1998年8月13日14時過ぎ、わたしはひと気のない狭い通りを泣きながら歩いていた。
すると、目の前の白い建物の扉が『カランカラン』と音を立てて開いた。中からは、とてもキレイなお姉さんと男の人が出てきた。
男の人はお姉さんを見えなくなるまで見送ると、泣いているわたしのところへ来て、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
男の人は、わたしの肩まで伸ばした髪を手で梳きながら、
「髪の毛、どうしちゃったの?」と尋ねた。
その声はやさしくて、とても心地よかったのを覚えている。
クラスの男の子にいじめられ、切られたと言うと男の人は、わたしをひょいっと抱き上げ、白い建物へ入っていった。
そこには大きな鏡が何枚もあって、鏡の前には見たこともない少し変わった椅子がきれいに並んでいた。
男の人はわたしを奥から3番目の椅子に座らせると、わたしに大きなエプロンのようなものをかけ、「今から、とびっきり可愛くなる魔法をかけてあげるからね」と言った。その言葉が今でも耳に残る。
腰にかけた、革でできた小さなポーチのようなものから、くしやたくさんの種類のハサミが顔を出していた。
その中から一つハサミを選び取り、不揃いになったわたしの髪をどんどん切っていく。
その手の動きは、まるで魔法使いが「秘薬」を作る鍋にカエルやらコウモリやら蝸牛やらヤモリやらを入れ、仕上げにマジック・タクトをひと振り、ふた振りするのを盗みみるようで目が離せなかった。
わたしの肩まであった髪が、少し短くなった。
そして、最初に男の人が言ったように、可愛くなっていた。
「お姫様、お気に召されたでしょうか?お気に召されたようでしたら、私に素敵な笑顔を褒美としてくださいな。」、そう言った男の人の顔はとてもきれいな笑顔で、わたしは釣られて笑ってしまった。
白いお城の外に出ると、まるで世界が変わったかのようにキラキラして見えた。男の人はわたしに、「きみは可愛いから、モテモテになるよ。そして、大人になったらまた僕に、きみの髪を切らせてくれるかな?」といい、手を振って見送ってくれた。
いま、白いお城は取り壊され、車が10台ほど入る駐車場になっている。
いろんな美容室に通い、思ったことがひとつだけある。『美容師さん』というのはみんな、 いつになっても”わたし”の魔法使いさんなのだ。
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