I部 終「これでいいのか」
―――I部 終「これでいいのか」
けたたましい電子音が部屋に鳴り響いている。布団からもぞもぞと腕を出し、枕元の目覚まし時計を思いきり叩いた。時計の電子音は止まったが、それより遥かにハイテクな音がいまだ響き渡っている。僕は体を起こし、四つん這いでテーブルの携帯を手に取った。携帯のアラームを解除し、ようやく静寂が訪れる。
目覚ましを2つ同時に鳴らすのは史上初の試みだった。どうしても朝のニュースを見る必要があったからだ。テレビの主電源を押す。トレンド特集だろうか、モデルの女の子が服を着てポーズを取っていた。付けっぱなしにして洗面所へ向かう。
顔を洗って洗面所から戻ってみると、テレビではニュースが流れていた。スクランブル交差点を行き交う人々が映し出されている。何のニュースだろうか、と考える間もなく、画面が切り替わり 「銀行前に……」 というテロップが流れる。体に緊張が走った。
「今朝、一十七銀行T支店で、出勤してきた銀行員が入り口にアタッシュケースがあるのを見つけ、それを開いてみるとなんと大量の札束が!」 画面がアタッシュケースと札束の山に切り替わった。「警察の調べによると、この一十七銀行T支店ではつい3日前に強盗事件が発生しており、今回見つかった札束はその時に奪われたものではないか、と捜査を進めています。この珍事に銀行の支店長は次のようにコメントしています」
支店長と思わしき人物が画面に現れた。 「正直、ホッとしております。お金につきましてはまだ照合中ではありますが、おそらく奪われたものだと思っております」
すぐさま携帯に手を伸ばし、月ちゃんに電話を掛けた。
「月ちゃん、おはよ」
「おはよ。特に問題はなかったみたいね」 言いながら月ちゃんが大きな欠伸をした。その平和な欠伸が僕を安心させる。
「あのさ、今日事務所に顔出そうと思ってるんだ。姉ちゃんにも一応報告したほうがいいかな、って思って」 携帯で、とも思ったが、直に口で伝えたかった。
「未南美さんは、しばらく事務所には顔出さない、ってよ。さっきメール来たの」
「来ないの、姉ちゃん?」
「なんか、ある組織の潜入捜査する、とかで」
「潜入捜査」 という単語が引っ掛かったが、月ちゃんが 「私、もう少し寝るから」 と会話の終わりを望んできたので、おやすみ、とだけ言って電話を切った。
僕は胸を撫で下ろした。ようやく全てが終わったような気がした。達成感とはまた違うが、それに似た感覚を覚える。
でも、本当にこれでよかったのか?
今頃、芹沢教授は何を思ってこの朝を迎えているのだろうか。借金のことか、研究のことか、それとも―――。いずれにしろ、僕にこの善悪の判断は難しい。19年しか生きてない人間には難しすぎる課題に見えた。金が無くなった事に絶望しているのか、罪が払われた事に希望を見出しているのか、それとも絶望と希望がごちゃまぜになったような、黒と白が入り混じったような、混沌とした灰色の気分にでもなっているのだろうか。自分の貧弱な想像力を働かせてみるが、わからない。
新しいスタート、というような大袈裟なものではないが、携帯のメール、発信履歴や着信履歴などを片っ端から消去しようと決めた。送信、受信メールを消し、次に発信履歴を消し、最後に着信履歴に取りかかっていた時、ふと気づいた。
友達からの履歴が並ぶ中、1件だけ非通知の記録があった。考えてみたら事の発端はあの電話から始まったのだ。結局なんだったんだろう、と思いながら僕は着信履歴も全て消去した。今日からまた始まる学生生活に、あの非通知の履歴は必要ないはずだ、と勝手にそう決めつけることにする。
<I部 了>
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