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マリアナ最終決戦


 昭和19年8月、ついに米軍は大きく動いた。
 この時期、欧州では和平の気運が高まりつつあった。それによって世論は日本との講和にも傾く可能性があった。
 日本から始めた戦争であったものの、米軍は日本軍と互角にはなっても、圧倒した時期はなく、もしかしたら日本有利の条件でも、世論が講和条約締結に賛成するのはありえないことではなくなっていた。
 ルーズベルト大統領としては、なんとしても日本との講和では米国有利の条件を作り出したかった。
 そのためには日本本土空襲はなんとしても行う必要があった。しかし現状では長長距離爆撃のため出撃回数、ならびに機数が大幅に制限され、満足な爆撃は出来ていなかった。やはり、B29の基地としてマリアナを占領することは避けられないことであった。
 未だ中部太平洋や日本領南洋諸島の占領は半分にも行っていなかったが、これらをすべて占領していては1年以上かかってしまう。もはやそんな余裕はない。なんとしも10月までにマリアナを占領し、12月には日本本土空襲を始めたかった。
 そこで、米国はまずヨーロッパ戦線から引き抜いたB24重爆撃機とB17改造の空中給油機を占領した中部太平洋の各航空基地に配置した。
 その数は実に後方に補充用として用意された分も含めると裕に2000機近い大群となった。
 米軍はまずこれらの爆撃機を使って、日本が建設していた中部太平洋上の各航空基地を徹底的に爆撃した。もちろん、日本側の迎撃も激しく、実に1200機近い機体をわずか1ヶ月で磨り潰す結果となった。だが、この爆撃によって日本側も基地航空隊の機体800機あまり、さらには多数の重機破壊により、爆撃を受けた基地の7割が向こう1ヶ月の作戦能力を失った。そしてそれは米太平洋艦隊司令部の待ちわびた時であった。
 昭和19年9月18日、真珠湾を米機動部隊が出撃した。
 正規空母7、軽空母6、戦艦6からなる大機動部隊であった。



 帝国陸軍97式中戦車北アフリカ仕様
 全長5,52m 全幅2,33m 自重15t
 速力38km 航続力210km
 武装50mm1門
   7,72mm機銃1基

 発動機空冷ディーゼル170馬力

 北アフリカ派遣部隊用。砲は3号戦車のもの。
 学研の兵隊元帥欧州戦記に登場。


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