ケータイ小説家の消失
反ケータイ小説的な
「ケータイ小説家の消失」
私はシオリ、どこにでもいるフツーの女子高生だ。最近の流行はケータイ小説、毎日読んでる。でも私の住んでいる所は雪ばっかり降る片田舎なので小説みたいなことは起きない。もう嫌になってしまう。
その日もいつもの様に授業中にケータイ出して読んでたら
「そんな大量生産品によく飽きないね」
って隣の席のモトヤが言ってきた。モトヤは本屋って名前を書く通り本ばかり読んでて本には煩い。私は顔を向けてくるモトヤをしっしっと手で追い払った。こいつは幼馴染なので馴れ馴れしいのだ。モトヤはやれやれって仕草をすると自分の読みかけの本に目を戻した。表紙をチラリと見ると「失われた時を求めて」とあった。実につまらなそうな本だ。ケータイに目を戻すと画面の一点に目が留まった。
えーっ
思わず声が出てしまい周りの視線が集まる。慌てて教科書を読んでるふりをしたけど頭の中にはさっきの画面が焼きついている。なんと、なんと、私の大好きなケータイ小説家、Oshi先生の講演会先にこの県が入っていたのだ。これは絶対に会いに行かないといけない。
その後は一日中その事を考えていたせいで得意の体育も今一つな感じだった。万年見学のモトヤが偉そうに
「運動神経が焼き切れたお前はゴムの切れたパンツみたいなもんだ」
なんて言うから顔面が変形するまで引っ叩いてやった、ビビビっと。
ついに当日が来た。この日の為に準備しておいた色紙とOshi先生の本全部を全部カバンに詰め込むと急いで家を出る。私は、今日先生に会ったら尋ねようと思っている事があった。現在絶賛連載中の「NEET LOVE」がこれからどうなって行くのか教えてもらうのだ。前回の更新では家出少女が、寂しそうな雰囲気のホストと同棲する山場まで行っていた。早く続きが読みたいから更新はまだかと毎時間サイトをチェックしてしまうほどだ。そこで、直接会って最終回まで特別に教えてもらうのだ。日が暮れ始める中を最寄り駅まで走って行き電車に飛び乗る。先生は町の中心にあるホテルに泊まっているとオフィシャルのブログに書いてあった。明日の午前にサイン会があって、終わったら東京に帰ってしまうので今日しかチャンスが無いのだ。目的の駅に着くと駆け足で改札を抜けてホテルの前まで来た。
「よーし」
私は気合を入れるとホテルのフロントに突撃して行った。
困った
先生がどの部屋に泊まっているか知らないではないか。係りの人に尋ねても教えてくれそうにないし。どうしよう。
取り敢えずフロントのソファーに腰をかけて出入り口を見張ることにした。ホテルの人がジロジロと見てくるが気にしない。こーゆーのは堂々としている方が目立たないのだ。何度目かのあくびを噛み殺した頃に慌てた様子のオヤジが飛び込んできた。何となく知ってる顔な気がする。たしか前にテレビでやってた「人気作家Oshiを語る」って特別番組に出ていた担当編集者だ。カリスマホストだったOshiの才能を見出してデビューさせたと紹介されていたのを思い出す。
そうだ、あいつの後を付ければ
私はピンと来た。
何気ない素振りでオヤジの様子を探るとエレベーターに乗り込んでいく。扉が閉まってから階数表示を見ていると7階で止まった。それ以上は上がらない事を確かめると私は急いで階段を駆け上りだす。各階ごとに鉄製の防火扉を挟んで通じている。緊急時には避難経路として使われるのだろう。なんだか前に遊んだことがある、主人公が爬虫類の名前のゲームに入り込んだ感じがする。そんな事を考えながら駆け上がり目的の階に到着した。重い扉を押して中に入るが、もうオヤジは部屋に入ってしまったらしく通路に姿はない。
どうしたものかと通路をブラブラしていたら、直ぐに奥の部屋からオヤジが出てきた。さも別の部屋に泊まっているかの様にすれ違ったが多少、奇異の目で見られた。だが何とかやり過ごせたらしくオヤジはそのままエスカレーターに乗ると降りていった。5分程完全に人の気配が無くなったのを確認してから部屋に近づいていく。
緊張で高鳴る胸の音がホテル中に響いていそうな気がする。さっきのオヤジが出てきた部屋はしっかりと記憶している。その扉の前まで進むと足を止めた。部屋番号は「04」刻まれている。この扉の奥でOshi先生が執筆しているのだ、そう思うだけで感激してしまう。言おうと思っていた事を確認しようとケータイで先生のサイトを確認してみる。
はっ
驚きで声が出そうになってしまった。更新されているではないか。前に、TVで先生は「書き終わり次第すぐにサイトにアップするよ、待ってくれているファンのためにね」と言っていた。つまり、たった今、先生は書き終わったところなのだ。何よりもその証拠に更新時刻が5秒前になっている。
