獅子の勲章
速水厚志は、人気の無いハンガーに足を踏み入れ小首を傾げた。
19:00時、この時間ならば整備員達が忙しく働いている時間なのだが、今日は誰もいない。
とりあえず、搭乗機である士魂号複座型に歩み寄る。コックピットから機体情報を引き出すと整備は万全だった。昨日の戦闘で少なからず損傷を受けていたのだが、細かい調整に至るまで終わっていた。このまま戦場に出ても100%の性能を発揮するだろう。
「すごいな、これは…」
思わず言葉が漏れた。整備員達は恐らく徹夜だったはずだ。そのことを思えば頭が下がる。
コックピットから這い出すと、山積みにされた資材の陰に人影が見えた気がした。
「?」
人影に近づくと、資材の山にもたれるようにして、複座型の整備員、森精華が寝息を立てていた。
その無防備な姿に、苦笑を浮かべる速水。
「森さん。起きて、こんな所で寝てちゃ、風邪引いちゃうよ」
肩をゆすると森が目を覚ました。まだ寝ぼけた目で速水を見つめる。たっぷり十秒ほどそうして、森の瞳が驚きに見開かれる。
「は、速水君!」
「風邪、ひいちゃうよ」
速水は、いつもと変わらない、ぽややんとした笑顔を浮かべた。
「ご、ごめんなさい。私」
「謝ってもらうことはされてないよ。それに、謝るのは僕のほうだよ。ごめん。そして、ありがとう」
突然のことに森がうろたえた。
「え、え、私…」
「食べる?」
速水が、ポケットから布に包まれたクッキーを差し出す。
「あ、ありがとう」
そう言って、ひとつつまむ。合成甘味料が主流の現在だが、そのクッキーは本物の砂糖の味がした。
「ほら、最近僕等、士魂号壊してくること多いから…戦局も悪化して補給もままならないのに、いつも100%の整備をしてくれている。ありがとう、感謝している」
「あ、いえ、その…その言葉を聞いたら、皆喜びます」
「ところで、みんな何処にいったの?」
「イ号作戦…いえ、聞かなかったことにして下さい」
森の表情からすると、聞かれても答えられない事柄らしい。
「それじゃ、本題。今度の日曜日あいてる?」
「え、あ、はい。あいています」
「瀬戸口君からプールチケットを貰ったのだけど、一緒にいかない?」
「わ、私ですか?」
「ここには、僕と森さんしかいないと思うのだけど」
にっこりと速水は笑った。
「本当に、私でいいんですか?」
「おかしなことを聞くんだね。僕は、森さんと一緒に行きたいと思っているんだけど…ダメかな?」
森がフルフルと首を横に振る。
「はい、決まり。それじゃ日曜日に校門前に9時でどうかな?」
コクンと頷く森。
「それじゃ、楽しみにしているね」
そう言って、森にクッキーを包んだ布を握らせ、速水がハンガーから出て行く。
後に残された森は、朱が差した頬をつねってみた。痛い。どうやら、夢ではないらしい。
「速水君とデート……」
森の顔が更に真っ赤に染まった。
熊本城攻防戦、後にそう呼ばれる戦いの中に5121小隊もいた。
「3番機来るわよ。準備して」
原の声に整備員達がキリキリと動き回る。
「補給お願いします」
速水の声が、ヘッドセットから聞こえた。もう何度目の補給になるだろうか。今日だけで100以上の幻獣を狩っている。
「差し入れです」
速水と舞は、森からサンドイッチと水を受け取る。
「大丈夫ですか?」
森の問いに速水が笑いながら答える。
「少し、きついかな」
しかし、森から見て速水は体力の限界を過ぎ、気力だけで戦っているように見える。
サンドイッチを水で無理矢理胃に流し込む姿が痛々しい。
「森さん、約束覚えている?」
「こんな時に何を…」
「こんな時だからだよ」
「うん…」
赤くなった森を見て、速水は微笑んだ。
「そんなことより、ちゃんと帰ってきてください。私たちは、パイロットが必ず帰ってくると信じているから、送り出せるんです」
「……帰ってきたら、キスしていい?」
「…な、な…なったらこと言うですかっ」
「あら、いいじゃない。約束してあげたら」
原が会話に割り込んできた。
「先輩……」
「それで、速水君が無事帰ってくるのなら安いものよ」
そう言って森を見る原と速水。
「もう、わかったわよ。でも、ちゃんと帰ってくるんだからね。怪我も、ダメだからね」
「了解!」
ハッチが閉じる。
「3番機、準備よろし!」
原の報告の後、善行から通信が入った。
「再出撃を許可します」
「了解!3番機、これより戦列に復帰します」
13:27時、3番機は4度目の補給を終えた。
「作戦本部からの通達。14:00時を持って、熊本城を放棄します。退却してください」
