マリアナ最終決戦2
昭和19年9月23日早朝。マリアナ諸島ではいつもどおりの朝が始まるはずであった。
しかし、この日は違った。電探が突如海上より押し寄せる大編隊の敵影を探知したのだ。
当初、この報告は誤報とされた。この時期、マリアナ近海には複数の哨戒潜水艦が網を張っており、敵機動部隊が近づくなどありえないと思われていたからだ。
だが、敵影は5つの基地用防空電探が探知し、誤報でないことがわかった。
ただちに各基地では対空火器に兵が取り付き、さらに戦闘機が緊急発進した。
この時期、マリアナ・グアムをあわせた各島々には飛行場が築かれており、戦闘機だけで400機、攻撃機を含め1000機近い飛行機がいた。
だが、やはり警報の遅れが生じてしまい、敵機の接近を許すこととなった。
この時来襲した敵機は、総数480機。内戦闘機が実に7割を占め、まさに敵航空戦力殲滅隊といえた。
日本側は最新鋭の烈風に疾風、さらには雷龍や電光と言った夜間戦闘機などを忠実させていたが、それらの内上空に上がれたのは3割強であった。
結局、日本側は米軍の攻撃を防ぎきれず、その跳梁を許すこととなった。
米軍機は好き勝手に銃爆撃を行い、地上の航空機や基地施設を破壊して回った。
この第一次攻撃により、地上にて航空機278機が破壊され、燃料タンクや対空砲などの基地施設の3割がダメージを受け、加えて空中おいて47機が撃墜された。
対する日本側の戦果は空中戦で41機撃墜、対空砲火が11機を撃墜。その他に帰還後破棄されたもの17機であった。
さらに、この日のうちに米軍は3回の反復攻撃をマリアナ諸島の各航空基地に加え、日本側は合計600機の航空戦力を、飛ばさぬうちに失うという大敗を決してしまった。
一方、マリアナ空襲さるという報告を受け、連合艦隊は最終決戦計画Zを発動させた。これは全航空、艦隊兵力をもってマリアナで敵を邀撃するプランであった。
そして、9月24日日本機動部隊はフィリピンを出撃した。新鋭空母「大鳳」を旗艦とし、空母11、軽空母5、を中心とする日本で唯一の大機動部隊であった。
おまけ
逓信省乙型護衛船Z1型
排水量500t 速力18ノット
武装8cm砲2門
25mm機銃4挺
爆雷投射器
漁船改造の護衛艦。
学研の興国の楯に登場。
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