II部 3「牙:誘惑:自転」
―――II部 3「牙:誘惑:自転」
私は暗い中に月明かりが差し込む仙台駅内を歩いていた。どの路線も終電が過ぎており、一般人は中に入れない。バッグから携帯を取り出し、時計を見ると、0時を過ぎていた。
構内の真っ暗なショッピングモールを歩いていると、1軒の喫茶店の明かりがはっきりと点いていた。ガラス越しに中を確認すると、小さめの丸テーブルに男が座っていた。金髪で耳にピアスをはめており、バスケ選手並みに背が高い。私と同じくらい、20代の真ん中か、と想像する。服装を見ると今時の若者、といった風貌だった。ガラスドアを引き、中へ入る。
「お、来たなサラ。こっち来いよ」
中に入ると金髪男が自分の席に手招きした。それに応じ、私は対面に腰掛ける。
「悪いな、こんな時間に。てか寒くないのか、そんなスカートでよ」 男が私の下半身をチラッと見てから、謝罪と質問を一遍に口にした。裏の企みが見え隠れするようだった。
「それは寒いですけど、私はスーツにスカートが一番しっくりくるんです。城本さんは着ないんですか、背広とか」 私も質問を返した。
「いや、俺の外見にそういうのは合わねえだろ。第一、こういう業界じゃあんまりそういうのは重視されねえからなぁ」
「こんな深夜に駅内の店を使えるのもこういう業界のおかげですか?」 答えは何となく予想がついたが、あえて聞いてみる。
「業界の力っていうより、釜田さんのおかげっていったほうがいいかもな。今やここら辺の店や企業は皆、釜田さんの言いなりだし」
何がそうさせているのかまではわからなかったが、やはり、と思わせる回答だった。釜田が装備しているものの1つが、権力だ。闇金をはじめとして、さまざまな分野に進出している釜田には、とても似合っているファッションだった。
「それで話は何でしょうか」
「仕事だよ、仕事。やったな、サラ。まだウチに来て間もないのに、トップ直々からの仕事なんだよ。釜田さん直々の。そんだけ信用されてるってことだな」 釜田の補佐のような立場にある城本が自分の上司のことを 「トップ」 と言うのはどこか使い方が間違っているような気がして内心笑ってしまった。 「ま、そういうわけでコレ」
城本がテーブルに1枚の写真を置いた。1人の男が自転車に乗っている。ボサボサの長髪はあまり清潔感は感じなかったが、それを補うほどの透き通った顔立ちをしていた。
「その写真の奴を日常的に監視してほしいんだよ。もともとそいつを監視してた奴はいたんだけど、都合上できなくなっちまって。それでサラに回ってきたわけだ」
「誰でしょうか」
「高原祐樹。東北マテ大の学生で、最近ウチに入ってきて結構深入りしてる奴なんだよ、親の借金かなんかで。なかなか返せないからどんどんウチの深みにはまっていってさ、ついに釜田さんの目に止まるほどになっちまった。確か今日はデビュー戦だったかな?」
「デビュー戦?」
「強盗。つってもコンビニ強盗だけどな。自分の金は自分が盗ってきた金で返せってことだろうな」
借金に困って犯罪を犯す人間は腐るほど世の中にいる。高原祐樹もその1人なのだろう。
「高原祐樹の資料はこれに入ってるからよ」 城本が大きめの茶封筒を手渡してくる。 「早速明日から、いや正確には今日からか、0時過ぎてるし。監視、頼んだよ。ま、何かマズイ事になったら遠慮なく電話してよ」 そう言うと、番号が書いてある紙の切れ端を渡してきた。
「どうしてこの男を監視するんですか? 高々そこら辺にいる大学生のようにしか見えませんが」 もっと言えばウチのような、堅気じゃない所と関わっているとは思えなかった。
「普通の人間だからこそ監視するんだよ。下手に警察に行かれても困るしな。あぁ、コイツの行動は逐一書いといてな、次に会うときに奴に報告してプレッシャーかけるからよ。お前のことは全部お見通しだ、ってな」 城本が曖昧に笑う。 「って言いたいとこだけど、実を言うと俺もよくわかんねえんだ。釜田さんの指示でやってるだけでさ。本当は大学生活なんてさせないで、搾り取れるだけ搾りたいんだけどよ」
「それがウチの、『赤牙』のやり方ですか」
「赤牙かあ。俺は『レッドファング』って呼び方のほうが好きだな。なんか格好いいだろ」 城本がうっとりしている。
「何ですか、レッドファングって」 水を差すのを承知で聞いてみる。
「何ですか、じゃないだろ。赤牙の別名だろうが」
「初耳ですが」 赤牙と呼ぶ以外は聞いたことがなかった。 「もしかして城本さんが勝手にそう呼んでるだけじゃないんですか」
「うるせえな、そういうサラはどうなんだ? 『サラ』 なんて名乗ってるくせに、思いっきり日本人じゃねえか。そんな青い髪に染めたところで俺は騙されねえぞ」 城本が私の頭を指差した。
「別に騙してるつもりはないですよ。周りが勝手に騙されるだけです」 もっと言えば、あなたもその1人です、と言いたかった。
「騙してんじゃねえか! この外人もどきが。 どうせ 『サラ』 ってのも本名じゃねえんだろ?」
「でもなんか格好いいじゃないですか」
「『レッドファング』 も格好いいだろ」
「そうですか? 結局 『赤牙』 を英語にしただけじゃないですか」
「ああ、そうですなぁ」 城本が風船の空気が抜けたような声で言った。
*****
「それでは私はこれで失礼します」
「あ、ちょっと待ってよ」 城本が懐から鍵を取り出した。にやけた顔に変わる。不純な笑顔だ。 「部屋取ってあるんだ、すぐ近くだから、ちょっとだけ」
「今日はもうこれで失礼します」 私は威嚇の笑顔を投げつけ、席を立った。なるほど、こういう男か、と軽蔑の感情も沸いてくる。いろんな意味で男らしい男だ。
この鈍感な男は私の拒否反応には全く気づかず、「照れなくていいよ」 などと言い、私の肩や腰をいやらしく擦ってくる。おそらく、そのいやらしさにクラっと来る女もいるのだろうが、少なくとも私は違うらしい。
「どうせ私は外人もどきですので」
「外人もどきは大歓迎だ」
「朝も早いので」
「朝まで時間はたっぷりだ」
「地球の自転速度を遅くできたら考えますけど」
「ニュートンに頼んでみるか」
「万有引力じゃどうにもなりません」
苦笑しながら城本の腕を振りほどくと、足早に店を出た。
相も変わらず、駅内は暗かった。窓から漏れる僅かな月明かりを頼りに出口へ歩く。
外へ出ると、満月が私を迎えてくれた。目が覚めるほどに神秘的で何より大きい。いつまでも見ていたかった。いっそのこと地球の自転なんて止まればいいのに、と思う。でも、この世にはどうにもできないことがある。地球の自転を止めることができないように、自分の過去の愚かさを棚上げにはできない。
地球の自転が止まっても、月の公転のおかげで、いつまでも月が見れるわけがないことに気づいた。
|