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どうする?〜意外と近くの犯罪者〜
作:曲幸



I部 3「大学生は見た」


 僕は去年買ったばかりの自転車に乗り、通りを走っていた。空は灰色、風は冷たく、車の排気ガスが空気を支配する。
 12時55分。部屋を出てから5分ほど経っていた。1時にはぎりぎり間に合うだろう。両太腿と二の腕に力が込もる。
 あの本を読んでから、僕の考えは180度変わった。どうやら僕は影響されやすい性格らしい。
 『恐れからワクワクへ』。確か姉からもらったものだったが、全く読んでいなかった。何かにすがるような思いで目次を見ると、『恐怖に打ち勝つことはない、受け流せばいいのだ』 『死は終わりではなく始まりだ』 などの項目が並んでいた。その中で一つ気になるものがあった。『恐怖を楽しめ』。ページを開き、パラパラと読んでみた。
 怖いもの見たさの精神が大事だ、と伝えたかったのだろう。お化け屋敷やジェットコースターの例を挙げて理屈とも屁理屈とも取れる説明がつらつらと書かれていた。お化け屋敷やジェットコースターと僕の今の状況はかなり次元が違うように感じたが、それでも僕の恐れがワクワクに変わるには十分だった。
 そして、僕はもしかしたら、と思った。もしかしたら、姉ちゃんはこれを読んで刑事になるのを志したのかな、とふと思った。人間の怖さ、恐ろしさを知るには刑事という職業は適しているような気がした。しかし、奔放な性格の姉の辞書に『正義』 とか『使命』 という言葉はおそらくないだろうし、だから姉が警察学校に行く、と言い出した時は家族の誰もが驚いた。
 その時、僕は中学生だっただろうか。将来の進路についてはまだほとんど興味がなかった頃だ。刑事になることの大変さも理解しきれていなかった頃だ。もちろん親のほうは理解していて、それなりに反対もしていたが、ただ最後には賛成も反対もしない、という投げやりな結論に辿り着き姉を送り出した。それから数年後に刑事を辞めることを知る由もなく。探偵に職を移すことを知る由もなく。
































             ど         う        す        る





































                       どうする?

                  〜意外と近くの犯罪者〜






 















                            ―――I部 3「大学生は見た」

 銀行の駐輪場に辿り着く。駐車場には車が十数台止まっている。銀行の建物を見やる。白のコンクリートの壁が城塞のように見えた。
 気楽に、行け。僕の中のわずかなポジティブ思考が後押しする。

 中に入るとATMコーナーが出迎えていた。4,5台の機械があり、その1台あたり2,3人程、人が並んでいる。そういや今月のバイト代入ったかな、と気になったが、その考えを押し殺し総合カウンターのフロアへ足を進めた。
 自動ドアが開くと、中の熱気が吹き込んできた。左のカウンターでは職員が手元の用紙を指差し、必死に説明し、客も必死に理解しようとしているが、どこかで食い違いが起きるのだろう、頭を掻いたり作り笑いをしている。カウンターの奥では職員がせわしなくキーボードの手を動かし、書類片手に動き回っている。
 まるで今の日本の縮図を表しているような店内だ。「のんびり」 という言葉はおそらくこの店内には存在しないのだろう。昨日見た空を思い出す。飛行機が入り込む余地など全く無いな、と苦笑いする。自動車や新幹線よりずっと速いはずなのに。
 壁際のソファーに座る。腕時計を見ると、ちょうど一時だった。周りを見る。相変わらず行員はあわただしく動いている。いつもどおりの銀行の風景。特に何も面白味はなかった。
 もう少し待とう、と思ったが、眠気が襲ってきた。大学の講義中に来るはずだった眠気だろう。仕方なく顔を下に向け、目を閉じる。



                 *****



 「順番券取ってないでしょ?」
 ちょうど目を閉じていたところに声をかけられ、僕ははっとした。目の前に20歳前後の女性が立っていた。上はチュニック、下はスキニーという格好だ。
 「あ、いえ、いいんです」 僕のまどろみにノック無しで入ってきた侵入者に、眠気が退散する。「特に用もないんで」
 「用もないのに来たの」 彼女がふふっと笑う。肩にかかった黒髪が揺れる。
 「というか見てたんですか、僕の行動を」 順番券は確かに取っていなかった。
 「見てたわよ。というかここにいる人全員の行動を観察してたけどね」
 「何で?」
 「なんとなくよ。癖なの、私の」 彼女は苦笑いした。それから「自転車で来たの?」と聞いてきた。
 「そうだけど、君、外にいたっけ?」
 「いや、手の平に自転車のハンドルのような跡があったから」
 すぐさま、自分の手を見る。くっきりとハンドルの凹凸の跡が入っていた。
 「君は一体……」
 その時怒号が響いた。「動くな!」
 僕の体が一瞬小刻みに震えた。男がカウンターの職員に銃らしきものを向けている。カウンターの奥でも一人の男が拳銃を頼りに行員を追い払っている。銀行強盗だ。
 周りはパニック状態だった。少しでもこの狂人たちから離れようと全員必死だった。しかし、どん、という銃声と「静かにしろ!」 の一喝でしん、と静まり返り、客の体が凍りついた。
 銃声と一喝の主は左の出入り口付近にいた。顔をサングラスとマスクで覆い、黒のスーツ姿。銀行強盗の一人だろう。ちらっとカウンターに目を向けると、残りの二人が支店長らしき人物を脅していた。観念したのか支店長が2人にカードを手渡した。
 コツッ、コツッと足音が響いた。一喝の主が客に銃を向けたままカウンターに近づく。無造作な黒髪がゆらゆらと揺れた。
 それを見て、僕は妙な感覚になった。一喝の主を前にどこかで見たことがあるような気がする。
 「おとなしくしていれば何も危害は与えません」 一喝の主が客に呼びかけた。低いが、迫力のある、渋い声。
 しばらく札束を詰めていた二人がアタッシュケースを閉めて、三人は出口に駆けていく。呆然とした客と行員を後に残して。
 「怖かったぁ、今の。強盗よね」 突っ立っていた彼女が物珍しそうにひそひそ声で言ってきた。
 周りも少しずつ騒がしくなってきた。恐怖や興奮している客が顔をあわせ、囁きあっている。
 「僕はこれで」 消え入るような声で挨拶すると、僕はソファーから腰を上げ、出口へ急ぐ。
 ATMコーナーを抜け、外に出る。辺りを見回したが、強盗の姿はどこにもない。


 見間違いであってほしい。しかし、見間違いだと感じたときは大抵が見間違いではないことはすでに証明済みだった。


 あの一喝の主は芹沢教授しかありえない。


気楽に読んでくださると幸いです。もちろん、そうでなくても歓迎です。











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