中部太平洋戦線
昭和18年10月から11月にかけて、米軍はいよいよ中部太平洋方面への攻撃を激化した。しかし、米軍の侵攻も順調とはいかなかった。
オーストラリアから第3国経由で重機を得ていた日本は、その機械力をフルに使って各諸島の基地能力を大幅に強化させ、強力な航空基地を完成させていた。
米軍にとって不幸だったのは、オーストラリアが中立宣言をしたため、現地の基地使用が出来ず、さらにニューギニア方面からの侵攻が事実上不可能になってしまった事であった。これにより、侵攻ルートを限定されたのみならず。潜水艦の行動も制限を受けることとなった。
これらの要素が日本の中部太平洋方面での反撃を容易ならしめていた。
結果、わずか3ヶ月の侵攻作戦で、米軍はタラワに続いてウォッゼ、マエラップ、メジュロ環礁、ミレの占領に成功したものの、軽空母1、護衛空母2、旧式戦艦1を始めとする艦艇36隻と、兵員1万が戦死(輸送船とともに運命を共にした者含む)するという前代未聞の被害を出してしまった。
さらに、正規空母2、新鋭戦艦1、が損傷し3ヶ月の間戦列を離れる事となった。
予定では2月には日本軍の根拠地トラック泊地を空襲する予定だったのが、現状ではとても無理なこととなってしまっていた。
この後、米軍はVT信管を艦隊に支給し、約2ヶ月程日本軍を圧倒するが、日本側がスパイや独逸経由で対抗策を講じると、途端にその神通力を失うこととなる。
最終的に、米軍が昭和19年2月までに占領できたのはヤルートまでであった。
一方の日本は、昭和18年11月に新鋭の大鳳と雲龍の2隻が竣工し、戦列に加わっていた。また、旅順では高千穂級が勢ぞろいし、空母護衛艦として戦列に加わっていた。
これにともない、金剛級戦艦は2隻づつ中華民国南京政府と、大韓帝国政府に無償譲渡されている。
大和型戦艦も3,4番艦(実態は5,6番艦)が戦列に加わり、日本軍は着々と反撃の牙を磨ぎつつあった。
おまけ
帝国陸軍一式重戦車「満州」
自重55t 速力38km 航続力100km
武装71口径88mm砲
装甲最大150mm
秋月達郎先生の帝国の決断に登場。
この中の話では、昭和18年8月15日をもって大韓帝国が成立し、日本留学中であった李殿下が即位し、再び独立国となっています。
また、大和型は3,4番艦は旅順工廠建設で中止となっているため、5,6番となっています。
金剛型の譲渡は予算面での問題です。
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