旅順帰還
マレー沖海戦終了後の12月下旬、第31駆逐隊を含む第8水雷戦隊は、南遣艦隊の所属を解かれたうえで、母港である旅順の海軍工廠へ向かって航行していた。
と言っても、ただ単に旅順へ帰還することのみが任務ではなかった。
この時、第8水雷戦隊は3隻の艦艇を護衛していた。1隻は先のマレー沖海戦で鹵獲した英空母「インドミダブル」である。しかし他の2隻は、なんと仏蘭西軍艦艇であった。
重巡「コルベール」と軽巡「ラモット・ピケ」である。この2隻は、タイ海軍との交戦を前提に、仏極東艦隊に配備されていた。しかしながら、第二次大戦の勃発とその後のフランスの降伏により本国への帰還が不可能となり、虚しくサイゴン港に停泊していたのである。
今回その2隻を日本海軍は、ヴィシー政権から買い取ったのであった。ちなみに、この2隻以外にも置いてきぼりを喰っていた水雷艇や通報艦といった小型艦艇も多数購入したが、それらはタイ海軍に供与という形で引き渡されていた。
後に、南方攻略戦では多数の連合軍艦艇が日本軍に拿捕されている。蘭印スラバヤでは、蘭軽巡「トロンプ」や米軽巡「マーブルヘッド」に駆逐艦4隻(内平甲板型3隻)が。
フィリピンのキャビテ軍港では、空襲で大破していた軽巡「ボイス」と数隻の駆逐艦、砲艦が拿捕されている。後に、「トロンプ」は「揖斐」、「マーブルヘッド」は「隅田」、「ボイス」は「綾瀬」と改名されている。また、前述の仏蘭西艦も、それぞれ「鈴鹿」と「賀茂」に改名されている。
これらはこの頃巡洋艦、特に軽巡洋艦の更新が思うように進んでいなかった帝国海軍にとって、貴重な戦力となる。
12月20日、サイゴンを出航した8水戦は、南シナ海を航行していたが、この時最前列を走っていた「撫子」の水測兵が敵潜水艦を探知、戦隊司令の江戸川新一大佐は直ちに攻撃を開始した。
この潜水艦は米軍の「サーモン」であった。同艦は数日前に、日本籍の貨物船を撃沈したばかりであった。
「サーモン」に対し、撫子は新装備の対潜迫撃砲を使用した。これは陸軍が使っている迫撃砲を、海軍技術研究所の阿笠博技術大佐が対潜用に改修した物で、射程800m、3連装で、帝国海軍初の前投型対潜兵器であった。
この新兵器を、「撫子」とその後ろから追従していた「百合」が計12発発射した。この内一発が「サーモン」の至近で爆発し同艦は損傷、浮上を余儀なくされた。そして、そこへ8cm砲の集中射撃を喰らって爆沈した。
これが、31駆逐隊初の潜水艦撃沈であった。ちなみに、この戦闘に気を良くした軍上層部は、対潜迫撃砲の設置を奨励し、また連合国のヘッジホッグのライバルとなる対潜噴進砲を後に開発する事となる。
この後、艦隊は何事も無く旅順に入港している。そして、新任務を実行する事となる。
実際のコールベルは、仏本国に留まっていました。また、ボイスとマーブルヘッドは日本側に拿捕されていない事をここに記しておきます。
作中の江戸川大佐と阿笠大佐は名探偵コナンの登場人物のパロデイです。
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