セイロン侵攻
昭和17年6月、米太平洋艦隊は日本側の暗号を解読し、次の日本艦隊の目標がミッドウエーであることを突き止めた。また、それに平行してアリューシャンへの陽動攻撃を行うことも見抜いた。
そこで、米海軍はただちに空母3隻を中心とする機動部隊を日本艦隊の迎撃に向かわせた。
6月4日、情報どおり、日本の攻撃隊がアリューシャン列島のダッチハーバーを襲った。日本側は約60機規模の攻撃隊が一回の空襲を行った。
その結果、港内に停泊していた貨物船1、潜水艦1が沈没。被撃墜と地上で破壊された航空機の損害30であった。対し、日本側の未帰還は9機であった。
ちなみに、この時危うく1機の零戦が敵地に不時着しそうになったが、幸い海上まで飛行し、待機していた潜水艦のそばに着水できた。
そして、ミッドウエー沖に進出した米機動部隊は日本艦隊を待ち構えた。
しかし、待てど暮らせど日本艦隊はやってこなかった。そして5日になって、驚愕の報告が彼らの元にもたらせた。それは、日本機動艦隊が遠くインド洋のセイロン島に再空襲を行いそして上陸占領したという報告であった。
珊瑚海海戦後、日本は次期侵攻作戦をミッドウエーにするか、インド方面にするかで紛糾した。しかし連合艦隊に既に山本五十六は無く、結局占領後の補給等を考慮し、セイロン島への侵攻が決定した。ちなみに、作戦の成功率を高くするため、小規模な機動部隊によるアリューシャンへの陽動攻撃も決定した。
セイロン島は、現スリランカのことで、この当時は英国の占領地であり、シンガポール陥落後は英東洋艦隊の拠点であった。また、もしこの島を占領すれば、援蒋ルートの完全撃滅が可能であった。
1942年6月時点で、既に英東洋艦隊はそのほとんどの艦艇を戦没するか、地中海に引き抜かれるかで失っており、残っているのは旧式の巡洋艦や駆逐艦にスループだけであった。また、セイロンの航空戦力も60機のハリケーンを除けば後は旧式機ばかりであった。また、陸上戦力も相次ぐ引き抜きで、最低限度の戦力しか残っていなかった。
そこへ、空母9、戦艦6を中心とする艦隊に援護された帝国陸軍海上機動旅団が、空襲後に上陸したのだ。勝てる筈が無かった。
結局、トリンコマリーの魚雷艇隊が奮戦し、駆逐艦1を沈めたのが英軍があげた唯一の戦果らしい物で、セイロン島は1日で陥落した。
この戦いにおいて初陣を飾ったのが、前述した海上機動旅団であるが、それはいかなる物かは、次話において語らせていただこう。
セイロン侵攻は、実業之日本社刊の覇道の海戦が元ネタです。
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