トラック島空襲 中
トラックに来襲した米軍機は、まず反撃の目を積むべく飛行場への攻撃を開始しようとした。しかし、その前に停泊中の艦船から一斉に対空砲の発射が始まった。
この内、巡洋戦艦高千穂は三式弾を装填した主砲から、最新式の高射装置を持つ16門の10cm高角砲を振りかざして米軍機に挑んだ。
結果不用意に編隊を密集させていた10機のヘルダイヴァーが血祭りに上げられた。
また、この時飛行場側も反撃を開始する。
この時点で防備用火器の設置進捗状況は計画の凡そ50パーセントであったが、それでもボフォース40mm砲を模倣した三式40mm機関砲、ブローニングM2機関銃を模倣した四式12,7mm対空機関銃が少数ながら配備されていた。
これらが一斉に炎を吐き、銃弾を空に送り出す。
春島の対空陣地ではこれらの砲が6機の敵機を撃墜している。
また、戦闘機隊も低空飛行中を襲われる覚悟で次々と飛び上がる。しかし、彼らは実に勇敢に戦った。それはまさに鬼神のごとく戦ったとされている。
実はこの時トラック島にはラバウルから後退してきた歴戦のパイロット達が部隊再編成の為に集まっていた。その中には後に空軍中将になる笹井淳一大尉や、日本最大の撃墜数を誇る岩本徹三少尉など、後の歴史に名を残すパイロットたちもいた。
実際、この時飛び上がった日本戦闘機は最終的に98機と報告されている。(水上戦闘機は除く。)そして撃墜されたのは12機である。これは280機という大編隊と戦ったにしては少ない数である。しかも、そのほとんどは離陸直後の上昇中に落とされているから、パイロット達が如何に奮闘したかわかる。ちなみに、この時の撃墜数は戦闘機だけで79機とされている。
しかし、いくら新型対空砲を備え、歴戦のパイロットが奮戦しようとも、最終的に数で押し切られ、楓島の飛行場が全滅し、その他の飛行場も30パーセントから50パーセントの機能低下を余儀なくされた。だが、艦船への被害は奇跡的にほとんどなかった。
こうして、戦いの第一ラウンドは終了した。
おまけ
帝国海軍艦上攻撃機「屠龍」
全長10,6m 全幅14,9m
速力400km
武装7,7mm機銃2基 爆装800kg又は魚雷1
発動機トハ120空冷1200馬力
林譲治先生の大日本帝国航空隊戦記に登場。
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