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彼女とやかんと時々義兄さん
作者:春野天使
この作品は、グループ小説第十六弾!「視点の変わる小説」参加作品です。「グループ小説」で検索すると、他の先生方の作品を読むことが出来ます。
「あの……」
 飲食店のバイト帰り、深夜の繁華街で、突然誰かが僕のコートの裾を引っ張った。
「何?」
 背後から聞こえたのは若い女の声。時間が時間だけに、あくどいキャッチセールスか、いかがわしい商売の女かと思った。だが、ふり返った視線の先には、銀色に近い金髪の長い髪をたらした、色白の少女が立っていた。困ったような泣きそうな顔をして、頼りなげな青い瞳を僕に向けている。
 え? 外人? しかも長いドレスなんか着て、まるで童話に出てきそうな雰囲気の綺麗な少女だった。
「お願いがあるんです」
 切羽詰まったような表情で、瞳を潤ませる彼女。外人のコスプレ姿で、若い男を騙す。これは、新手のセールスか! その手には乗らないぞ!
「ちょっと急いでるんで」
 僕は少女の手を払い、視線をそらすと、先を急いだ。
「待ってください!」
 少女は全速力で走って来て、僕の前に回りこむ。
「お願い! 私の兄さんを助けて!」
 悲痛な声を出しながら、両手を組んで僕を見つめる少女。潤んだ青い瞳から大粒の涙が流れる。こんな状況で、幼気な美少女を残して去って行くことなど出来るわけはない。男なら誰だってそうだ。下心など全くない、と言えば嘘になるけれど……だから、男は騙される。
「君、誰? 名前は?」
「私の名前はララル。ある国を逃げ出し、この国に辿り着きました」
 随分遠くまで逃げて来たもんだ。ララルという、どこか子守歌を連想させるような名前の少女は、僕を見つめるとニッコリと笑った。その愛らしい笑顔は、僕を魔法にかける。それは、ララルの言うことなら、何でもします! 例え命を奪われても! という気持ちにさせられる笑顔だった。
「で、君の兄さんは今どこにいるの?」
 もし、チンピラかヤクザに拉致されてしまったのなら、僕一人の力ではどうする事も出来ない。まずは、警察に連絡した方が良さそうだ。
「兄さんのいる場所は分かってます。とにかく、私と一緒に来て下さい」
 ポケットからケータイを取り出そうとした僕の手を引っ張り、ララルは暗い路地を歩き始める。え? 何だよ、やっぱ、いかがわしいキャッチセールス……? 不信感が沸き始めた僕に、ララルは今までのいきさつを話し始めた。
 彼女の話によると、ララルの兄、カーンは、ある国のやかん製造工場で働いていたらしい。あのアルミの昔ながらのやかんが、ララルの国にもあるのか……? それより、ララル、バリバリ日本語話してるし……。頭の中にたくさんの疑問符が浮かび出した時、ララルは慌てて、『やかん』じゃなくて、『ランプ』です、と訂正した。
 で、ある時、テュルルという上司が銀色のやかん(ランプ)を作り始めた。それは彼の部下の一人、ジョニーの結婚のお祝い品だとか……とにかく、必死で作りあげ、見事なやかん(ランプ)が出来上がった。そこまでは良かったが、テュルルがやかんの仕上がり具合を確かめるため、試作品の『銀色のやかん(ランプ)』に水を入れて火にかけ、沸騰させてしまったらしい。
「事件はそこから始まったんです」
 ララルは、大きな瞳に涙をいっぱいためて僕を見あげた。
「カーンが、私の大好きな兄さんが……沸騰したやかんに触ってしまったんです!」
 沸騰したやかんに触った? それで、大やけどをしたとか……? っていうか、ララルはさっきからずっと『やかん』って言っている。そのたびに、僕は(ランプ)って訂正してるんですけど……。
「……で?」
 ララルが話しの続きを言わないんで、僕は聞き返した。
「だから、兄さんを助けてください!」
「はぁ?」
 ララルに手を引っ張られて歩いて来た僕は、いつの間にかある雑居ビルの地下に連れて来られていた。薄汚れた暗いビルの地下。何にもない部屋の隅に、錆び付いたガスレンジだけが置かれていた。なんだここは!? マジやばい! 今にもどこかから人相の悪いヤクザが現れるんじゃないかと思い、僕の全身から血の気が失せた。
 恐怖で震える僕を後目に、ララルはいつの間にか『銀色のやかん』(もう、ランプとは訂正しないぞ)を取りだし、レンジの上にのせて火をつけた。
 何だよ、この子……! いかれてる? もしかして僕を兄さんと同じ目に合わせようっていうんじゃ! じきに『やかん』は沸騰し、白い湯気を吐き出し始めた。
「ごめんなさい! あなたには何の罪もありません!」
 ララルは僕に近寄ると、スッと僕の手を両手で掴み、持ち上げた。
「でも、私、私、カーン兄さんを救いたいんです!」
「何だよ! ワーッ!!」
 大粒の涙を流しながら、ララルは僕の手を沸騰した『やかん』に近づけた。僕の顔は恐怖でひきつる。やっぱ騙された! こんな所で死にたくなんかない!
 シュルシュルシュル〜! 手のひらに強烈な痛みを感じた後、僕の世界は真っ暗になった。僕は死んだのか? ここは地獄か!?
