もしも俺が死んだらさ
おはよう、という言葉には返事が返ってこない。朝に弱い拓哉は、布団に潜ったまま出てこないのだ。
私は気にせず部屋のカーテンを開けて、外の光を室内に迎え入れた。そうすると唸り声と共に光から逃げようとして、布団の中に潜っていく。まるでモグラだ。
そのまま放置して、着替えと朝食を済ませたころにはベッドの上でボーっとしている拓哉がいる。
幼馴染でずっと好きだった拓哉に、高校一年生のときからアタックし続けて、漸く頷いてもらえたのが高校三年生の夏。今は大学二年生になったばかりの春だから、付き合い始めてから一年と半年が過ぎてもうすぐ二年になるところ。
だけど、今日は彼氏を放って、もう一人の幼馴染に会いに行く。
「今日はたっくんと約束があるんだぁ」
「あいつ、俺には全く連絡入れてこないくせになぁ」
三人共に家が近くて、幼稚園のときからずっと一緒にいた。大学に進学するときに、たっくんは理系の有名大学に行くとか言って私たちと離れてしまったから、会うのは久々だ。
名前は拓哉と漢字が違う卓弥。昔は拓哉のことをたっちゃん、卓弥のことをたっくんって呼び分けてたけど、良く自分でもどっちを呼んでるのか分からなくなってた。
鏡で自分の姿をチェックして、バッグを持って。
「いってきまぁす」
「気をつけてなー」
のん気な声に笑って、鍵をかけた。
待ち合わせは午後一時。のんびりお昼を食べようってメールにあったから、ちょっと早いくらいだ。
大学に進学してすぐに、私と拓哉は実家を出て一人暮らしをするようになった。二人で話を合わせて近いところに住んで、始めの頃は御飯をお互いの家に食べに行ってた。それがいつの間にか、私の家に入り浸るようになって。
学部こそ文学部と経済学部で違うけど、四六時中一緒に居て口癖とか生活リズムとか、色んなものがお互いに混ざり合ってるなぁって感じる。
それがなんだか、嬉しい。
そんな私たちとは反対に、たっくんは実家に住み続けていてバイトで貯金したお金で旅行に行ったりしてる。……というのは、この前お正月に母さんから聞いた話だけど。
親同士が仲いいと、情報が入ってきて便利だ。
駅前にあるリスの像の前には既にたっくんが待っていた。手を振ると、向こうも気がついて近づいてくる。
「久しぶりだね」
「そうだね、大学入ってから会ってないから一年ぶり?」
「うん、たっくんお正月いなかったんだもん! 家まで押しかけたんだよ?」
「ごめんごめん、母さんから聞いたよ」
少し日に焼けてるけど、変わらない雰囲気に一気に懐かしさが込み上げてきた。久しぶりだから、話したいことはいっぱいある。
「立ち話もなんだし、昼食べようか」
「うん!」
お昼はずっと気になっていたイタリアンに入ることにした。
地上にある階段から下がったところにある、ちょっと隠れ家っぽいお店だ。
「たっくん、相変わらずトマト好きだねぇ」
「んー、意識してトマトを選んでるわけじゃないんだけどね。言われてみると確かに、いつもトマトソース系かも」
「それを好きって言うんだよ」
「確かに。果夏はチーズ大好きだよね。果夏の家でグラタン食べたときのあの衝撃的なチーズの量!」
器の三分の一はチーズなんじゃないかって言われるくらい、私はたっぷりとチーズを入れる。
「チーズ大好物だもん」
「知ってる」
たっくんはトマト。私はチーズ。それから……。
「拓哉はカルボナーラだよねぇ」
「確かに、卵でもクリームでもなくてカルボナーラ一択だった」
「どこにでもある定番メニューだけど、だからこそ色々食べ比べるのが面白いんだって」
「他のも食べればって言うのに、カルボナーラだって譲らなかったよね」
自己紹介の好きなものの欄は、かならずカルボナーラって書くから他にないのって聞いたら、困った顔をされたことがあった。
「あ、そういえば拓哉。自分には連絡入れないくせに私にだけ連絡してって文句言ってたよ?」
「……あいつは」
そこで、セットのサラダがやってきた。
ごゆっくりどうぞという店員さんを見送って、たっくんを見ると何故か困り顔。
それに、チラリと視線が動くことが多い。居心地が悪いわけではないんだと思うけど、少し気になってしまう。
「たっくん?」
「あ、いや。あいつより果夏の顔が見たくてさ」
「ふーん」
気にはなったけど、サラダを見たらとたんに空腹感が増してきて。頂きますと言って、フォークを掴んだ。
今大学でやってることとか、将来どうしたいだとか、昔の思い出話とか、そんな話で盛り上がってお腹一杯食べたところで。腹ごなしに少し歩いて公園を散歩しようということになった。
駅から少し離れているが神社と公園があるのだ。
昔は三人で良く遊んだ公園。
そこに、今日は二人だけ。拓哉も連れてきたかったなぁ。
「果夏、元気そうだね」
「え? うん、元気だよ」
「いや、おばさんから元気ないって聞いてたからさ」
「なんでだろ。普通に御飯食べてるし、大丈夫!」
「そっか……」
毎日体重計に乗ってるけど、残念なことに減ってないどころか少し増えてた。
いつも通りだ。
「俺さ。ずっと果夏のこと好きだったんだ」
……え?
