絢爛舞踏 迷い 壬生屋×瀬戸口
降りしきる雨が、まるで煙幕のようにあたりを包む。接近戦を得意とする壬生屋にとっては救いの雨になる。
キメラのレーザーが直撃するが、雨のせいで威力の落ちた攻撃では装甲表面にわずかな傷を残すだけだ。
目の前に現れたミノタウロスのパンチをかいくぐり両断する。敵の動きがはっきりと見える。
ピッと意識の隅で電子音が鳴るのが聞こえた。それを無視して更に一振りで、キメラと隣接していたゴブリンを切り伏せる。ピッピッと続けて電子音が鳴る。
「壬生屋ちゃーん。調子良さそうじゃないか」
オペレーターの瀬戸口からの通信が入る。軽い瀬戸口の声に腹が立った。
「今は、戦闘中です。必要なことだけ報告してください」
「わかった。滝川が包囲されてしまった。援護してやってくれ。3時の方向300mだ」
「了解」
短く言うと士魂号を走らせた。
壬生屋の一号機がゴブリンを蹴り飛ばし、左右の手に持った超硬度大太刀でキメラやゴルゴーンを両断していく、幻獣が霧散するたびに、ピッと電子音が鳴る。
一号機が、ミノタウロスに斬りかかる。壬生屋の視界の端にカウンターが見える。数字は299。
一号機の太刀先が鈍り、そしてミノタウロスはその隙を逃さなかった。至近距離で生体ミサイルが発射される。壬生屋は後悔する間もなく、シェイカーに放り込まれたような衝撃を受けた。
「壬生屋機、大破。パイロットの生死不明」
瀬戸口の声が、指揮車内に響く。しかし、間髪いれずに滝川からの通信が入った。
「こちら滝川。壬生屋さんの脱出を確認。回収した後、補給車までさがる」
「了解。敵も撤退を始めた。気をつけて戻れ」
この日の戦闘は人類の勝利で終わった。しかし、雨はまだやみそうにない。
「先輩。一号機はもう駄目ですね」
森に呼ばれた原は、不機嫌そうだ。
「しかたないわね。明日、新型機が届くわ。それを、一号機に回しましょう」
「いいのですか。あれは使わないと……」
「今から陳情したのでは、いつ届くことか。それに士魂では役不足ね。皆が生き残る為に、壬生屋さんには士翼号に乗ってもらいましょう」
森が言いにくそうに口を開く。
「絢爛舞踏…… ですか。あと、ひとつで……」
「そうね」
ハンガーの中には、雨が屋根を叩く音だけが響いていた。
隊長室裏、木の下に壬生屋が傘もささずにたたずんでいた。胴着が張り付く感覚は気持ち悪かったが、その冷たさは心地よかった。
愛用の日本刀に手をかけ構え、目を瞑る。ゆっくりと深呼吸して…… 一閃。
雨の雫が銀色の光を残し、飛散する。
ゆっくりと日本刀を鞘に収めた壬生屋に、傘が差し出された。
「何やってんだ、あんたは。体調管理もパイロットの仕事の内だと思うが……」
瀬戸口が、あきれたような顔で立っていた。
「…………」
「恋人の、俺にも言えない事か?」
「あなたは、絢爛舞踏をどう思いますか」
しばらくの沈黙。瀬戸口にはびしょぬれの壬生屋が泣いているように見えた。
「それで、剣先が鈍って、士魂を大破させたのか…… あんたがすぐに怒ったり、俺をグーで殴ったりするのは、今さら変わらんだろう。それと同じだ。あんたが変わらん限り化物には、ならないだろうさ」
壬生屋は俯いたままだ。
「それで、どうしようもなくなった時は俺が殺してやるよ。少しは自分が好きになった男の言う事を、信じたらどうだ」
壬生屋が、瀬戸口の胸に飛び込む。
「ごめんなさい。服を濡らしてしまって、でも、でも、少しこのままでいさせてください」
瀬戸口が壬生屋の瞳からこぼれた涙を、指で拭ってやる。
「大丈夫だ。俺がついている」
整備員詰所にベッドの上に壬生屋と瀬戸口の姿があった。
