マレー沖海戦
南遣艦隊への編入直前、「撫子」級の5隻の駆逐艦は旅順根拠地隊の指揮下を離れ、軽巡「久里浜」を旗艦とする第8水雷戦隊貴下の第31駆逐隊として編入された。ちなみに久里浜は、ドイツ製の元中国海軍巡洋艦「珠海」である。この船も、旅順で大改装を受けた仲間であった。
第四水雷戦隊を含む南遣艦隊は開戦時、マレー半島に上陸する陸軍部隊とその輸送船団の援護のため出撃した。
この頃、英領シンガポールには英国海軍の誇る戦艦「プリンス・オブ・ウエールズ」を旗艦とする戦艦2空母1駆逐艦5の英東洋艦隊主力部隊がおり、南遣艦隊はこの艦隊の動向に注意していた。万が一この部隊が出撃すれば、旧式戦艦である「金剛」級しか持たぬ南遣艦隊は劣勢となることが、必至であったからだ。
そして12月11日、ついにマレー沖海戦が勃発した。この海戦は、主に航空戦が中心となった。まず、英海軍艦載機が仏印ソクトラン海軍航空隊基地を奇襲し、待機していた零戦隊に大打撃を与えた。
一方、やられた日本海軍側は躍起になって東洋艦隊を探し回った。そして12日午前、ついにこれを発見し、陸攻と零戦の連合約100機が北部仏印各地の基地を出撃した。
この海戦は、世界の海軍史上特筆するべきものとなった。まず、航空機が航行中の戦艦を撃沈した事である。もちろん、撃沈した相手はプリンス・オブ・ウエールズである。第二に、零戦の高性能を見せ付けた海戦でもあった。
この海戦では、攻撃隊の護衛役である台南空、三空の零戦24機が、艦載機ならびにマレー半島の基地から出撃した60機近い英空海軍戦闘機と交戦した。
その結果、撃墜48に対して未帰還4という驚異的な記録を打ち立てた。ただし、その奮戦にもかかわらず、陸攻に多大な出血を強いた。これは後に、陸攻の防弾強化へとつながる。
さて、その一大海戦の最後に、「撫子」級は大活躍することになった。「撫子」級を中心とする第8水雷戦隊は、開戦の日は船団護衛につき、見事輸送船「淡路山丸」に殺到する敵機との交戦で同船を守りきり、逆にその対空火器をもって7機の英軍機を撃墜した。
その船団護衛任務終了後は、南遣艦隊の前衛として英艦隊捜索の任に就いていた。海戦開始後はいち早く残敵掃討のため現場海域へと向かった。
そして海戦当日の夕方、ついに英艦隊と接触した。この時の英艦隊は大破戦闘不能の巡洋戦艦「レパルス」甲板が大破した空母「インドミダブル」それらを守る駆逐艦「テネドス」と「エレクトラ」であった。
両艦隊は直に砲撃戦となった。しかし、戦闘可能艦が5対2ではお話にならず、早々に駆逐艦2隻は撃沈された。また、残る2隻も機関砲や対空砲で撃ち返したが、最終的に「レパルス」は魚雷3本を喰らい撃沈。「インドミダブル」も1本喰らって航行不能となったところを包囲され、降伏した。
こうして、マレー沖海戦は日本の大勝利で終わった。そして、捕獲された「インドミダブル」は、後に帝国海軍航空母艦「剛龍」となる。
駆逐戦隊の番号などは適当です。あまり言及しないで下さい。また、インドミダブル鹵獲は、角川文庫の翼に日の丸がもとネタです。
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