「このタイミングで言うのって、凄く卑怯だと思う。でも、大学違うし果夏は一人暮らししてるから、幼馴染ってだけじゃあんまり頻繁に会えないし。だから今日言おうと思って誘ったんだ。俺と……付き合ってくれませんか?」
どうして?
「私には、拓哉がいるのに……?」
私の言葉に、たっくんは寂しいような、悲しいような、そんな微妙な顔をした。
「やっぱりか。おばさんから聞いてたし、話してて妙だと思ってたけど……」
ヤダ、ヤメテ。
ソノ先ハ……聞キタクナイ。
「拓哉は三月に、死んだでしょ」
★
おはよう、と言われたのが聞こえた。
それに俺は返事をすることなく、眠り続ける。
無視したまま浮上した意識が再び夢の中に戻ろうとしたところで、いきなりカーテンが開いて光が差し込んできた。
眩しい……。
でも、抗議する気力はなくて唸り声を上げて布団に潜った。
それ以上の追求はなくて、放置されると逆に起きなければいけない気になってくる。起きろ起きろと心の中で唱えて、ゆっくりと身体を起こした。起こしたが、それ以上は動けなくて暫くベッドの上でボーっとしながら果夏が忙しなく動いてるのを音で感じる。
目が、中々開かない。
「今日はたっくんと約束があるんだぁ」
「……あいつ、俺には全く連絡入れてこなかったくせになぁ」
そう言って、眠い目を擦った。
朝は苦手だ。
忙しなく動いている果夏を暫く眺めていたが、あっという間に準備が整ってしまった。
「果夏、相変わらず準備早いのな……」
背が低いのは昔からで、ちょこちょこと動くのが小動物みたいで可愛い。前にそう言ったら、赤くなって照れてたっけ。
「また、あの照れた顔……見たいなぁ」
俺の呟きは綺麗に無視される。
当たり前だ、俺は一ヶ月前に死んでるんだから。
「いってきまぁす」
「気をつけてなー」
とか言いながら、俺も後を追って家を出た。
俺は事故で死んだわけでも、病んで自殺したわけでもない。
持病が急激に悪化して、生命活動を維持できなくなったんだ。
病気のことを知ったのは、確か小学二年生くらいのときだったと思う。体育の時間にいきなり倒れて、病院に運ばれたのがきっかけ。
それから俺は、あんまり激しい運動は出来なくなって、体育も見学が多かった。二人を含め友人には『貧血』で押し通したけど、実際は違う。年間の薬代で目玉が飛び出るような額を支払わなければ生きていけない、小難しい病名の疾患だった。
薬を飲んで激しい運動をしなければ、俺はもう少し長生きできる予定だった。少なくともまだ五年くらいは寿命があったはずだ。
死んだのは、俺のミス。
果夏の家に入り浸ることが多くなった俺は、薬を切らしてしまうことが多かった。朝薬を飲もうとして、ないことに気がつきはするんだけど……そういう日に限って予定が入っていたりする。
あの日も、久々に夢と魔法の国に行こうって約束をしていた日だった。俺のアパートまでは自転車で五分。でも、俺はその五分が勿体無く感じた。
だから、一日薬無しで過ごした。
前にもあったけど何もなかったから大丈夫だって、過信してたんだ。でも、薬を飲まなかった間に俺の病気は着々と進行していたらしい。
果夏と帰りに歩いてて、頭がクラクラする感じはあった。でも、あと少しで家に着くと思って我慢して歩き続けた結果、途中で倒れることになった。
そのまま救急車で運ばれて、入院して、果夏に「ごめん」とか「愛してる」だとか最後に伝えることもできないまま、死んだ。
本来なら死んだなんて認識しないまま意識は消えていくんだろうけど、俺は気がついたら果夏のベッドの上にいた。
