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トラック島空襲 下
 




 トラック島に米第二派攻撃隊が襲来したのは、第一波が去った20分後であった。しかし、その時にはほとんどの艦船は機関を始動し、環礁外へ向かいつつあった。加えて、戦闘機隊も次々発進しつつあった。しかも、それは基地部隊のみならず、前日出港していた空母からの増援も含まれていた。
 この時トラック島上空に飛び立っていた戦闘機の総数は95機であった。
 米軍機は今度は在泊艦艇へ攻撃をしかけてきた。
 120隻の艦船は各々回避運動し、対空砲火を撃ちあげる。
 しかし、この時米軍機は軍艦へ攻撃を集中した。その結果商船の被害は沈没1、撃破3に留まった。
 そのため、戦後艦隊を環礁内に残したのは商船の被害を少なくしたと評価されている。
 一方の軍艦の方は対空砲火を撃ったものの、そうそう簡単に敵機の攻撃を止めれるはずがない。特に、環礁から出て行けなかった艦に攻撃が集中した。
 結果、軽巡那珂、鹿島が大破し、駆逐艦2隻と海防艦1隻、その他小艦艇7隻が犠牲となった。また撃破された船も21隻に上った。
 対する米軍は攻撃隊の内71機が撃墜され、12機が帰還後破棄された。
 この時点で、米機動部隊司令官フレッチャー少将はその損害数に驚愕し、日本側の反撃を受けない内の撤退を決めた。
 こうして、米機動部隊は不十分な戦果のまま、トラック島空襲を切り上げ、撤退にかかった。しかし、戦いは終わっていなかった。
 日本側はトラック島から五月雨式に攻撃隊を発進させていた。
 また、湾外へ退避した空母雲龍、瑞鶴、翔鶴、給油空母2隻(いずれも訓練のため寄港していた。)より計90機の攻撃隊が発進していた。
 米軍にとっての不幸はトラックから帰還する攻撃隊もバラバラに帰ってきたため、五月雨式に来る日本機と見分けがつかなかったことだ。
 結果、天山1機が輪陣形中心に突入し、空母ベニントンの艦尾に魚雷を命中させ、4軸中3軸のスクリューを破壊した。
 陸上攻撃隊の戦果はそれだけであったが、フレッチャーはベニントンに護衛の駆逐艦4隻をつけると、後を追うよう命令し先に退避してしまった。結果、ベニントンとその護衛艦は、90機の袋叩きにあい、全滅した。
 こうして、トラック島空襲は米軍に損害に対しての実りもないまま終わった。 
 この後、フレッチャーはベニントンを見捨てた事から、解任される事となる。



 おまけ
 帝国陸軍襲撃機P39
 性能は史実と同じ。

 主に日本と米国が同盟し、日本への供与機として登場。
 
 高貫布士、林先生の共著大日本帝国欧州電撃作戦などに登場。


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