更新分を読み終わった頃には多少の時間が経過していた。なんと、ホストが唐突に姿を消すという展開だった。こんなに良い場面で待たされるなんて堪ったもんじゃない。私は続きを知るべく眼前の扉を叩いた。
返事が無かったので扉を叩き続ける。しかし無反応が返ってくるばかりだ。不信感に襲われながらドアノブを捻ってみた。
開いた。
悪いなーと思いながら中を覗いてみる。不思議なことに明かりが付いておらず薄暗かった。
「入りますよー」
呼びかけながら足を踏み入れる。入り口の辺りをガサゴソ探るとスイッチを見つけたので付けた。一気に明るくなった部屋に目が慣れ始める。見回して分かったが、そこは酷く殺風景だった。私がそれまで想像していたような作家さんの部屋とはまるで違う。食べ物は散らかってないし、原稿用紙も落ちていない、と言うか何も無かった。たった一つの例外として、部屋の中央に置かれたテーブル上でノートパソコンが低い唸りを上げている。画面にはさっき読んだばかりの文章が表示されていた。良くないとは思ったがマウスを握って弄くってみる。文章ファイルの更新時刻は先程の更新時刻と完全に同じだった。一通り室内を回ってみる、風呂場からトイレまで。どの窓もロックされており出入りした様子は無い。しかしその何処にも先生はいなかった。
頭が混乱する、一体全体何が起こっているというのだろう。もう一度詳しく室内を探してみる。今度はクローゼットからベッドの下まで、人間が隠れられそうな場所は全て覗いて見た。だが、先生どころかその靴下すら見つけることは出来なかった。
そして私は気付いてしまったのだ、先程調べたベッドに微塵もシワがよっていない事に。先生がまだ寝ていないから、と言えばそれまでなのだが何だか先生は幽霊なのじゃないかって気がしてきた。
そのまま呆然と立ち尽くした。正気に戻って時計を見ると部屋に入ってから既に30分以上が経過している。思案に暮れていると少し開けておいたドアの方から音が聞こえてきた。
これはエレベーターが近づいてくる音だ
これ以上この部屋に留まる事は危険すぎる、そう判断した私は駆け足でこの薄気味悪い部屋の出口に向かう。あんまりに急いだもので躓いて転んでしまった。それはまるで幽霊に足を引っ張られたような薄気味悪さを感じた。
チン、という音がしてエレベーターの扉が開き始めるのと私が階段に通じる扉を開くのは同時だった。一瞬振り返ると口を大きく開けたエレベーターからさっきのオヤジと屈強な男が降りてくるところだった。マッチョの方はどう見てもカタギじゃない。
心臓が止まる程の轟音を立てて防火扉が閉まる。忌々しい。これで向こうの二人組にも気付かれたのは間違いない。だってその証拠にけたたましい足音が近づいてくるのだから。
早く早くと気が急くのに歩みは遅々として進まない。漸く1階に着いた時にはすぐ背中の後ろにまでマッチョが肉薄していた。その伸ばしてきた腕を鋼鉄の扉で思いっきり挟んでやる。扉の向こうで声にならない悪態が付かれるのが聞こえた。
フロント中の人間の目が集まるのを気にせずそのままホテルから飛び出した。
ただひたすら遠くへ
ネオンが灯る町並みに目もくれず停車していたタクシーに飛び乗った。驚く運転手に手短に目的地を告げ発進させる。車が動き始めた頃、バックミラー越しに息を切らした例の2人組が追跡を止めるのが見えた。
一先ず安心だが、油断をしてはいけない。後々このタクシーの運ちゃんが私の行き先について口を割らないとも限らないのだ。咄嗟の機転で目的地にしておいた町外れで車に降りると、そのまま別の流しのタクシーを待った。やっと捕まえた一台に乗ると自宅の場所を告げる。この時になって、遂に緊張の糸が切れてウトウトとまどろんだ。家が見えた時には泣きそうになった。門限破りをおかーさんに怒られた時には本当に泣いた。
翌日、不安と緊張で熟睡出来なかったせいで腫れぼったい目を擦りながらリビングに下りていった。昨晩以降、Oshiのサイトが更新されないのも不安に拍車を駆けた。テーブルの上にはハムエッグが置いてある。そういえば昨晩から何も食べていない事を思い出してむしゃむしゃと口に詰め込む。昨夜は叱りすぎたと思ったのかおかーさんが何かと話しかけてきた。でも、頭の中はモヤモヤしていて生返事しか出来ない。この流れを嫌がったのか、おかーさんがTVを付けた。何時も見ている地元放送局にチャンネルを合わせる。丁度ニュースが始まった。
それ以上、何も食べられなくなった。
その日、安っぽいローカルなスタジオに招かれたのはOshiだった。
それを見たおかーさんが私に話題を振ってくるが何も答えることが出来ない。
司会者の紹介に続いてOshiが語り出した。
「昨日ね、僕の部屋に誰かが入りこんだんですよ」
「へー、それは怖いですね」
「僕は丁度執筆が終わってベッドで寝てたんで気付かなかったんですけど、とんでもない事をしてくれましたよ。もう二度とやらないで欲しいですね。」
