トラック島空襲 上
1944年5月15日。
この日、太平洋のジブラルタルと呼ばれるトラック島は表向きいつもと同じ朝を迎えていた。
表向きと言うのは、根拠地隊司令部や、湾内在泊艦艇。そして駐留する基地航空隊にはただならぬ空気が張り詰めていたからだ。
実は、この前日までに、日本側の中部太平洋上の島々が相次いで米長距離爆撃機の猛烈な爆撃にあっていた。それによって、それらの島々では大きな被害が出ていた。米軍は延べにして400機近い重爆に、200機近い長距離戦闘機を動員したのだ。
この爆撃機により、これらの島々の基地機能は完全に麻痺した。
これには大きな意味がある。中部太平洋上の島々の飛行場は機能こそ小さいが、主に対潜哨戒機や偵察機の発信基地となっていたため、これら偵察網に大きな穴が開いてしまったのだ。
もしこの穴をついて米機動部隊が襲来したら一大事である。
この時、トラック環礁内には、巡洋戦艦高千穂を旗艦とした第6艦隊が投錨しており、またその他艦艇が70近く、また商船など50隻もいた。
そのため、トラック島全域に警戒警報が出され、艦艇は常時緊急出港が可能な体制がとられた。偵察機を総動員しての付近海域の索敵にかかっていた。一部の艦艇に至っては早々に訓練名目で出港して行った。
しかし、この日本側の処置は遅かった。
黎明を待って発進した偵察機がわずか30分後に米軍機の編隊見ゆと打って未帰還となった。
すでにエンジンは動いていた為、湾内の各艦艇は直ちに動いた。また基地航空隊の零戦や烈風が迎撃にあがった。
そして、偵察機の打電から25分後、米攻撃隊の一番機がトラック上空に姿を見せた。
この時点で飛び上がっていた戦闘機はおよそ60機。対し米第一波攻撃隊は実に270機であった。
まずこの60機の戦闘機が米攻撃隊を止めようと空戦に入った。
トラック島の長い一日が始まった瞬間であった。
おまけ
海上自衛隊多目的哨戒偏向翼機「海鳥」
全長12,1m 全幅13,7m 自重3,7t
速力450km 航続力800km
武装 20mmバルカン砲1基
発動機 T700-1H1−701C 1800馬力2基
かわぐちかいじ先生のジパングに登場。
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