始めは自分が死んでることに気づけなかったし、俺の言葉に全く反応しない果夏に苛立ちもしたけど、今はこうして現実を受け止めて果夏を見守る生活を送っている。
死んでから約一ヶ月。
楽しそうに出かける果夏を見るのは久しぶりだ。
待ち合わせは実家近くの駅らしく、電車に乗って約一時間移動した。
昼は、ずっと気になってると言っていたイタリアンに入ることにしたらしい。そのうち卓弥も誘って三人で行こうって言ってたレストラン。死んだ後でも叶って良かったなぁなんて思った。
卓弥は少し日に焼けて黒くなってるけど、中身は全然変わってない。
こいつは昔から、果夏が好きだった。
それを俺は知っていたし、二人が付き合うものだと思っていた。でも、果夏が選んだのは俺だった。
好きだといわれたとき、俺がまず思ったのは「困ったな」だった。
決して嫌いだから思ったんじゃない。俺だって昔から果夏のことが好きだった。
でも、治る見込みのない病気持ちの俺が何を言える?
そう思うと、いい返事をするわけにはいかなかった。だからと言って、嫌いだと嘘を言えるほど大人でもなかった。それに、そんな嘘は言っても信じてもらえなかったと思うけど。
はっきりと突き放せれば良かった。
でも、嬉しかったから。好きな女の子が自分のことを好きになってくれてたんだって、嬉しかったから……。突き放すことができなかった。
それでフワフワとした答えでかわし続けて、高校三年生の夏に卓弥に言われたんだ。「俺に遠慮してるなら、気にするな」って。どうやら、果夏は恋の相談を卓弥にしていたらしい。よりによって卓弥に……とは言わなかったけど、心の中で思い切り謝った。
俺は、別に遠慮してるわけじゃないって返したと思う。
「じゃあ、どうして? お前、果夏のこと好きだろ?」
「……嫌いなわけ無いじゃん」
「うん、そうだよね」
「お前は俺が果夏の彼氏になってもいいわけ?」
「悔しいけど果夏はお前を選んだ。俺は二人を祝福したいし、応援してる」
「……」
俺は正直、病気のことを言ってしまおうかどうしようか、迷っていた。なんとなくだけど、こいつは俺が『貧血』じゃない『何か』を持っていることを感じ取っているような気がしてたからだ。
でも結局、何も言えなかった。
「人間、何があるか分からない。明日もしかしたら俺が交通事故にあって死ぬかもしれないし、戦争になってみんなバラバラに分かれちゃうかもしれない。地球の誕生から考えたら俺たち人間の一生なんて一瞬で過ぎていく出来事なんだしさ。楽しんだもん勝ちだよ」
「……お前、良く分からない説得の仕方をするよなぁ」
「そう?」
ホント、良く分からなかった。それなのに、何かが俺の中にストンっと落ちてきたんだ。
死は誰にでも平等にやってくる。それがいつなのかは誰にも分からない。いつかくる未来を心配するんじゃなくて、今ある現在を大事にすればいいんだって。もっとずっと気楽に考えていいんじゃないかって。
「なぁ」
「ん?」
「もしも俺が死んだらさ。俺のこと、忘れてくれよな」
覚えていなくていいから。
悲しむことなく、忘れて欲しい。
「……そんなもしもは聞こえないよ」
卓弥は苦笑して俺の言葉を聞き流していた。その数日後、俺は果夏の幼馴染から恋人に昇格した。
今思えば、後悔ばかりだ。
「拓哉はカルボナーラだよねぇ」
「確かに、卵でもクリームでもなくてカルボナーラ一択だった」
どうやら、いつの間にか好きな食べ物の話になっていたらしい。
こんなときにまで俺の話題なんか出さなくてもいいのに……。
早く忘れて欲しいって思うのに、中々忘れてもらえない。
カルボナーラは美味しいし気に入ってたけど、事ある毎に食べていたのには理由がある。
あれって、卵をたくさん使うだろ?