壬生屋は瀬戸口の腕を枕にして、小さな寝息を立てている。
瀬戸口は、乾かす為にぶら下げられた、壬生屋の胴着と自分の制服を眺めながら、物思いに耽っていた。
初めの頃は壬生屋を見るたびに、イラついたものだ。余りにもあの人に似ていたからだ。幻獣を狩る姿はまさに瓜二つ。
その壬生屋が絢爛舞踏まであとひとつ。いや、人の定めた絢爛舞踏章など意味はない。今の壬生屋の能力は絢爛舞踏そのものだ。300狩らなくても、精霊達も絢爛舞踏と認めるだろう。
壬生屋を守るため、この先は、鬼の力も使わねばならなくなる。
「やれやれ、俺は人でいたいのだがなぁ」
「瀬戸口くん……」
「ん、起きたか」
寝ぼけた瞳で、瀬戸口を見つめる。しばらく見つめた後、自分の姿に気がついたのか、顔を真っ赤にして毛布の中に隠れる。
「せ、せ、瀬戸口君」
瀬戸口が毛布ごと、壬生屋を抱きしめた。壬生屋の顔はこれ以上ないほど真っ赤だ。
「はは、かわいいやつだな。いつもこうだと俺も楽なんだがなぁ」
「な、何、言っているんですか。放してください。誰かが来たらどうする気ですか」
「大丈夫だ。あと2時間は誰もこないさ。整備士達も徹夜だろう」
「でも…… でも、ダメです」
壬生屋が瀬戸口を、思いっきり突き飛ばす。不意をつかれた瀬戸口はベッドから転げ落ちて動かなくなる。どうやら、打ち所が悪かったらしい。
「せ、瀬戸口君?」
壬生屋の呼びかけにも返事は無い。壬生屋が覗き込むと瀬戸口が白目をむいて倒れていた。
指揮車で瀬戸口が、次々と機器を立ち上げていく。
「ふぇぇぇ、たかちゃんどうしたんですか?」
額に、包帯を巻いている瀬戸口に、ののみが訊ねる。
「いや、ベッドから落ちただけだから」
「整備員詰所でね」
メガネをかけながら、善行が言う。
「司令。何処まで知っている?」
瀬戸口の顔が怖い。
「我々、奥様戦隊善行の情報収集能力を、甘く見てはいけません。あなたが壬生屋さんに突き飛ばされて、ベッドから落ちて白目を剥いたなんてことは、調査済みです」
「司令。戦闘が終わったら顔を貸してくれないか」
「どうするつもりです」
善行が、不敵な笑みを浮かべる。
「忘れるまで殴る」
「何をやっているか。たわけども。敵が来た。前衛接触まで180秒」
芝村舞からの通信が入る。
「了解なのよ」
ののみが返事をする
「壬生屋ちゃーん、新型の調子はどうだ」
「士魂より、乗りやすいです。大丈夫やれます」
「そうか。無理はするな」
「しれー、せっしょくまで60秒」
ののみが報告する。
「瀬戸口君。昨日、言った事、覚えていますか」
「ああ、覚えているが、どうかしたか」
「いえ、何でもありません。確認しただけです」
しばらくして。
「前衛部隊、敵と接触」
善行が立ち上がり命令を下す。
「全軍突撃。士魂で敵、左翼部隊に楔を打ち込みます」
命令と同時に、壬生屋の士翼号が駆ける。敵陣形に飛び込み、次々と穴をあけていく。その姿は、まさに死を呼ぶ舞踏。
幻獣を狩る士翼号を、瀬戸口は美しいと思った。
『人型戦車その優位性の研究』より抜粋。
1999年5月、人類は幻獣に対して勝利を収める。
この戦争において、人型戦車を有する5121小隊は3人の絢爛舞踏章の授章者を出し、戦死0と言う記録を残す。
民間の記録に、竜を倒したという報告と、もう1つ、『破邪』のパーソナルマークをつけた機体は3000以上の幻獣を狩り、その横には鬼の姿があったと言う報告がある。が両方とも噂の域を出ない。そして5121小隊の隊員たちは、この2つの事柄について口を開くことはなかったという。
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