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日本軍補給事情 前編
  昭和12年に始まった日中戦争。そのさなかに起きた南京事件(南京での虐殺と前後する日本軍の国際法違反の行為の総称)は、日本の歴史上計り知れない汚点であった。これが起きてしまった理由は諸説ある。
 
 兵の士気不足、上官の監督怠慢、戦友を殺された事への復讐心から来る兵士の規律の荒廃等があげられるが、その中でも特に注目すべきは陸軍の補給能力の欠如であった。

 日清戦争以来、日本陸軍は補給を全く無視していたとは言えないまでも、軽視していた。

 海軍ならば、軍艦という大量の燃料で動くデリケートな武器と常に過ごす上で、補給の重要性はある程度わかっていた。

 しかし、陸軍は日清戦争以来の現地における自活という悪習(主に食料)をこの時点においても払拭できなかったのだ。そしてそれが略奪、ひいては民衆の大量虐殺という事態に至ってしまった。

 本当なら、この事は虐殺と共に、闇から闇へ葬られる所であった。しかし、運命はどこで変わるかわからない。

 南京事件発生時、南京には未だ留まっている外国人も多くいた。そして、事件が起きたのは南京占領翌日であった。

 なんと、日本側の誤射でアメリカ人記者が死亡する事態が起きたのだ。しかも、悪い事にその時アメリカ人貴社は団体で行動していたため、彼を含めて死者5人、負傷者6人という数になってしまった。

 この事態に、これまでに砲艦への誤爆や、大使館すれすれの爆撃など、少なくない被害を負っていたアメリカはついに切れた。

 中国日本大使館へ赴いた在中米国駐在員、東京の駐日米国大使がそれぞれこの事態に対する謝罪と賠償を日本政府に求めた。

 さらに、英、仏もこのアメリカの行動を支持した。そして、この時この三国は揃って中国での日本軍の国際法違反の行動を非難する声明をも公式に発表した。さらに、日本の新聞社へも声明を送りつけた。しかも、送りつけたのは記事締め切りギリギリの時間で、大使が声明を手渡すよりも前であった。

 これに気づいた日本側はただちに特高を使っての新聞の発行差し押さえをはかったが、既に相当量が出回った後であった。(後に、一部の政治家が差し押さえの運動に対して妨害を図ったとしたとされている。)

 この時に至り、国民は一部ではあったが、軍が中国で犯した罪を知るようになった。ただ、一部の国民が知ったところで、軍への批判はそうそう起きない時代であった。し

 かし、それが国中となると話は別である。そしてもっとも大きかったのは昭和天皇の耳に入ったことだった。昭和天皇はすぐに軍の重臣を呼びつけると、事実確認を行ったのであった。
 
 
参考文献 南京事件 岩波書店


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