「豆腐の角で人って殺せるのかな?」
全ては彼女のこの一言から始まった。挑戦的に僕を見る。
狙われてる。
直感で悟った。
その次の日から毎日、僕は彼女に襲われ続けた。
僕と彼女は保健室組だった。クラスに馴染めない訳でもなく体調を悪くしてもないのに保健室に行く。
それが保健室組だ。
僕にとって教室は気怠かった。
周りは無責任な自己主張ばかりが激しい人間しかいなかったし、彼らの出すその耳障りで他人を考慮しない活気についていける自信もなかった。
それに比べて保健室は居心地が良かった。
授業中は誰もいないし、いたとしても具合が悪くて騒ぐ元気もない生徒だけだから。
彼女の理由は定かではないが、大体似たような理由だろう。保健室に行くと必ず彼女の姿を見かけた。
そうして何度か顔を合わせる事で彼女とぼちぼち話すようになり僕は彼女と親しくなっていった。
「豆腐の角で人って殺せるのかな?」
ある日、また保健室に行った時に彼女が言った。
「よく、豆腐の角で頭打って死ね!とか言うじゃん?」
嫌な予感がした。
「言わないよ。それに豆腐に頭ぶつけて死んだ人間なんて聞いた事がない」
僕は即答した。
あんな柔らかいもので頭を打って人間が死ぬはずがない。考えなくたって子どもでも分かる。
彼女は粘った。
「でもそれをちゃんと証明した人なんている?いないでしょ」
「証明するまでもないよ」
そうだ。証明なんて必要ない。彼女だってちゃんと分かってる…はず。
それ以上彼女は何も言わなかったが、僕の嫌な予感は増していくばかりだった。
そして次の日、予感が的中した事を知る。
昼休み、僕は豆腐まみれになった頭を水で流した。彼女は隣で豆腐まみれになった手を洗った。
「豆腐で人は死なない」
僕は言った。
「死ななかったね」
彼女が言う。
「もういいだろ、おかげで僕は豆腐まみれだ。制服にも付いた」
「私は諦めない」
首を横に振る彼女の決意は固いようだ。
どうしてそこまで豆腐に熱意を抱けるのか不思議でならない。いや、豆腐の角で人を殺す事にか。
次の日も、豆腐が頭に降ってきた。誇張とか大袈裟に表現したんじゃなく、本当に降ってきた。
二階から投げつけられた。
勢いで頭には納まり切れずに地面にも落ちた。
見上げると彼女の姿が見えた。
昨日より豆腐が少し固く感じたのは違うメーカーの豆腐だからだろう。
水曜日。
豆腐対策に下敷きを用意してみた。
しかし背後からの彼女の殺気に気付ず、僕は思いっきり豆腐を食らってしまった。
たまご豆腐だった。
その次は胡麻豆腐。またその次は揚げ豆腐とバリエーションは増えたが僕としては非常にどうでもいい事で、むしろ制服につく豆腐と臭いをなんとかしたかった。
久しぶりに保健室に向かう。やはり彼女の姿があった。
「豆腐で人は死なない」
僕は言った。
「そうみたいだね」
彼女が言う。
「たまご豆腐も胡麻豆腐も揚げ豆腐もふつうの豆腐もダメだった」
「豆腐の角じゃなくて毎日豆腐を投げつけられるストレスで死にそうだよ。制服のクリーニング代はそっちで払ってくれよ」
彼女はこくりと頷いた。
「もちろん、そこまで私は無責任じゃない」
僕はパイプ椅子に腰掛けた。
どうやら彼女は豆腐の角で人を殺す事をようやく諦めてくれたらしい。
私は彼が隣で安堵しているのを見てひそかに思った。
さすがに液体窒素でがちがちに固めた豆腐なら死ぬだろうな。 |