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本土空襲開始!
 



 昭和19年新春。製鉄業が盛んな北九州工業地帯に突如空襲警報が鳴り響いた。人々は信じられない思いで次々と防空壕に逃げ込んだ。
 そして、しばらくすると今までに見たことないような大きな爆撃機が上空に現れた。
 これこそ、米軍によるB29日本本土空襲の始まりであった。
 この時期、中国国内は3つの派閥に分裂していたが、この内蒋介石率いる重慶国民党政府は連合国よりの政策をとっていた。
 日本を襲ったB29はこの蒋介石が秘密裏にアメリカに使用権を認めた成都近郊の飛行場から発進したのであった。
 この時点において、重慶政府は日本政府とは中立、汪兆銘の南京政府とは統合交渉中であった。しかし、この行為はもちろんこれらを完全に無視する事象であった。
 日本が抗議を行った翌日、重慶政府は日本と南京政府に再宣戦布告した。
 ちなみに、このB29による初空襲の結果は、出撃86機中15機が引き返し、7機が針路を間違え爆撃に失敗。のこる機の爆撃もまだ照準に不慣れであった為、ほとんどが目標の製鉄所を外れた。
 一方の日本側は対空砲と迎撃戦闘機で反撃。しかし対空砲は旧式の7,5cm砲しかなく、有効な迎撃は出来なかった。
 迎撃戦闘機隊の方はこの時点では旧式化しつつあった屠龍戦闘機15機と、配備されたばかりで排気タービンつきの雷龍12機であった。
 雷龍は機体番号キ102と呼ばれた機体で、オーストラリア製の排気タービンを装備していた。最高速力600km。武装は37mm機関砲1門、20mm機関砲2門であった。
 この雷龍は屠龍に比べ格段に高空性能が優れた機体で、この時屠龍が撃墜0、撃破3の戦果であったのに対し、雷龍は撃墜5、撃破3という戦果を挙げた。
 これには米軍も驚いている。
 これが、終戦まで続くこととなる本土防空戦の序章であった。



 おまけ
 二式双発単座艦上戦闘機
 全長10、3m 全幅11,4m 自重2612kg
 速力592km 航続力2480km
 武装 20mm機銃4基
 発動機 栄21型1130馬力2基

 川又千秋先生の翼に日の丸に登場。
 
 
 


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