俺は卵に『生命の塊』ってイメージを持ってて、それで……子供じみた発想だけど自分の寿命を延ばせる気がしたんだ。まさに命を貰うって感じ。
生卵とか焼いた卵とかよりも個人的には食べやすいって思ってたし。でもこんな理由は話せない。だから、好きなんだってことにしてた。実際のところ、好きなものなんて無かった。
……いや、一つだけあったか。
今俺の隣に座ってる女の子。
ちらりと隣に視線を向けて再び前に座る卓弥を見ると、目があったような気がした。
さっきから何度かあるような……。でも何も無かったように果夏に視線がずれるから、気のせいかな。
昔からあらぬ方向を見て考えるのが癖みたいなものだったし。
「あ、そういえば拓哉。自分には連絡入れないくせに私にだけ連絡してって文句言ってたよ?」
それを聞いた卓弥の表情が、一瞬曇った。きっと、俺も似たような顔をしてる。
俺のことを楽しそうに話題に出されるのは、嬉しいを通り越して辛い。
早く忘れてくれ、と。
果夏の中に『拓哉』を見つけるたびに、そう思う。
昼を食べ終わると、二人は神社のある方へと向かった。そのまま公園を散歩するらしい。
昔三人で並んで歩いた道を大人になっても歩いてるのって、なんだか不思議な感じだ。俺は実際には歩かないで宙に浮かんでるんだけども。
ちゃんと、地に足が着いた状態でここに来たかった。
しばらく他愛のない話が二人の間で続いてた。池の周りにあるベンチの一つに座って、のんびりとした時間が過ぎる。
それが、卓弥の次の一言で崩れた。
「俺さ。ずっと果夏のこと好きだったんだ」
いつか、こんなことになるんじゃないかとは思ってた。
俺の中に反発だとかは全くなくて、こいつなら大丈夫だって納得の結果だ。
むしろ、俺と果夏が付き合ってたことの方が間違いだったんだ。
卓弥の告白に果夏は、言われた事が分からないような表情をみせた。
「私には、拓哉がいるのに……?」
卓弥の、この微妙な顔を見るのは今日何回目だろうなぁ。
「やっぱりか。おばさんに聞いてたし、話してて妙だと思ってたけど……」
果夏が泣きそうな顔をして、これ以上聞きたくないと目で訴える。
それでも卓弥の言葉は止まらない。これを言うのは自分の役目だと言わんばかりに、続ける。
「拓哉は三月に死んだでしょ」
そんな言葉を言わせてごめん。
「既に死んでるんだよ」
辛い役目を引き受けてくれて、ありがとう。
静かな声で冷静に言う幼馴染に、俺は何もできない。事の成り行きを見守るしかない。
「違うよ、居るもん」
「居ないよ。あいつは持病で三月に……」
「死んでないよ、拓哉は死んでない! 朝起きたらベッドの上で暫くボーッとしてるし、一緒に買い物に行ったらこっそり欠伸して……」
「今は?」
「い、ま?」
「今あいつは何処に居る?」
チラりと視線をこっちに向けるように逸らして、また果夏を見つめる。
「それは……」
「今日も昨日も明日も果夏は一人だし、それはこの先も変わらない」
「……分かってるよ、そんなこと! 分かってる……」
果夏の涙を、俺はどうすることも出来ない。こんなに傍に居るのに、涙を拭いてやる資格がないんだ。
一人にしてごめん。
君の心の中に棲み着いて、ごめん。
「分かってるけど、私の生活に染み付いてるんだよ。私が何かを言ったらこう返ってくるだろうなぁって、妄想が現実を作っちゃうんだ」
そうなんだろうなぁって、思ってた。
俺がどう返すかを分かってて、分かってるからこその独り言。
朝も、
昼も、
夜も。
果夏の二十四時間が妄想の中の『拓哉』を中心に動いてる。
俺が死んだ、あの日から。
「ずっと一緒に居たのに、病気の事に気がつくことすら出来なくて。貧血って話を信じ続けて、そんな自分が許せなくて……」
「そうだよねぇ。あいつ、俺にも何にも言わなかったんだよ? 貧血って話、最後まで信じてた。まぁ、変だなって思うことは何度かあったけどさ。それでも、こんなに早く永遠の別れが来るとは思ってなかった」
