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掌編

SPRiT(スプリット)

作者:AQ
※この作品は、朝霧トヤナ様の考案された設定「目覚めたら時間が止まっていて、部屋に閉じ込められてしまう男」をお借りし、ストーリーを膨らませたものです。
 寝ぼけてベッドから転げ落ちる、ってことは良くある。
 しかし『落ちる瞬間に目覚める』パターンは初めてだ。
「うわッ!」
 無情にも宙へと投げ出された俺は、コンマ一秒後に襲いくる痛みを覚悟した。
 はず、だった。
「――痛……く、ない?」
 確かに俺は床に転がっている。
 なのに、まったく痛みを感じない。
 背後にある安物のパイプベッドは高さ五十センチ。畳の上とはいえ落ちたらそれなりの衝撃があるはずなのに、おかしい。
「なんだよ、俺まだ寝ぼけてんのか……?」
 壁にかかった丸時計を見上げれば、長針と短針は揃って真上を向いていた。十二時。分厚いカーテンのせいで午前なのか午後なのかは不明。
 窓の外には灰色のビル壁が迫っているため、この部屋に光が差し込むことはない。常に電気がつけっぱなし状態だ。
 カーテンを開けたところで大差はないと分かっていつつも、俺はいつもの習慣通りに手を伸ばし――
 再び、異変に気付いた。
 カーテンが開かない。どんなに強く押そうがピクリとも動かないのだ。確かに布を触っていると分かるのに。
「はぁ? どーなってんだ?」
 すぐさま俺はベッド脇にあるパソコンを起動させようとした。しかしスイッチは硬く完全に固着している。
 その後も、室内に置いてあるものを手当たりしだい触りまくった。
 ローテーブル、タンス、古いブラウン管のテレビ……それらの全てが微動だにしない。
「クソッ、意味わかんねぇ!」
 叫びながら、俺は足元に転がっていた空のペットボトルを蹴り飛ばす。
 しかしつま先はあえなく強制停止させられた。当然ペットボトルもその場に止まったままだ。
「こんなゴミですら動かないのか……」
 溜息を吐きつつ、俺は部屋の四隅へと視線を泳がせる。無意識に視界から消し去っていた“見たくないモノ”を眺める。
 脱ぎ散らかした服、無造作に投げ捨てられたティッシュ、汁の残ったカップラーメンの容器、かびたパンの欠片、それらに群がる無数の黒い虫……。
「ああ、虫も止まってら」
 頭をバリバリと掻き毟る。いつもなら粉雪のように舞い散るはずのフケが出てこない。
 そういえばベッドから落ちたときも痛みを感じなかった。さっきペットボトルにぶつけた足も無事だ。感触としては鉛の塊を蹴ったみたいだったのに。
 しばし熟考した後、俺はごく常識的な解答を導き出した。
 ――これは夢だ。
 ホンモノの俺は、まだ背後にあるパイプベッドで眠っているんだろう。いわゆる『明晰夢』ってヤツだ。
「あー胸糞悪りぃ。早く起きろっつーの、俺……」
 畳の上にへたり込み、俺は壁の丸時計を見上げた。パソコンやテレビが使えない分、やたらと時間が長く感じる。
 さすがに退屈だが、別に困るってわけじゃない。俺にはこの先の予定など何もないし。
 壁に貼られたカレンダーをぼんやりと眺めているうちに、いつしか思考は過去へと沈んでいく。
 小学生の頃は絵に描いたような優等生だった。しかし中学受験に失敗したのが運の尽き。部屋に引きこもるようになり、親に暴力も振るった。
 そんな俺を“見たくないモノ”扱いしていた両親は、俺が二十歳になる前日の夜、火事であっさり焼け死んだ。一階に住んでいた俺は助かった。
 それからは特になにもせず、残された保険金で暮らしている。
 今や立派な中年……そろそろ四十路の半ばを過ぎる。正確にはあと一日で四十五歳だ。
 銀行には死ぬまで暮らせるだけの金がある。ここの家賃や光熱費、通販の支払いも、全部パソコンで済ませられる。
 たまに外から人が来ることもあるが、配達員にはドアの前にモノを置いていくよう指示してある。新聞の勧誘なんかは居留守を使う。ゴミを限界まで溜めるこの部屋は臭うし、まともなヤツは近寄らない。
「そもそもこんなボロ家に住もうってヤツもいねぇし。最後の隣人が来たのは確か三年前の八月十五日……まあ、そんなことは別にどうでもいいんだが」
 いくら待てども動かない時計の針。
 腹は減らない。眠くもならない。便所やら生理的欲求も何一つ湧いてこない。
 仕方なく開きっぱなしで放置していた雑誌のページに目を通しているうちに、文面を丸ごと暗記してしまった。
 しだいに、頭がおかしくなっていく。
 壁を殴り、ドアに体当たりし、大声で叫ぶ。「誰か助けてくれ!」なんて陳腐な台詞も吐いた気がする。
 それでも……悪夢は終わらない。
 もう限界だった。
 一刻も早くこの世界から脱出したい。この世界から――
「世界……セカイ……そうか、もしやこれは普通の“夢”じゃない……?」
 そのアイデアは、暗闇に差した一筋の光。
 以前読んだSF小説の内容が、どろりと濁った頭の中を駆け巡る。
 主人公は出口のない建物に閉じ込められるのだが、外界と完全に切り離されたそのセカイは、とあるキャラクターの生み出した精神世界だった。脱出するにはそのキャラクターのトラウマを解消せねばならない、という話だ。
「つまり俺は今、オカルト的な超常現象に巻き込まれている、ってことか?」
 非常にバカバカしい仮説だが、考えてみる価値はあるだろう。
 それに、科学では説明できない現象なんて世の中にはたくさん存在する。人体のしくみでさえ完全に解明されているわけじゃない……。
「まあ原因はさておき、問題はいったい誰がこんなことをしたか、だな」
 どこかに俺が苦しむと喜ぶような人間がいるんだろうか。あの小説に出てくる超能力者みたいなヤツが。
 俺は人知れず誰かの恨みを買っている……?
「ハハッ、ありえねぇな! 二十五年前に死んだ親か? それとも三年前の隣人か? ……馬鹿馬鹿しい。俺はずっとこの部屋に引きこもってたんだ。他人に恨まれるようなことなんて何一つ――」