呑気に受け答える司会者の声を聞きながらみるみる私の顔が青ざめるのが分かった。おかーさんが心配そうに呼びかけるが耳に入らない。
こんな時に頼れるのは一人しかいない
バスから降りると風が吹き付けてくる。バス停の周りには突風を遮るような物は何も無いから。少し進むと巨大な団地の死骸が見えてくる。昔、ここら辺には大きな工場があってそこで働いている人と家族が住んでいたそうだ。でも私が小学生の頃にはもう誰も住んでいなかった。モトヤ以外は。
小さい頃に色んな人に尋ねた事がある、どうしてモトヤは一人で暮らしているのかと。ただ、その質問に答えが返ってきた事は無かった。全員が気まずそうに「あの子は特別なんだよ」と繰り返すばかりだった。
真っ直ぐにアイツの暮らしている棟を目指して歩く。そそり立つ壁の直前まで来たところで直角に曲がる。そしてそのまま向かい側にある公園へ入った。
錆付いた滑り台の隣にソフトクリームの上半分みたいな形状をした大きなモニュメントがある、そこがモトヤの部屋だ。アイツは団地の部屋全部を好き勝手に書庫として使っているが、特にこの場所で本を読むのが好きなので日中はずっとここに居る。
入り口にある自分で取り付けたという無駄に豪華な扉を拳骨で叩く。内側からはくぐもった音楽が洩れてくる。暫くするとモトヤが顔を出した。
「学校はどうした」
「アンタこそ」
まずは憎まれ口を叩き合う。コイツは基本的に月火しか学校に来ない駄目人間だ。週休5日制を公言している。
入れと言われなくても中に上がりこむ。相変わらず訳の分からない書物で地層が出来ている。その上に巨大なコンポとタワー型のパソコンが数台置かれてる。
「さっきまで何聞いてたのさ」
思い出して聞いてみる
「ブラーのパークライフ」
いいアルバムだ
勝手に本を移動して座る場所を確保する。そして昨夜の全てを語った。
全部を聞き終えるとモトヤが大きく肯いた。
「なるほどね」
コイツの良い所は、どんな話でも何時だって真面目に聞いてくれる所だ。
「最初はオヤジ、編集者ね、が他所の場所でOshiが書き上げた原稿を持ち込んでいたのかと考えたのよ」
「でもパソコンにあったファイルの更新時刻はオヤジが部屋を出てから少し時間が経っていたの」
「デジタルだからタイムラグもまず無いでしょ、部屋のパソコンの時刻も私のケータイと同じだったし」
「つまりオヤジが出た後に、部屋の中で誰かが書き終わってから直ぐにアップした筈なのね」
「その間はずっと入り口に立っていたのに蟻の子一匹通らなかったわ」
「となるとOshiは幽霊みたいに消えちゃった事になるのよ」
私が昨晩中悶々と考えた推理を披露しているというのにモトヤの顔をニヤニヤ笑いが広がっていく。
私が自分の意見を言い尽くした所で唐突にモトヤが口を挟んだ。
「昨日からOshiのサイト更新されて無かったりしない?」
驚いた、そこまでは話していないのに
コイツは何時だってそうだ。小学生の頃に起きた給食費の盗難事件も同じクラスだったコイツはあっさり解決した。ちなみに犯人は先生だった。他にも多くの不思議な出来事を当然のような顔をしながら解き明かしていった。
ポカンとしている私を尻目にモトヤが語り始める。
「ケータイ小説ってどれも同じ展開だと思ったことはないか」
不承不承肯いておく
「同じような舞台に、同じような登場人物、同じような筋書き、俺はこの事を不思議に思って以前調べてみたんだ」
「そしてどの程度それらの要素が被るかを独自の基準で数値化して統計を取ってみた」
「答えは99%、人間が出せる数字じゃあない」
息を呑むしかない
「俺の結論はこうだ、ケータイ小説家は存在しない。その正体は自動スクリプト生成プログラムだ」
「適当なホスト崩れを著者近影に載せてイベントにも出してるんだろ」
「お前が部屋に入った時、Oshiは居たんだよ。パソコンの中にな」
「編集者は適当な単語を入力して更新分を作らせといたんだろう、完成したら自動でアップする設定にして」
「確認に戻ってきたら消した筈の部屋の明かりが付いてるんだから驚いたろうさ、その秘密を他言しないようにお前を口止めしようと追いかけたに違いないよ」
「お前って運動神経は良いよな。って事は出るときに転んだのはパソコンのコードにでも引っかかったんだろう、その拍子にパソコンは落下して故障したって所だ、だから更新はされない」
「TVでの発言は余計なことを言うなっていうお前への警告さ」
「そして俺の予測だと9割9部そのケータイ小説はホストが病気で死んで女はそいつの餓鬼産んで終わる」
一息に言い終えるとモトヤはやれやれって仕草と共に哀れむような目でこっちを見てきた。
私は裂帛の気合を込めると唐竹割りにする勢いでその顔面を引っ叩いた。
[完]
これはもう消されるかもしれんね