どうする?〜意外と近くの犯罪者〜(6/13)縦書き表示RDF


運命の日の朝。
どうする?〜意外と近くの犯罪者〜
作:曲幸



I部 6「決戦前デート!?」





 目覚まし時計を見ると朝の9時を過ぎていた。大学に行く時間もとっくに過ぎているが、気にしない。はなから行く気などないのだ。
 今日は家で閉じこもって過ごそう。そう決めていた。芹沢教授に会いたくないというのが最大の理由だ。なんせその教授と今日の夜、もしかしたら銀行の金を巡って取っ組み合いになるかもしれないのだ。いや、取っ組み合いで済むならいいほうかもしれない。拳銃を取り出したらそれは最悪の展開だ。
 だらだらと体を起こし、着替えをし、冷蔵庫からパンを取り出し、それをむさぼる。やっぱり昨日の競馬の配当金、少し欲しかったなぁ、と今更ながらに金銭欲が沸いてきた。あんな幸運、二度と無いに違いない。おそらく神様は僕の全ての運をあれにつぎ込んでしまったのだ。そしてその恵みを僕は姉という泥沼に捨てた。二度と浮き上がってこない底無しの沼に。
 呼び鈴が鳴った。こんな時間に一体誰なのか、訪問販売にしてはいささか時間がずれている。大抵は部屋にいる可能性が高い夜に来るはずだ。テレビの受信料の取立てにしても同じだ。そうすると、高原だろうか。ありえないこともないが、今頃は学校の机で寝息を立てている可能性のほうが高い。
 そんなこんなの予測を立てながら玄関へ向かい、覗き穴に目を近づける。真っ暗だった。何も見えない。一旦目を離し、もう一度近づけてみる。やはり真っ暗闇なままだ。
 ドアがノックされる。そして「いないの?」 の声。月海さんだ。急いでドアを開ける。
 「ああ、おはよう」
 「やっぱりいた。未南美さんの言う通りだったわ」 そう言うと、ふふふっと笑った。「ミーちゃん」 ではなく「未南美さん」 と言った。
 「姉ちゃんの言う通りって? それと覗き穴が真っ暗で何にも見えなかったんだけど」 朝一番の疑問を口にする。
 「それはね」 彼女が外のドアの覗き穴を手で覆った。 「こういうわけ」
 「姉ちゃんの言う通りっていうのは」
 「『あいつは今日に限っては芹沢に会いたくないだろうから多分部屋で寝てるわ』 って」
 「あ、そう」 僕の行動はそんなにわかりやすいのだろうか、と若干へこんだ。
 「卓ちゃん今日暇?」 月海さんが聞いてくる。僕は『卓ちゃん』 と呼ばれたことに違和感を感じるも、そうだね、と普通に返した。
 「昼間のうちに夜の準備しない? フェイスマスクとか買ってないなら一緒に行こ。私も防犯グッズとか買うから」
 「えっ、月海さんと?」
 「駄目?」 彼女の表情が曇った。
 「いや、いいけど」 女の子と二人きりというのが気になったが、それを除けば断る理由は何も無かった。実際フェイスマスクなどは買ってなかったし。
 「じゃ、決まりね、行こ」
 僕は何かに流されるような感覚に陥った。























      ど






               う






                         す








                                     る
















                   どうする?