善行からの通信が入る。
「足の遅い戦車随伴歩兵では、退却は無理です」
速水は周りで共に戦っている、戦車随伴歩兵達を見る。今、撤退を試みても背後から狙い撃ちされるだけだ。
「彼らにも、撤退命令は出ています」
「しかし、司令…」
「我らが、10分敵を足止めする。その間に撤退するがよい」
舞が、3番機の拡声器に向かい叫ぶ。
「芝村さん…ありがとう」
「礼は不要だ。行くぞ」
たった一機のガンパレードが始まった。
ミノタウロスの生態ミサイルの直撃を受け3番機が膝をつく。
「ここまでだな…厚志、味方は安全圏まで撤退できたようだ」
既に、周りを幻獣に包囲されている。このままでは脱出も不可能だ。
「今度は、芝村さんの番だね」
「何を言っている?」
「君なら、平和な時代を作れると思うんだ…」
緊急脱出用の炸薬で、ナビゲートシートのハッチが吹き飛ぶ。
「ごめん。僕が時間を稼ぐ」
「やめろ! うつけもーー」
言い終わる前に舞がシートごと射出された。その後を追おうとした幻獣が3番機の超硬度大太刀により両断される。
「お前達の相手は、僕だ!」
「3番機に直撃、反応速度低下。神経接続切れます。3番機沈黙」
3番機の周りは小、中型の幻獣によって十重二十重に包囲され、今から救出を送っても間に合わない。
「速水百翼長。1番機と2番機を救出に回します。それまで…」
「駄目です!司令」
速水が、善行の言葉を遮る。
「今、救援を回しても全滅します。…回線、私用に使ってもいいですか?」
「………」
速水は、善行の沈黙を是と受け取った。
「森さん。聞こえている?ごめん。…約束、守れそうにない。……本当にごめん……」
そこで通信が途絶えた、聞こえてくるのはノイズ音だけ。
「通信途絶。3番機大破。…パイロット戦死…」
瀬戸口の声が指揮車内に響いた。
「撤退します。急いで下さい。ここにも、すぐ敵がきます。」
「嫌!放して!私…私…」
今にも前線へ走り出そうとする森を、原と茜が押さえ込む。
「義姉さんが行って、どうなるというんだ。速水は、義姉さんが死んでも喜ばないぞ」
「そうよ。彼が何の為に戦ったのか考えなさい。引くわよ」
原と茜が、森を補給車に押し込む。
「待って…私…まだ何も言っていないの……何も伝えていない……何も…何も…」
「義姉さん…」
「速水君が、プールに誘ってくれた時も…キスしていい?と言ってくれた時…本当に嬉しかった……でも…私は何も伝えられなかった……ありがとうとも…好きですとも…何も……」
ハンガーの中に士魂号が2体と士翼号が並んでいる。
芝村舞は、早朝のハンガーに足を踏み入れた。速水厚志が戦死して3日が経っていた。
複座型の士魂号を陳情したが、補給線をズタズタにされた今、届くかどうかもあやしい。そんな時に速水が陳情した士翼号が届いた。まだ組み立てられただけなので調整を行わなければならない。
舞は、今日の授業をサボって仕上げようと考えていたのだが先客がいた。
「森か……」
士翼号のコックピットには整備員の森が、寝息を立てていた。
舞は、森を起こさぬように、そっと士翼号の状況をモニターに映し出す。
結果から言うと士翼号は完璧に仕上げられていた。後は、パイロットである舞が自分にあった調整を行なうだけだ。30分もかからない。
「う、うん。速水君」
「すまぬ。私だ。起こしたか」
「芝村さん!ご、ごめんなさい!私寝ぼけたみたいで…」
「かまわぬ。疲れていたのだろう。士翼号を見ればわかる。感謝を…」
森が首を横に振る。
「感謝だなんて…今は、やることがある方が、楽だから……」
「そうか。だがこんな所で眠らぬ方がいいぞ。風邪を引く」
森が小さく笑った。
「速水君にも、同じこと言われた」
森に、舞が封筒を渡した。森が封筒の中を見る。
「…傷ついた獅子章……」
「速水には身内がいなかったからな。そなたが持っているほうが、よいであろう」
森の目から涙がこぼれ落ちた。
「芝村さん。私ね、速水君に何も伝えられなかったことは後悔しているけど、速水君を好きになったことは後悔していない」
「いや。速水はそなたの気持ちに気づいていたと思うぞ。そなたの行動を見ていればな…」
「ありがとう…芝村さん」
森に礼を言われ舞の頬が赤くなる。
「礼など不要だ。機体の微調整をする。手伝え」
「ええ、わかりました。せっかくの機体ですから壊さないで下さい」
速水君、私は最後まで生き抜きます。あなたが願った平和な世界を見るために……
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