第三次ソロモン海戦 上
1942年10月、風雲急を告げる南太平洋戦線。日本側は開戦以来戦術的勝利を収めて来たが、この時期になると、国力の違いが見え始めていた。特に、熟練パイロットの消耗が激しくなりつつあった。
日本は、対米参戦をにらみ、昭和15年頃から、海軍予科練、陸軍飛行学校を増設し、それらの定員を増やしていた。また、事実上保護国の満州国の空軍を強化し、満州方面での航空戦力の肩代わりを画策していた。開戦後には、良質な燃料が豊富な南方に訓練飛行隊を派遣するなどの策も取っていた。しかし、米英相手の戦争を行っている状況では、それでも不足であった。
そんな中で、日本としてはガダルカナルで戦力、特に航空戦力を消耗するのはマズイ事態であった。既に、メキシコ経由でアメリカ海軍が空母、戦艦の量産を行っているのを察知していたので、日本としてはその米軍の整備が始まる前に戦力を大きく消耗するのは死活問題であった。
そこで、立案されたのが、戦力集中を持って、短期間にガダルカナルからエスピリットサントを攻略する作戦であった。
この時点において、日本海軍は第一機動部隊の6空母、その他軽空母や改装空母4隻、戦艦8隻が動員可能であった。これは、この時点においての米太平洋艦隊の総力を上回っていた。
作戦第一段階はガダルカナルへ占領であった。
これには、海上機動旅団と上陸支援艦隊が充当されることとなった。しかし、米軍がガ島方面へ戦艦を配備したことから、連合艦隊は戦艦長門・陸奥の第二戦隊を投入する事となった。
ガ島総攻撃の日は10月15日と定められ、ソロモン諸島の各航空基地に航空戦力が集められた。
そして、10月12日、第二戦隊と第二航空戦隊で編成された第3艦隊が出撃した。司令長官は山口多聞中将である。
一方、米軍は頻繁に変更されるようになった日本の暗号に翻弄されながら、長距離偵察でおうやく日本の狙いがガダルカナルと突き止め、戦艦ノース・カロライナ、ワシントン、そして真珠湾の傷いえたウエスト・バージニアも加わった艦隊が、常駐された部隊への増援として派遣された。ただ、空母は残存するのがエンタープライズとワスプのみのためいない。
この2艦隊が、ぶつかろうしていた。後に、第3次ソロモン海戦と呼ばれる海戦の始まりであった。
短編として、幻艦記の世界観での満州空軍の飛行を書いた満州的天空軍を書きました。そちらもお願いします。
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