 ――いや、一人いるだろう? お前を恨んでいる人間が。

 音のないセカイに、突然響き渡った男の声。
 低くくぐもったその声は、やけに聞き覚えのある声だった。

 ――どうやらお前は忘れたようだな。あの“小説”の結末を。
 ――主人公をあのセカイに閉じ込めたのは、主人公自身だった。まあ語り手が犯人ってパターンは定番だよな。

「お、お前は、いったい、なにを言って……」
 両耳を抑えたところでその声は消えない。陰鬱な響きが耳の奥へと直接打ち込まれる。
 声の主は確かにこの部屋にいる――俺のすぐ真後ろに。
 なのに、なぜか振り返ることができない。
 どうしても見たくないモノが、そこにある。

 ――お前は育ててくれた親を裏切り、保身だけを考えて逃げ続けた。そんなお前を俺は心底恨んでいる。
 ――“ホンモノの俺”の心はもう限界なんだ。だから、そろそろこの身体を返してもらうよ。

「待ってくれ、あと一日なんだ! あと一日で俺は自由になれるんだ! 明日には外へ出る! ちゃんと風呂に入って、部屋を片付けて、それから――」

「ああ、まずは風呂に入って部屋を片付けて、その後警察に行こう。今日が終わらないうちに」

 そう言って“俺”は寝転んでいたベッドから起き上がると、寝汗でべたつく身体を洗うべく洗面所へと歩き出した。(了)
※タイトルの「Split」は二つに分かれるという意味。「i」を小文字にしたのはちょっとしたお遊びです。分かる方にニヤリとしていただければと。
※補足の解説:タイトルは多重人格をさしています。不条理な世界に閉じ込めた犯人=もう一人の自分ということですね。あと25年=放火殺人の時効です。ブラウン管テレビが現役というあたりでちょっと古い時代設定を表してます。

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