 一面真っ暗な音のない世界。と、頭上に一つだけ小さな穴が見え、その穴の上から誰かの視線を感じた。
「ごめんなさい!」
 よーく見ると、巨大な青い瞳が覗いていた。声は間違いなく、ララルの声だ。何で、ララルがあんな所に? しかも、あんなにでっかくなって。
「でも、ありがとう! お陰でカーンは助かりました」
 ……はぁ? 
「君には感謝するよ。真っ暗な世界から救ってくれて、本当にありがとう」
 若い男の声がした。どうやら、ララルの兄さんは助かったらしい……けど、何故!
「沸騰した『やかん』に触ると、『やかん』の中に閉じこめられてしまうんです。だから、カーンはずっと『やかん』の中に閉じこめられたまま出て来れなくて……」
「君がいなければ、私は一生『やかん』の中で暮らさなきゃならなかった」
「良かった、兄さん! 私、もう二度と兄さんに会えないじゃないかと思った」
「ララル!」
 上の世界で、仲の良い兄と妹がしっかりと抱き合い、喜びを分かち合っている様子がうかがえた。良かった、良かった。僕もたまには良いことするよなぁ……。
「……ちょっと待て!」
 靴音を響かせて部屋を出ていこうとする兄妹に気づき、僕はようやく我に返った。
「僕はどうなる! 麗しき兄妹愛はいいが、僕は一生この暗い『やかん』の中で暮らさなきゃならないって訳か!」
 靴音がピタリと止まり、長い沈黙が流れる……。
「……一度『やかん』の中に閉じこめられてしまうと、代わりに新しい住人を連れて来ない限り、二度と外には出られないんだよ」
「何だと! お前等、僕を騙したのか! 自分等兄妹が助かりさえすれば、他人はどうなったっていいって訳かよ!」
 僕は声を限りに泣き叫んだ。一生ここから出られないなんて、そんなの死んだも同然じゃないか!
「カーン、兄さん……」
 しばらくして、ララルの泣きそうな声が聞こえた。
「ちょっとかわいそうだわ」
 やっぱり、ララルは優しい子だ。怒鳴り過ぎたかな? や、待て、『ちょっと』かわいそうって言ったよな……。
「東洋人の彼、ちょっと素敵だった」
 また、『ちょっと』って……。僕がやきもきしてると、ララルのはにかむような声が続いた。
「私、ちょっと彼の事好きになったみたいなの」
 え?
「恋ってこんな感じかしら?」
「ララル……」
 カーンの困ったような声の後、また長い沈黙が続いた。あんな綺麗な少女に恋されるなんて、悪い気はしない。だが、どうするつもりだ。人を『やかん』に閉じこめといて。
「分かったよ、ララル」
 何かを決意したようなカーンの低い声が響いた後、コツコツという靴音が近づいて来た。カチッという音がして、その後下の方でぼおっと燃えるような音がした。
「お前は彼と結婚すればいい……」
 はぁ? 『結婚』? 今確か、結婚って言ったよな。
「兄さん、じゃぁ、兄さんはどうなるの?」
「私はまた『やかん』の中に戻るよ……」
「えっ!? そんなの嫌よ! 兄さんがいなくなってしまうなんて!」
 何だか分からないまま、揉めている兄妹。その間にも、僕の下の方でグラグラと音がして、シューシューと水が沸騰し始めるのを感じた。『やかん』の中にいる時には、不思議と熱さは感じない。
「私はいなくなったりしないよ。この『銀色のやかん』の中にいつもいる」
「兄さん!」
 ララルがカーンに走り寄って、抱きしめる音が聞こえた。
「行っちゃ嫌!」
「ララル、私に良い考えがあるんだ。長い間『やかん』の中にいて思いついたんだが、お前達は『銀色のやかん』で商売を始めればいい」
「商売?」
「結婚したら、生活費は必要だろう。『やかん』占いと称して人を呼び寄せればいいんだ。占いをしている間、その人間は『やかん』の中に入る。その間、僕は外の世界に出られるって訳さ。『やかん』の中に入るスリルを味わえるし、占いもしてもらえる、まさに一石二鳥な話だろう」
 ……う〜ん、なるほど。良いアイデアだ! 考えたね、カーン義兄さん! あ、今、思わず義兄さんって言ってしまった。けど、実際そうなる訳だ。美少女の妻ももらって、こんな美味しい商売が出来るとは。絶対、今のバイトよりいいぞ!
「でも、兄さん、私、占いなんて出来ない……」
「僕が出来るよ!」
 ララルの心配そうな声を聞き、僕はやかんの中から叫んでいた。何だか、明るい未来が見えてきたぜ! フリーター人生とも縁が切れそうだ。今の僕の頭の中は、沸騰しかけの『やかん』と同じ、ハイテンションだ!
「君のために勉強して占い師になってみせる!」
「決まりだな」
 落ち着いたカーンの声。沸騰する『銀色のやかん』!
 シュルシュルシュル〜!
 気付いた時、僕は元通り薄暗い部屋の中にいた。目の前には『銀色のやかん』。カーン義兄さんには結局会えなかったけど、早く会ってみたいよ。ララルがニコリと微笑んで、僕を見上げた。一晩のうちに、こんなに綺麗な妻と美味しい仕事をゲット出来るなんて、僕は世界一の幸せものだ。
「ララル! 幸せになろうな」
 僕は両腕で、力一杯ララルの体を抱きしめた。


