海上機動旅団 下
海上機動旅団は、陸軍の島嶼戦においての上陸戦専門部隊として創設された。
部隊は当初、陸軍のみで編成されるはずだった。しかし、上陸戦において海軍との連携を密にする必要になってきたため、陸海軍の合同部隊となった。これは、上陸支援の艦砲射撃の弾着観測や、航空攻撃の直接支援要請を行うためには必要不可欠なことであった。
また、合同創設のもう一つの理由として、海軍陸戦隊には島嶼戦の経験があったのも大きな理由であった。
開戦直後に行われたウエーク島上陸戦において、海軍は多くの貴重な戦訓を学んでいた。
航空機、ひいては制空権獲得の必要性。上陸時の沿岸砲台の脅威。上陸直前の大規模な艦砲射撃の必要性等であった。
昭和17年2月時点において、海上機動旅団は2個旅団であった。満州から抽出した陸軍の歩兵と、ウエーク島から帰った海軍陸戦隊員から編成された。
訓練においては、大発を使っての上陸訓練や、敵魚雷艇の接近を想定しての水上戦闘訓練、さらには陸戦隊員自身による妨害物を突破する大発の操艇訓練も行われた。海上機動旅団では、大発の乗員の代わりになれるよう、隊員には最低限の操艇技術が求められた。もちろん、陸上戦闘訓練も忘れてはいない。迅速に動き、水際のトーチかを素早く沈黙させる事が望まれた。
訓練開始当初は、英語や独自の用語を多用する海軍と陸軍の隊員の折り合いが悪かったが、こうした問題は時間によって解決された。
戦車は当初、陸海共用の九五式軽戦車が用いられたが、その後二式水陸両用戦車や、四式水陸両用戦車も使われている。これらは潜水艦からの発進可能の機材も有り、大戦末期には泊地への奇襲雷撃や、後方撹乱に用いられたりもした。
初陣となったのはセイロン島上陸戦であったが、この時は有力な敵がなく、たいした活躍はしていない。
初めて活躍の機会を得たのは、昭和17年8月の米軍のガダルカナル島上陸時であった。
海上機動旅団は、航空機と艦隊の支援を受けて、揚陸輸送艦と、戦車を用いての強襲上陸戦において、見事短期間にガ島を占領している。
その後、エスピリットサント強襲作戦や、樺太救援作戦など、彼らの活躍は枚挙にいとまがない。後に彼らが発展し、帝国海兵隊になることとなる。
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