「たっくんは、冷静だね」
「そんなことない。俺も結構悩んだんだ。悩んで悩んで……それで思い出した」
「何を?」
「あいつの言葉。俺がもしも死んだらさ、俺のことは忘れてくれって……」
果夏が俯いて、私も言われたと掠れた声で言った。
「言われたから、忘れなきゃって一生懸命思ったんだ。でも、思えば思うほど、拓哉が心に積もってくる。忘れようって努力したのに……全然、忘れらんなっ……」
そう、俺は卓弥に言ったし、果夏にも言った。
予感がしたんだ。俺の命はもう長くないっていう、予感。だから、辛い想いをさせないために俺なりに考えて言った言葉だった。
でも……あんなこと、言わなければ良かった。
貧血は嘘なんだって言って、ちゃんと病気のことを打ち明けておけばよかった。そうしたら、心の準備もできて簡単に俺のこと忘れてもらえたかもしれないのに。
「それ、高校時代には付けてなかったよね」
「これは、拓哉があたしのために用意してくれてたんだって」
そう言って、果夏は涙を拭って嬉しそうに左手の薬指に目を落とした。
それは俺があげたかった指輪。
いつぞやか指輪が欲しいとねだられた時に、反射的にあげられないと思った。
俺の病気は治る見込みがなかったから、残る物をあげて俺を忘れられないなんてことになるのは避けたかったからだ。
でも本心では、指輪をあげる未来を望んでいた。
だから、あれはただの自己満足だったんだ。夏が似合う果夏に、ハワイアンジュエリーを贈りたいっていう、自己満足。指輪の裏に刻字までしてもらった。
俺と果夏のイニシャルと、永遠の愛を示すハワイの言葉。
でも、絶対に果夏の手に渡ることはないだろうって思ってた。
俺の両親に悪気なんかなかったと思ってる。俺の葬儀で「貴女のために造ったのだと思うの」なんて言って渡したことに罪はない。
あんなものを造った俺が悪いんだ。
「拓哉って、馬鹿な奴だったよなぁ」
卓弥が、優しい声で言った。
「あいつ、馬鹿だよ。俺と果夏がさ。どれだけあいつのことを大事に想ってたのか、全く分かってないじゃん」
「え……」
「だって、そうでしょ。忘れろなんて無理な話だよ。俺たちの幼稚園から今までは何だったんだってなるじゃん」
「うん」
何故か、さっきから卓弥の視線が俺とぶつかって、直接文句を言われている気がしてくる。
その真剣で真っ直ぐな瞳を見ていて、漸く気がついた。
「俺たちは忘れない、忘れちゃいけないと思う。拓哉が生きてたんだってことを覚えておくことで、あいつは俺たちの中で生き続けられると思うんだ」
こんなに大事に思ってくれてる二人に、俺は何も言わなかった。死んだら忘れてくれればいいなんて、自分勝手なことを考えて。さっさと一人、消えてしまおうとしていた。
死にたくなんて、なかった。
もっともっとこいつらと一緒にいたかった。
そう思ってるのは、自分だけだと思ってた。
俺は……。
「お前達と出会えて……幼馴染で、良かった」
この言葉は伝わることなんてないけど。
思わずそう、呟いていた。
「今頃気づくな」
俺の呟きに、卓弥が呆れたように……ん?
「え?」
「たっくん?」
今のは絶対に何かがおかしい。
どうしてこいつは俺の言葉に反応した?
「そもそも。果夏が拓哉の死を受け入れられないのは、お前がこの世に留まって未練たらしく果夏の傍にいるのがいけないんじゃない?」
「……俺のことが、見えてる?」
「拓哉、ここに居るの?」
俺を真っ直ぐに見つめる卓也と、俺を探して視線を彷徨わせる果夏。
「見えてるし聞こえてる。お前、さっきから俺と視線合ってたの気がつかなかった?」
「いや、まさかお前に霊視能力があるとは思わなかったからさ」
「奇遇だな、俺も思わなかった。こんな非科学的な現象、信じたくない」
まさか、本当に俺のこと見えてて……声も聞こえてるのか?