 と言うわけで、僕とララルは間もなく結婚し、『やかん占い』の商売を始めた。いかがわしい繁華街の片隅に掲げた『やかん占い』の看板。お客は結構集まった。現実世界にうんざりし、ファンタジーな世界に憧れる人間は結構いるものだ。
 お陰で、カーン義兄さんは、しょっちゅう『やかん』の外に出ることが出来た。ララルも幸せそうだ。新婚生活も商売も順調。ララルは、今、妊娠中で、もうすぐ僕はパパになる。結婚後、ララルが十四才だと聞いて、かなり衝撃を受けたが、彼らの世界では十四、五で結婚するのは普通だとか……。なんと言っても女王様がいる世界のことだから。もちろん、こっちの世界では親兄弟、友人達にも結婚のことは内緒だ。まぁ、正式な結婚をした訳じゃない(十四才の少女とは出来ないし……)
 それにしても、カーンとララルの兄妹、やたらと仲が良い。夫の僕が妬けるほど、外の世界に出ている時は、いつもベッタリと寄り添って共に行動している。僕は日々、占いの勉強をしてるっていうのに……。
 ララルのお腹の子、本当に僕の赤ちゃんだよな……? もし、純粋な混じりけのない白人の赤ちゃんが産まれたらどうしよう……。
「カーン!」
「ララル!」
 今夜も再会した二人は、抱き合って喜んでいる。昨日も会ったばかりだろ……。彼らを気にしつつ、僕は占いの本を片手に、適当な文句を頭の中で考える。
──あなたの目の前には、真っ暗な闇の世界が広がっています。けれど、小さな穴から光が差し、あなたは救われるでしょう……。
 勉強している割りに、僕はいつもお客に同じ文句を言っている。けれど、お客は皆、大感激して去って行く。外の世界に戻った時のあの喜びは、真っ暗な世界を体験した者にしか分からないだろうからね。     了







読んで下さってありがとうございました! どこかで聞いたようなタイトル…かなり強引な展開もありましたが^^;、なんとか「第十六弾」を終了させることが出来ました!
今回、参加された皆さん、ありがとうございました! 参加者の方々の作品は以下の通りです。 

強引なランプ(N1277D)/南風 十羽先生

女王様の側近の日常(N1420D)/聖 美麗先生

心は今もあの人の元に。(N3335D)/KN−T先生

女王様の涙(N3435D)/菜乃葉先生

あなたに贈る花(N3523D)/菜乃葉先生

俺様とやかん製造工場〜誰の為のやかんなのか〜(N6989D)/祐里子先生



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