                〜意外と近くの犯罪者〜






























                              ―――I部 6「決戦前デート!?」

 「これなんかいいんじゃない? いかにも悪人って感じで」 僕は近くのスポーツショップで半ば強引に黒のスキーのフェイスマスクをかぶせられていた。「威圧感あるわよ」
 「そ、そう?」 褒められているのかよくわからなかったが、一応話を合わせる。
 「でも何か物足りないのよね」
 「僕は別にこれでいいと思うけど」 何がいいのかさっぱりわからずに言った。
 「悪くはないんだけど、何ていうか……」 彼女がこちらをじっと見つめてくる。
 その時、彼女と目が合った。思わず月海さんの目を見入った。そうか、これが凄まじい観察眼を持つ目か。……普通の目だ。
 月海さんが少しずつ近づいてきた。心臓が高鳴るのがわかる。すると彼女の目が輝き、同時に 「わかった!」 と声を上げた。
 「な、なにが」 僕の精神が現実に引き戻される。
 「目を隠さないと駄目よ! サングラスでも探しに行こっか? あ、でもこんな分厚いマスクにサングラスなんてちぐはぐよね。ゴーグルにしよ。スキーのゴーグルなら多分そこら辺に置いてあるっしょ」 彼女は一気にそう言うと、背を向けて歩き出した。慌てて僕もついて行く。
 それから僕らはフェイスマスクに加え、安物のスキーゴーグル、ニット帽、軍手、月海さんはサングラス、ペッパースプレーなどを次々とかごに入れた。かごの中味が増えるにつれて僕は不安になってきた。誰がお金を払うのか? 少なくとも僕はそんなに今持ってないんだけど。そう言うべきかどうか迷っていた。
 「このくらいかな」 僕の不安をよそに月海さんは満足そうに言った。
 「あ、あのさ、ちょっと言いづらいんだけど」 ついに言う時が来た、と腹をくくる。「僕、今日そんなにお金持ってないんだ。だ、だからなんていうの、ちょっと貸して欲しいっていうか」
 「それなら大丈夫よ」 そう言うと彼女は持っていたバックから財布を取り出し、そのお札入れから厚さ1センチはある札束をチラッと僕に向けた。
 「な、なにそのお金」 見たところ3,40万はあった。
 「未南美さんがこれで少しは準備整えろって。多分、昨日の競馬の配当金だと思うわ」 月海さんは驚く僕を見て、「でもこれはまだほんの一部だと思うわよ」 と付け加えた。
 「後で返せ、とか言ってくるんじゃないだろうなぁ」 これは元々僕が稼いだ金だから返すなんてありえないじゃないか。そんな理屈が通用するとは思えなかった。「その稼いだ金をあんたはあたしに譲ったんだから、これはあたしのものよ」 そんなことを言い出す姉が想像できた。
 「その時はその時よ」
 「その時が決して来ないことを祈るよ」




                *****




 「それじゃ、帰ろうか」 レンタカーの運転席に座り、シートベルトを締める。
 「え、もう?」 助手席の月海さんが驚く。
 「だってもう買うものは買ったしさ」 あとは夜を待つばかりだと思っていた。
 「もうちょっとどこかに寄らない?」 彼女が悪戯っぽい笑みを浮かべている。 「未南美さんからもらったお金もまだたっぷりあるし」
 「そのお金って本当に”もらった”お金なの?」
 「少なくとも私はそう認識しております」 月海さんは政治家のような言い回しで答えた。「何も問題はないものと存じております」
 「でもさあ」
 僕はしばらく躊躇していたが、彼女が「ねえ、行こうよ」と、余りにしつこく言い寄ってくるので、しかたなく「どこに行きたいの?」 と聞いてしまった。彼女はありがと、と礼を言い、某大手デパートの名前を口にした。
 「あのさ、わたしのこと伏屋さんと同じ『月ちゃん』 にして。『月海さん』 とか堅苦しいから」
 「そういえば何で伏屋さんはそのままなの?」
 「あの人あんまり好きじゃないの。ノリが良すぎっていうか」
 「あ、そう……」
 車のエンジンを掛け、アクセルをゆっくりと踏み込んだ。また何かに流されている感覚に陥ったが、気にしないことにする。伏屋さんと月ちゃんのノリの強さなど知ったことではない。




