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珊瑚海海戦 前編
 
 開戦から快進撃を続ける日本軍は、昭和17年6月ついに南方資源地帯を完全に押さえ、当初の戦争目的を達成した。

 しかし、連合軍との停戦交渉は未だ始まっておらず、それどころか戦線の拡大を図る派閥が軍中央を占めていた。

 だが早期停戦派の米内大将や、開戦反対派であった永田大将を中心とする新内閣は、戦線の整理を考えていた。そんな中で、裁可されたのがポートモレスビー攻略作戦、通称MO作戦であった。

 ポートモレスビーはニューギニア島の連合軍の拠点で、ここを飛び立った攻撃隊が常に日本側が占領したニューブリテン島のラバウルや、ニューギニア東岸のラエを始めとする拠点を脅かしていた。

 もしポートモレスビーを攻略すれば、日本は目の上のたんこぶを除去するだけでなく、米豪遮断を進められるメリットがあった。また、援奨ルートの一つを遮断することもできるという、一石三鳥な効果が期待できた。

 昭和17年5月、作戦は発動され各艦隊はトラックやラバウルを出撃した。

 艦隊は3つに別れ、一つは米・豪艦隊出撃に備えてトラックを出撃した、攻略部隊を支援する角田少将指揮の機動艦隊。第5航空戦隊の「瑞鶴」、「翔鶴」に第一航空戦隊から分派された加賀が加えられていた。

 2つ目の部隊である梶岡少将指揮の攻略部隊は、後述する護衛部隊と共にラバウルを出撃した。上陸支援の重巡「青葉」、「衣笠」、「加古」、「古鷹」の4隻に、軽巡3、旧式駆逐艦「睦月」型8隻から編成されていた。

 3つ目の部隊は、榊原少将指揮の護衛部隊で、輸送船団護衛の空母「瑞鳳」、「祥鳳」、軽巡「八十島」、「五百島」と平甲板型駆逐艦8隻からなる部隊であった。

 榊原少将は角田少将と同期であり、今回唯一の海上護衛艦隊よりの参加であった。性格は温和で、角田少将のような闘志は持ち合わせていなかったが、護衛部隊の指揮官らしいその忍耐強さには定評があった。

 軽巡「八十島」、「五百島」の2隻は元中国海軍巡洋艦で、改装と乗員の習熟が終わって今回が初出撃の艦であった。

 空母「瑞鳳」は連合艦隊所属の艦のため、今回参加の予定は当初なかったが、榊原少将が「祥鳳」の練度不足と航空戦力の不足を理由に挙げて出撃を要請し、今回臨時に編成に組み込まれた船であった。

 一方、迎え撃つ米軍も日本の暗号を解読してこれらの部隊が動くのを見越して空母「レキシントン」、「ヨークタウン」を中心とする機動部隊を送った。さらに、米豪連合の巡洋艦隊も出撃させた。

 今、珊瑚海にて決戦が起ころうとしていた。
 軽巡八十島級・・・元中国海軍ニンハイ級。旅順海軍工廠で大改装。船体の延長や武装の交換を行った。

 速力25ノット、武装12,7cm高角砲8門、25mm機銃12挺

 海上護衛艦隊・・・開戦当初に陸軍輸送船や海軍艦艇が米潜水艦の攻撃による被害を受けたので創設された。



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