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豪州封鎖作戦 下

 



 機動部隊同士の戦いが日本の一方的勝利で終わった頃、日本軍の上陸支援艦隊と、その後方の陸軍輸送船団では、エスピリット・サントより発進した米軍の基地航空隊の激しい空襲を受けていた。
 この時、上陸艦隊にはあきつ丸、にぎつ丸、ときつ丸の3隻の空母がおり、各船12機ずつの零戦を搭載していた。また、後方の輸送船団の護衛には、軽空母の大鷹、雲鷹が付き添っており、それぞれ18機ずつの零戦を搭載していた。
 米軍偵察機が飛来した時、上空にいた零戦はは15機に過ぎなかったが、攻撃隊の接近に備え、21機に増やされ、また15機が即時発進可能体制に入っていた。
 しかし、米軍は200機という大編隊でやってきた。艦隊は発進していた36機に加え、さらに7機を発進させたが、そこで時間切れとなり対空戦に入った。
 上陸艦隊の各艦、特に対空火力を強化した戦艦山城・扶桑は猛烈な弾幕を張った。また、直掩の戦闘機隊も果敢に突撃し、敵機を撃墜していった。
 しかし、敵は数に物を言わせた。まず、最初に陸軍船団護衛の平甲板型駆逐艦菫が反跳爆撃により2発の500ポンド爆弾を受け大破、後自沈処分。
 次に、同じく船団護衛の巡洋艦古鷹が実に8発の直撃弾を受け轟沈した。
 また、戦艦扶桑も1発直撃弾を受けたが、幸いこれによる被害はほとんどなかった。
 最終的に、空襲は約1時間続き、日本側は菫を含む駆逐艦3隻、巡洋艦古鷹、名取を失い、さらに7隻に大きな打撃を受けた。しかし、輸送船の被害は1隻炎上ですみ、さらに敵機を100機近く撃墜した事から、この犠牲は報われたと言えよう。
 敵機動部隊、及び基地航空隊の攻撃を跳ね除けた日本軍は、翌朝機動部隊艦載機と戦艦部隊による艦砲射撃の掩護の元、まず強襲部隊の海上機動師団が上陸、続いて2万の陸軍兵が上陸した。米軍は勇敢に反撃を続けたが、3日後ついに降伏した。
 こうして、豪州封鎖作戦は成功裏に終わった。
 翌日、中立国経由で、豪州、ニュージーランドに対し、講和交渉の打診が行われた。
 もはや、頼みにする米軍は全滅し、両国はこの提案を飲むしかなかった。
 最終的に、講和交渉は1ヵ月後にシドニーで行われ、日本軍のラバウルまでの後退を条件として、両国は講和した。
 在豪米軍は総撤退し、ここに、南方戦線は消滅した。日本軍は中部太平洋方面での米軍との対決に、全力を望めるようになったのである。
 


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