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日本軍補給事情 後編

 南京事件に対し、昭和天皇は厳しく軍首脳を追及した。当初軍部は返答をごまかしていたが、しかし欧米の新聞が写真付きの記事を出してしまい、それが巡り巡って日本国内でも出回ると、もはや隠しようのないものになってしまった。

 結局、その後陸軍は中国戦線において一部兵士の蛮行を認めざるを得なかった。また、海軍も爆撃の際に起きた民間施設などへの誤爆を認めた。

 それでもその過程において殺された一般市民の数は五千人とかなり控えめに発表された。しかし、それでも数に関係なく、皇軍が蛮行に及んでいた事実は国内に大きなショックをもたらした。特にそれまで郡のやることは正しいと信じていた一般国民に与えた衝撃は並大抵ものではなかった。

 各地で軍上層部を批判する声が起きた。

「軍は陛下から陛下の赤子たる兵を預けられているにも関わらず、このような蛮行を許したのは国の恥である!!」

「真実を隠し、国民や陛下を欺こうとした軍首脳は即刻辞職すべし!!」

「辞職では手ぬるい!腹を切るべし!」

 このような論調が飛び交い、結局時の陸軍大臣は辞職を強制された。

 さらに、昭和天皇は事件に関わった全ての師団の師団長や支那派遣軍の司令部、本土の参謀本部の責任をも追及した。

 結果派遣軍の司令官であった松井中将や参謀本部の武藤大佐ら、多数の高級将校が予備役編入となった。その他にも減給や訓告処分者が相当数出た。

 また、事件再発防止のための研究委員会も陸海軍内に作られた。

 研究委員会は事件の原因を多数発表したが、この中で特に(天皇の)注目を集めたのが、補給の問題であった。この結果、帝国陸軍では輜重連隊の大幅な強化が決定された。トラックや牽引車両の増強や携帯食料の開発等がそれである。これらは、それまでの軍の根本を変える物であった。

 輜重、つまり補給部隊の扱いは軍の内部では極端に低いものであった。それを象徴する歌まであったほどだ。その輜重部隊の扱い格上げは戦闘部隊の兵の自尊心を傷つける物であった。しかし、陛下からの勅命とあっては、兵士達も受け入れざる得なかった。

 また、民生面へも影響を残した。これによって食料の増産が叫ばれ、農村では新種の農作物や肥料の開発が促進され、一部では初歩的ながら機械化も行われた。これによって、生産能力は大きく向上した。

 後の太平洋戦争において、日本が曲がりなりにもアメリカとの停戦に持ち込めるほど戦えたのは、この時の補給体制の改善に他ならないと言えた。
 


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