視界を確保してるっぽい」
さらにQ&Aを繰り返したミアが、そんなことまで調べてきた。
あー、マナ感知みたいな感じで、だからインヴィジがきかなかったのか。
もっとも、不可視だったアリスやたまきの攻撃への対応が少し遅れていたから、完全にマナの動きで判断、とかじゃないみたいだけど。
具体的にどのアンデッドがどんな感覚器官を持つのかまでは、Q&Aでは判明しなかった。
そのあたりは実戦で確かめろということか。
白い部屋の主の、どこか一線を引いた対応はいつも通りではあるので、仕方がない。
「グレイウルフが部屋の入口まで忍び足で近寄ったときは、反応しなかったよな」
「ゲーム脳的に、部屋に入ることがトリガーの可能性」
それはあまりにもゲーム的すぎるんじゃないかなと思うけど、一応、検討事項か。
「次、室内にスケルトンがいたら、確かめてみよう」
ひとつひとつ、試していくしかないだろう。
ぼくたちは、さらに意見を出し合った。
その後、休憩をとってリラックスする。
少し落ち込んでいるアリスを慰め、彼女が満足するまで頭を撫でる。
それを見て寄ってくるたまきとミアの髪は、乱暴にぐしゃぐしゃする。
「うーっ、カズさん、差別だわ!」
「ん。断固として抗議する」
アリスが苦笑いして「みんなに公平に、やさしくしてあげてください」といった。
仕方がない、とふたりの髪を優しく撫でてやる。
揃って目を細める、たまきとミア。
「ときに、さっきのことだけど」
ミアがぼくを見上げ、つぶやく。
「カズっち、あの女騎士さんに抱きしめられたとき、臭いなって思った?」
「うん、実は、少し……」
アリスとたまきが、慌てて自分のジャージの臭いを嗅いだ。
安心してください、ふたりともだいじょうぶです。
「あのひとたち、たぶん入浴の習慣とかないんじゃないかな」
「え、それって不潔じゃない?」
「日本と違って湿度が低いヨーロッパでは、普通のことっぽい?」
さすがミア、余計なことはいっぱいご存じだなあ。
「ただ、彼女たちの場合、鎧がなあ」
「剣道着が蒸すのと同じ」
なるほど、いろいろ理解である。
実際のところ、彼女たちもぼくたちも命の危険と隣り合わせだから、そんな些細なことでいちいち顔をしかめている方がおかしいんだけど。
そもそも、戦場にたちこめる血の匂いや腐臭に比べれば、なにほどのこともない。
「あの、カズさん!」
たまきが、ずいと顔を突き出してくる。
「この戦いが終わったら、召喚魔法でコテージを、ね! お願いっ」
「うーん、MPの無駄遣いじゃ……」
「だ、だめ?」
すがるような目で見つめられてしまった。
うう、そんな風に見られると、ダメとはいい辛い……。
「わかりました、善処いたします、レディ」
「わーいやったーっ」
ぴょんぴょん飛び跳ねる、たまき。
アリスも嬉しそうだ。
ぼくは、苦笑いしてミアと顔を見合わせた。
「カズっち、実は匂いフェチだったって告白しよう?」
「それは予想の斜め上な展開だな」
「フランス人とかにはよくあるとネットに書いてあった」
本当かなあ、それ。
ぼくたちは雑談に興じたあと、もとの場所に戻る。
たまきのスキルポイントは、もちろん温存する。
たまき:レベル29 剣術9/肉体4 スキルポイント3
※
あちこち覗き、スケルトンを探す。
白い部屋を出てから三つ目のドアを開けてすぐ。
ベテラン・スケルトンが二体、ドアを開けたたまきに、まとめて襲いかかってきた。
「わっ、まだなかに入ってないのに!」
「ミアの仮説が外れただけだ、きみは細かいことを考えるな!」
たまきは「わかった、考えない!」と叫んでスケルトンに挑む。
またたく間に一体を斬り捨てる。
ここでミアがレベルアップする。
白い部屋にて。
「すまんかった。エリア死守AI仮説は違ったっぽい」
「気にするな。いろいろな意見があった方がいい。あとAIとかいうな」
「バツゲームとか、なし? 期待してたのに」
ダメだこいつ。
まだもう一体、敵はいるので、すぐもとの場所に戻る。
ミアのスキルポイントも温存だ。
ミア:レベル29 地魔法4/風魔法9 スキルポイント3
※
もう一体のスケルトンも始末し、戦闘終了。
ラスカさんたちが近づいてくる。
彼女たちの話によれば、この近くにガル・ヤースの心臓が安置されている部屋への通路があるとのことであった。
このままモンスターの始末を続けて、レベルアップを図るか。
さっさとガル・ヤースの心臓を目指すか。
迷うところだけど……。
「外ではまだ、兵が戦っています。ここでの戦いを一刻も早く終わらせなくては」
ラスカさんが、迷うぼくたちを説得してきた。
そりゃそうか。
彼女たちにしてみれば、同朋が血を吐きながら稼いでくれている時間だもんな。
それなのに入口での待機を命じられていたから、不満だったってわけだし。
最大戦力のぼくたちが、ちまちまとした行動をとっていたら、そりゃ不満に思っても仕方がない。
というか、ついついRPG感覚になってしまったこっちが悪い。
「わかりました、ガル・ヤースの心臓を目指しましょう」
経験値が入ってレベルアップするっていう、ぼくたちだけの仕様が問題だよなあ。
そんなことを考えつつ、灰色狼の偵察によって寺院中央へのルート上のモンスターを探査し、前進する。
さらに三体、ベテラン・スケルトンを始末した。
ここで、ぼくがレベルアップ。
※
白い部屋で車座になって腰を下ろし、反省会を開く。
「ん。現地住民の生の声は、説得力がありますな」
「きみはここに至ってもひとごとにするなあ」
「実際、わたしらは、わたしらのことだけで手一杯ですゆえ」
ミアはこのへん、クレバーというか……ぼくたちの利益を最大にするよう意見してくれるのはとても嬉しいんだけどなあ。
うん、わかってる。
決断するのはぼくで、だからともすれば甘い意見に流されがちなアリスやたまきがいるからこそ、ミアはこういう立場を堅持するのだ。
まったく、彼女がパーティで最年少とは思えない。
あのニンジャの妹だと考えれば納得だけど。
「実際のところ、どうなんだろう」
「どう、ってなんですか、カズさん」
「うーん、今回は彼女たちの提言を受け入れたわけだけど、あの意見を無視した場合、ぼくたちに不利益はあったかな」
みんなで検討した。
現地の人々との友好が、はたしてぼくたちにどれほどの意味をもたらすか。
ミアの「強さがすべて。彼女たちは弱い。わたしたちに逆らえない……という考え方もある」というシビアな言葉に、論理的な反駁は難しかった。
「でも……」
とアリスが困惑したようにぼくを見る。
「なんだか、それって寂しいです。辛いです」
その言葉は、なまじアリスの本音であるとわかるがゆえ、ストレートにぼくの心に響いた。
苦笑いしてしまう。
アリスはぼくの表情をどう勘違いしたか、慌てて首を振った。
「ご、ごめんなさい。わたし、そんなつもりは……」
「いや、いいんだ。ぼくが間違っていたかもしれない。……そうだよな。理屈じゃそうかもしれないけど、それだけじゃないよな」
アリスの頭をくしゃりと撫でた。
少女が、笑う。
和久:レベル34 付与魔法6/召喚魔法9 スキルポイント2
スキルポイントは付与魔法のために貯め、もとの場所に戻る。