                 *****




 結局僕は1日中、荷物持ちで月ちゃんの買い物に付き合わされた。「本当に今日はありがとね」 彼女が礼を言ってくる。
 「まだこれから大仕事が残ってるよ」 前方の信号を確認する。赤だった。夕日の反射で見づらい。
 「そういえばさ、私昨日芹沢についてちょっと調べたんだけど、なんかすごい借金あるみたい」
 「それ本当?」 そう言いながら、教授が自分に借金したことを思い出した。
 「多分ね。あとその教授、大学で結構重要な研究やってるって聞いたけど」
 「ロボットの研究だよ」 東北マテリアル大学の威信をかけた壮大なプロジェクトらしいよ、と説明する。
 「なんかその研究にも問題があるみたいよ」
 「問題って?」
 「聞いた話だと資金不足、とか」 月ちゃんが神妙な顔で言った。「銀行強盗する理由なんていくらでも出てきそう」
 「そんな」 尊敬している立場から見れば喜ばしいことではない。高原あたりはおそらくどうでも
いい、と言うかもしれないが。
 「なんでそこまで芹沢に肩入れするの?」 月ちゃんが前を見る。 「青だよ」
 「高校の時ロボットコンテストで優勝して」 アクセルを踏みこむ。 「それを見てた芹沢教授にウチの大学に来ないか、って誘われて」
 「すごいわね」
 「教授の誘いがあったから、なかなかの大学に入れたんだ。そのおかげか芹沢教授以外の講義にはついていけてないけど」
 「そ、そうなんだ」月ちゃんが複雑な声を出した。 「じゃ、この借金の事実はショック?」
 「かなり」 僕が答えると、月ちゃんがそう、と頷く。
 「あのね、実を言うとまだあるの」 彼女がこの日一番の真剣な顔になった。「その芹沢が大学を解雇されたらしいの」
 その言葉に僕の頭は真っ白になる。慌てて車を路肩に寄せ、彼女を凝視した。 「そ、それ本当?」
 すると彼女は無邪気な顔で笑いかけてきた。 「嘘に決まってるじゃない」
 「な、なんだよ、もう」 僕は窓から天を仰いだ。 「びっくりした」
 「卓ちゃんって裏がないね」
 「どうせ騙されやすい人間だよ」 右を確認し、アクセルを思い切り踏んだ。車のエンジンが大きく唸る。
 「裏がないのと騙されやすいのはイコールじゃないわよ」
 僕はどう答えていいのかわからなかったので沈黙を決め込んだ。すると月ちゃんが 「私、未南美さんとこでバイトやる前、何してたと思う?」 と切り出してきた。
 「何だろう、学生?」 とりあえず無難な答えを口にする。学生を謳歌する無邪気な月ちゃんの姿は容易に想像できた。
 「半分だけ正解かな。私はね」 月ちゃんが助手席のサイドミラーを見やる。 「ひきこもりだったの」
 「ひきこもり……?」 意外な単語が飛び出し、僕は戸惑う。
 「はじめは私も大学通ってたんだけど、ほら私って人のいろいろなとこ見ちゃう癖あるでしょ。だからその人の汚い部分なんかも見えちゃって、大学で友達もそれなりにできたけど、そういうのでちょっと人間不信になっちゃって……」
 「んじゃ何で姉ちゃんのとこに」
 「だってこういう特技は探偵とか警察だとかなり役に立ちそうじゃない?」 確かにそうかもね、と僕は思ったことを口にした。人の観察は探偵の基本だと、なんかの本に書いてあったような気がする。
 「んじゃ将来は探偵?」 冗談半分で聞いてみる。
 「まだわかんないわよ。だけど」 月ちゃんは何かを思い浮かべるように言った。 「悪くはないかもね」
 結構乗り気? と突っ込んでみた。馬券師もいいかも、とはぐらかされる。




                  *****



 2階建てのアパートの前まで来た。月ちゃんが住んでいるところだという。アパートを支えているのだろう、か細い鉄柱が何とも頼りない。
 「じゃ、また夜にね」 両手に持ちきれないほど大量の袋を持ち、月ちゃんは手を振る。
 「時間になったらここに来るから」 そう言うとアクセルを踏み、車を走らせた。
 バックミラーを見ると、月ちゃんがまだ手を振っていた。



 それにしても、とても決戦前とは思えない時間だったな、と僕は思った。まさか女の子と二人きりで買い物なんて、生まれて初めてだった。しかし、と僕はゆるんだ顔を引き締める。問題はこの後だ。今日の夜をどうやって乗り切るか。それを考えた途端、不安が雪崩のように押し寄せてきた。頭を左右に振り、それをどかす。家で悶々と過ごさなくてよかったかも、とポジティブ思考を引っ張りだす僕がいた。


月海さん、改め月ちゃんは無邪気ながらも何を考えているのか、私もわかりません。黒木に本当に気があるのか、それとも手玉に取ろうとしてるだけ? いずれにしても長い目で見てやってください。











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