I部 7「強盗犯vs脅迫犯……の手下?」
―――I部 7「強盗犯vs脅迫犯……の手下?」
僕は夜道を車で走った経験がほとんど無かった。そのためいつもより運転が慎重になり、スピードも遅かった。そんな僕の運転を嘲笑うかのように、後ろにいたワンボックスカーが対向車線に入り、追い抜いていく。あまりいい気分ではない。
「ね、具体的にどうする?」 助手席の月ちゃんが楽しそうに言った。
「とりあえず相手が現れるのを待って、金を置いていったのがわかったら僕が取りに行くよ」 部屋に帰り、考えに考えた結果、出た結論がこれだった。
「私はどうするの」
「車で待ってて欲しいんだけど。運転席で、いつでも発進できるように」 要は彼女を危険に遭わせたくないという口実だ。僕の中の妙な正義感が働いた。
「それじゃつまんないよ。ね、私も一緒に行くから」
「なんでそんなにノリノリなの。姉ちゃんからこれを命令された時は動揺してたくせに」 相手は拳銃を持ってるんですよ、と姉に抗議していたのを思い出す。
「でも、実際こうやって怪しい格好してるとスリルが沸いてこない?」 月ちゃんは掛けているサングラスをサイドミラーで確認した。「卓ちゃん、マスク着けないの?」
「あっちで車を止めたら着けるよ」 横目でチラッと助手席を見やる。「てかその格好凄いね」
「あ、やっぱり?」
キャミソールというのだろうか。肩を露出しており、綺麗な胸の谷間も見えた。黒い服と夜の暗がりのせいか白い肌が目立って見える。下は黒のショートパンツで太腿に目が行ってしまう。まさに男目を引く服装だった。「何でそんな格好なの?」
「動きやすいほうがいいと思って」
「動きやすい服なら他にいろいろあると思うけど」
まあそれでも悪くないけど、と内心の僕は言った。
*****
「そういえば昨日伏屋さんが言ってた『アイツの命日』ってどういうこと?」 あともう少しで目的地というところで月ちゃんが思い出したように言った。
「ああそのこと? 簡単に言うとね、姉ちゃん、高校の時付き合ってた人いたんだけど、その人の命日ってこと」 あの時自分は中学生だったな、としみじみ思い出す。 「ちょっと事件に巻き込まれちゃって。5,6年前のことだからうろ覚えだけど、確か学校に男が侵入してきて、それで姉ちゃんの教室に立てこもって――」
「い、いいわよ、そんなに説明しなくても」 彼女が慌てて僕の話を遮った。
「あ、ごめん」
公園が見えてきたことでその話題は終わりになった。
*****
車を公園横の茂みに寄せた。周りに人の気配は無い。通りから1本外れているので通行する車も少ない。街灯が寂しげに公園を照らしていた。そのおかげで時計台もすぐにわかった。車のエンジンを切り、後部座席から双眼鏡とフェイスマスクを引っ張り出す。
「だれかいるかな」 双眼鏡に目を近づけ、公園の時計台付近を観察した。すると、その下に何か目を引くものがあることに気づく。 「何かあるね、時計台の下に」
「なに、なにが?」 月ちゃんが双眼鏡をひったくった。運転席近くまで体を乗り出し、双眼鏡で公園を観察する。「なんかケースみたいのがあるわよ」
腕時計を見ると、10時を10分ほど過ぎていた。
「時計台の下にあるもの調べに行く?」 彼女が双眼鏡を手渡してくる。
僕はフェイスマスクとゴーグル、軍手、ニット帽を装着した。 「ちょっと行って、ちょっと帰ってくるよ。ここで待ってて」
「だから私も行くって」
「駄目だって。ここで待ってて」 運転席から降り、月ちゃんに呼びかける。しかし、そんなことはお構いなしと彼女も助手席を降りた。
「なんで来るのさ」
「もしかしたら相手がどこかで息を潜めて襲いかかってくるかもしれないじゃない。その時一人でなんとかできる?」 月ちゃんが反論してきた。そして一気に止めを刺してくる。
「それに、卓ちゃん弱そうだし」
その言葉で僕のネガティブ物質が体中を支配していくのがわかった。十中八九、僕が弱いのは事実なのかもしれないが、こんなにはっきり指摘されたのは幼稚園や小学校でいじめに遭った時以来だった。
「ほら、行かないの?」 悶々としている僕に月ちゃんが呼びかけた。
「い、行くよ……」
もういっそのこと、無重力状態の宇宙へ行って無気力状態になりたいと思った。彼女はそんな僕には目もくれず、ずんずん進んでいく。
*****
時計台の下まで来た。周りにはブランコ、滑り台、砂場などおなじみの遊具がそろっている。後ろには高さ2メートルほど丸みを帯びた山のように盛り上がった地面がある。どうやって遊ぶのかは見当がつかなかったが、子供の手にかかれば簡単に玩具にできるのだろう。想像力のかけらもない僕には到底無理な話だ。