「お前、死ぬなら死ぬぞって言ってから死んでくれ」
★
昼間、果夏の隣に死んだはずの幼馴染がいるのを見つけて我が目を疑った。
ずっと、幻覚かと思ってたけど声を聞いて初めて気のせいじゃないと思った。
「お前、死ぬなら死ぬぞって言ってから死んでくれ」
「無茶言うなよ」
俺の軽口に、慣れ親しんだ声が返ってくる。
大学で初めて二人と離れて、少しばかり寂しいなぁと思ってた。果夏への未練とか、そういうのじゃなくて。
当たり前のように傍に居て、靴下に穴が開いてるかどうかまで分かるくらい近くにいた存在が、一気に遠くなってしまった気がしていた。
そろそろ連絡でも取ろうかと思っていた矢先に、拓哉の死亡を聞かされて。
でも、俺はそのとき旅行に行っていて海の向こうで。葬式に出席できなかった。
非科学的だって、俺の妄想だっていい。
もう一度会えて、嬉しい。
「待ってたっくん。本当に? 本当にいるの?」
「あぁ、今日一日ずっと果夏の傍にいたよ」
きっと、毎日のように傍に居たんだろう。
傍に居て、前に進めない果夏を見つめて自分を責めていたに違いない。
「どうして私には見えないの?」
「分からないけど……ごめん」
果夏には聞こえていないのに、拓哉は答えた。
俺の言葉を本当に信じているのか、それとも事実だということに縋りたいのか分からないが、果夏は拓哉が居る辺りを見つめて言葉を続ける。
「酷いよ、貧血なんて嘘ついてさ。付き合って一年半も経ってたのに、病気のこと教えてくれないし……」
「うん」
「忘れてくれなんて勝手なこと言って、全然忘れられないし……」
「うん」
「でも……でもさ。気づかなくて、ごめっ。悔しくて……あんなに、一緒にいたのにっ! 気づかなかった自分に腹が立って!」
「……ごめん」
果夏の涙腺が再び崩壊した。
溢れる涙を見て拓哉は辛そうな顔をしたが、目をそらすことはせずに真っ直ぐに果夏を見つめる。
「俺も文句言いたかったんだ。病気のこと、何で言わなかった?」
「始めは俺自身が認めたくなかったんだ。病気だってこと。成長するにつれて段々と認められるようになったんだけど。最後まで言えなかったのは余計な心配かけたくなかったからかな」
果夏に伝えると「馬鹿みたい」と、口を尖らせて言った。
俺も同感だ。
文句はもちろん言いたいが、それ以上に話したいことが沢山ある。
幸いなことにうちの両親は旅行中で不在ということで、そのまま三人俺の家で空が明るくなるまで昔話に花を咲かせた。
次の朝。
目を覚ますと、拓哉が果夏の隣にしゃがみこんで寝顔を眺めていた。
その姿が少し透けて見える。
「拓哉……?」
「タイミング悪いなぁ」
「お前、それ……」
「ごめん。俺、ここまでみたいだ」
「……そうか」
行くなとか、もう少しとか、言っても仕方がない。死んだあとに会えたことのほうが奇跡だったんだ。
これ以上のことは望めない。
「果夏のこと、頼むな」
「俺まだ返事もらえてないんだけど」
「大丈夫。俺はお前以外認めないから」
「なんだよ、それ」
笑う傍から拓哉の手先足先が消えていく。
「そうそう、果夏にも伝えて欲しいんだけど。これで俺が死んだらさ……たまにでいいから、思い出してくれな」
「……ったり前だ、馬鹿」
じゃあな、といって幼馴染は消えていった。
第二回創造小説、初参加です。
テーマからどんな話を書こうかと色々悩みました。
ハムスターと飼い主とその彼女とか。
死神と死神から逃げ続ける男の子と、その男の子が好きだった女の子とか。
うーんと悩んだ結果「もしも俺が死んだらさ」になりました。
恋愛モノかと思いきや幼馴染ものですみません。
初めに書くぞと思っていた自分の中のテーマから少しずれてしまった感はあるのですが、ラストの拓哉の一言を書くことができて満足です。
もう今は、内容かぶっていませんように!という祈りしかありません(笑)。
「第二回創造小説」で検索をかけると、他のメンバーさんの素敵小説にたどりつきます! 素敵な作品たちに出会えるはずです。
私もお邪魔しにいくぞぉ!
お読みいただきありがとうございました^^