貴方の傍に(絢爛舞踏、舞サイド)
昼休み、中村、滝川、新井木、壬生屋の四人が、一組の教室で弁当を広げていた。
教室の奥のほうでは、瀬戸口とののみが仲良さげに弁当を食べていて、壬生屋がちらちらと視線を送るのもいつものことだ。いつもとちがうのは、芝村舞が自分の席に座りなにやら難しい本を読んでいる事だ。机の上には手をつけていない弁当が置かれている。いつもなら恋人の速水厚志と一緒のはずだが、速水の姿は見えない。たしか午前の授業は、受けていたはずだ。
「まさか、ウチから化物が出るとは思わんかったたい」
中村が、メシを口に詰め込みながら言う。
「私でも、あの方の正面に立つのは、怖いですから、他の人はなおさらではありませんか」
「あ、みぶちんも…なんだか、心臓を、鷲掴みされているみたいだよね」
「俺なんか、撃墜数三十四だぜ、もう、三百二十超えているもんな、あいつ」
「滝川が、普通たい。あのスコアは異常。こんな短期間では、人間には無理ばい」
自然に、一昨日の戦闘で撃墜三百を超え。昨日、絢爛舞踏を受章した速水の話になる。
ここ一ヶ月、一緒に戦った戦友であり友人でもあるが、怖いものは怖かった。
それが、自分一人じゃないことに気がついたせいか、この話題を止めることができなかった。
「今朝、厚志くんにぶつかったときは、本当に怖かったんだから、いつものように笑っていたけど…」
バン!
舞が、読んでいた本を、机に叩きつけた。教室内にいた者ばかりか、廊下を歩いていた者も、何事かと舞に視線を向ける。
「そなたら、よくそのような事が言えるな。壬生屋、滝川、敵に囲まれて孤立したのを、何度、厚志に助けられた。新井木、中村、補給車がキメラの集中砲火を受けたとき、そなたらの盾となり怪我までしたのは誰だ。やつは… 厚志は… ただ臆病な人間だ。自分が好きな人間に死んで欲しくなかったから、強くなるしかなかった。誰かが死ぬのが怖かったから、皆を守るために人を捨てた。確かに、厚志が勝手にやったことかもしれぬ。でもそんな厚志に頼らなかったか、窮地に陥った時、厚志がどうにかしてくれると思わなかったか。厚志を化物にしたのは、我々だ」
「舞ちゃん……」
いつのまにか、ののみが舞の制服の袖を、引っ張っていた。
「ののみ…… 許すがいい。熱くなりすぎた。思想、言論を統一するなと厚志に言ったのは私だったな」
そう言うと、舞は教室から出て行った。
「なんなのよーあれ!」
新井木が声を上げる。
「本当に、いきなり割り込んできて」
壬生屋も続く。
「まぁ、そう言うな。芝村の姫さんも、だいぶ変わったじゃじゃないか」
今まで、黙って見ていた瀬戸口が、笑いながら言う。
「どこがー」
「どこがですか」
新井木と壬生屋の声が重なる。
「この間まで、自分の事だって、関心無さそうだったろ」
そこにいた全員が頷く。
「それが、恋人の速水の事とはいえ、ここまで感情的になるとは思わなかった。それが、いいことなのか、悪いことなのか、まだわからんが、速水の事も温かい目で見守ってやれ。あいつは何が大切なのか、ちゃんとわかっているさ」
教室から出た舞は、階段を下りたところで岩田に出会った。
「おや、舞さん、誰かお探しですか」
「厚志はどこにいる」
「速水君なら、そこの公園のほうに歩いていきましたよ」
「わかった。礼を言う」
駆け出そうとした舞の前に、岩田がすばやく回りこむ。
「ちょっと待ってくださーい。少しの間、彼を一人にしておきませんか」
「何故だ」
「彼も、皆の態度に戸惑っていることでしょう。一人で考えることも必要ですから」
「どけ、芝村は誰の指図も受けない。私が会おうと思ったら実行に移すのみ」
岩田を、かわして公園に向かおうとする、舞の目の前に岩田が奇妙な体さばきで回り込む。
岩田から逃げようとする舞に、追いかけて進路を塞ぐ岩田。かくして、壮絶な追いかけっこが始まった。
「はあはあ」
舞が、肩で大きく息をする。結局、岩田を撒いたのは三十分もあとのことだった。
「あの、たわけが、どうやったら、あの様な動きでついてこれるのだ。いらない時間をくった」
気が付いたら、いつの間にか目的の公園についていた。ゆっくりと、公園内を見回す。一際、大きな桜の木の下に、速水がいた。なんだか、見ているほうが幸せになるような笑顔で、舞が渡した弁当を食べている。
「厚志!」
舞が呼ぶと、ぽややんとした、いつもの笑顔を向けた。
「舞、どうしたの」
言いたい事は、山のようにあったが、厚志の顔を見たとたん、全部、すっとんでしまった。
「いや、昨日から様子がおかしかったからな、探していた」
自分の頬が、少し赤くなるのが分かった。
「ごめんね舞。もう大丈夫だから」
そう言うと、春の風のように笑う。
「気にするな。死を呼んで舞う美しき化物よ。人を守るために人でないものになったのだろう」
厚志の笑顔が硬直する。
「舞……」
「まだ、気にしているではないか」
厚志の顔を見つめながら、舞がすねたように言う。自分に、何も話してくれないことが、悲しかった。自分だけには、その胸の内を話して欲しかった。だから、怒らせるようなことを言ってみた。
二人の間を沈黙が、支配する。だが、その沈黙に耐えられなかったのは、舞のほうだった。
舞は、自分は弱くなったのかもしれない。と、心の中で独白する。
「……厚志、わ、私が居るだけでは、ダメか。そなたの傍にいるのが、私だけではダメか。私は……」
顔が、真っ赤になっていくのがわかる。その裏で、厚志に拒否される事に恐怖した。
「わかっているよ。舞」
言葉を続けることが出来ない、舞の目の前に厚志の笑顔があった。そして、その後につづいた台詞は、舞が望んだものだった。
「君さえ、傍にいてくれれば、僕は幻獣だけで無く、世界でも敵に回せる」
『201V1、201V1。全兵員は現時点を持って作業を放棄。可能な限り速やかに教室に集合せよ。繰り返す…』
突然、多目的結晶から召集がかかる。
厚志の顔が、いつもの優しげな顔から厳しいもの、いや、人をひきつけてなお恐怖させる顔に変わる。その恐ろしくも美しい横顔を見て、確信した舞の口から笑みが漏れる。
「フフフ、厚志、やはりお前は化物だ。今、どんな顔をしているかわかるか。血に飢えた狼のようだぞ。安心した。お前の傍にいられるのは私だけだ。どんなに世界が広かろうと私だけだ。死が二人を分かつまで共にあろうぞ」
不思議な高揚感と共に、舞は、手を厚志に差し出す。
「うん、死が二人を分かつまで……」
厚志が、舞の手を握り教室に向かって走り出す。
その光景を見たものがいたら、あの歌の歌詞を思い出しただろう。突撃軍歌、ガンパレードマーチを……
今なら私は信じられる あなたの作る未来が見える
あなたの差し出す手を取って
私も一緒に駆け上がろう
幾千万の私とあなたで あの運命に打ち勝とう
はるかなる未来への階段を駆け上がる
私は今一人じゃない
全軍抜刀 全軍突撃
未来のためにマーチを歌おう
そう、彼らは、その手を血に染めながら戦い続ける。新しい未来をつかむ為に、戦い続ける。
1999年4月、人類は、まだ先の見えない戦いの中にいた。
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