「ほらこれ見て」 月ちゃんが時計台の下に置いてあったアタッシュケースを開けていた。
中には大量の福沢諭吉が目を見開いていた。僕はそれに気味の悪いものを感じ、思わず目を逸らした。諭吉の目線が耐え切れなかったのだ。
月ちゃんはアタッシュケースを閉じ 「うまくいったみたいね」 とニヤッと笑った。「じゃ行こっか」
「早く帰ろ。持つよ」 月ちゃんからケースを受け取る。彼女が「弱そうだし」発言をしなかったらおそらく持ってはいないだろう。
するとふいに後ろから足音が聞こえた。おそらく複数人の、おそらく走る音だ。僕は振り向こうとしたが、その前に両腕を押さえつけられ、地面に倒される。羽交い絞めにされ、顔が地面に押し付けられた。ケースが手から離れる。視線の先でやはり月ちゃんも地面に倒され、上に人間がのしかかっている。
うかつだった。おそらく盛り上がった地面の後ろに隠れていたのだろう。想像力のかけらもない僕でもなんとか予想できただろうに。そんなことを後悔していると、何か近づいてくる足音に気づいた。地面を伝って僕の耳に入り込んでくる。
案の定というべきか、芹沢教授だった。マスクとサングラスで顔を覆っている。もう見慣れた姿だった。
教授は近くまで来ると、横になっているアタッシュケースを持ち上げた。そして僕のほうに向き直り、目の前にしゃがんだ。
「悪いことは言わない。どうして我々のことを知ったのか教えてくれ、ゴーグルマン」 教授はゆっくりと落ち着いた声で言った。ゴーグルマンと呼ぶあたり、僕を黒木卓也だとはわかっていないのだろうか。古臭いネーミングセンスが僕をややがっくりとさせる。
「そんなの教えるわけないじゃない」 月ちゃんが教授の背後で、あろうことか挑発的な発言をした。冷や汗がどどっと流れる。
「静かにしろ」 彼女の上の男が凄んだ。
教授は月ちゃんに向き直る。 「お嬢さん、我々はあなたと敵対したいわけじゃない。できることなら何も無かったことにしたい」
「んじゃ、そのお金銀行に返せばいいじゃない」
「そういうわけにはいかない」 そう言うとまた向き直り、しゃがんで僕の顔を見る。「君と話そう。まずはそのゴーグルとマスクを外して、顔を見なければ」
心臓が高鳴る。姉ちゃんの馬鹿、と脳内に叫んだ。僕は即刻大学を退学するか、この場で人生を退学するか、どちらもありえた。教授がゴーグルに手を掛ける。もう駄目だ。思い切り目をつぶる。
その時、音がした。何かが唸りを上げながら接近してくる。教授が僕のゴーグルから手を離したのがわかった。どうしたのか、と少しだけ目を開けると教授が後ろに吹っ飛んでいくところが目に飛び込んできた。
目の前には迫力のあるオートバイと人がいた。体格からして男だろうか、顔はフルフェイスのヘルメットをかぶっていてわからない。
僕の上に乗っていた男もこの変てこな事態に驚いたのか僕から身を引くのがわかった。一気に体が軽くなる。
オートバイの男は落ちていたアタッシュケースを荒れた右手に持つと、そのままバイクにまたがり、急発進した。その先には、やっと体を起こしたと思われる芹沢教授の姿があった。
間一髪、教授がバイクに接触する瞬間、横に身を投げ出し衝突は免れた。僕はホッとしたが、それも束の間、今度は残りの2人の強盗を追い回し始めた。
僕はひやひやしながらこの追い回しを見守っていた。バイクは何度も遊具にぶつかりそうになったが、直前で的確に方向転換し、また追い回す。右手がケースで塞がっているとは思えなかった。3人の強盗達もこっちに来るな、と必死に逃げている。逃げている本人達は必死なのだろうが、見物している側から見れば、なんとも緊張感の無い光景だった。他人事な景色、と言ってもいい。
しばらくすると強盗達が散り散りになって公園から逃げていく。オートバイも公園の外に出て行き、後には結局得たものも失ったものもなかった2人が取り残された。
「なんだったんだろ、今の」 時計台を見ると11時を回っていた。 「てか金もオートバイの人に持ってかれちゃったし。どうしよ」
「取り戻すのよ」 月ちゃんが静かに言った。
「どうやって?」
「あのバイクの男、ちょっと見覚えあるわ」 彼女の目が鋭くなった。
「えっ?だ、誰なの?」
「もしかしたら、ってほどの自信しかないんだけど」 月ちゃんはちょっとの間、俯いて考え込んでいたが、やがて顔を上げ 「とりあえず今からある所に行ってほしいの」 と言ってきた。
僕はわけもわからず、わかった、と答える。今は月ちゃんに任せるしかない、と直感で思った。 「弱そうな」 僕にできる事は車の運転くらいだと、胸を張って自覚する。
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