到着
汽笛の音で目を覚ますと、揺れる列車の窓の外ではプロヴァンスの陽光が鮮やかな色彩の風景を描いていた。地中海の青色が木々の間に輝くのが見える。私は手を伸ばすと、がたつく窓をわずかに開けた。外の新鮮な空気に混じって、機関車の吐き出す煙と共に微かな潮風が鼻腔をかすめる。目的の駅まで、もう間もなくである。
ふと正面を見ると、私が居眠る前にはいなかった中年の紳士が、目を細めて流れる景色を見つめている。見事な口髭を蓄えたその紳士の嬉しそうな様子に、私は思わず声をかけた。
「外を見るのがお好きですか」
「ええ」紳士は薄く笑みを浮かべ答えた。「殊に、走る列車から見る景色は格別です。窓枠に区切られることで、まるで動く印象派絵画のように映る」
「この辺りはよく来られますか」重ねて私は尋ねた。
「最近来ています。商用でね」
ここで紳士は初めて窓の外から目を離し、私の方をじっと見つめた。
「私は何の商売をしているように見えますか」
「さあ……見当もつきませんが」
そう言って私は改めて紳士の様子を観察した。上品なインバネスコートを羽織り、山高帽を膝の上に乗せてゆったりと腰掛ける姿に、特徴的な点は見当たらない。口髭がもそりと動いたので、彼が笑ったことが見て取れた。
「私が扱っているのは、未来の芸術です」
「ははあ、新しい絵画の潮流でしょうか。すると画家をしてらっしゃる」
「いえ、私は画家ではない。画廊の経営者でもない。只の投資家に過ぎません。正確に言えば、その芸術は未だ生まれていないのです。しかし、生み出す可能性を秘めた機械が出現した。私は、その未来に投資をするのです」
「成程夢のような話ですね」
彼の説明がひどく曖昧なので、どうにも概要を掴みかねた。私の困惑をよそに、彼は話を続ける。
「考えて御覧なさい、紙とペンが生まれる前から、詩は常に私達と共に在りました。楽器が未だ無かった時代も、音楽はそこにありました。筆と絵の具が存在しない有史以前の時代も、我々の先祖は洞窟の壁に絵を描いていたのです。然るに、その新たな芸術は、この機械の出現によって初めて芸術の形を成すことになる。まさに、来るべき未来……二十世紀の芸術なのです。」
そう言って彼は満足そうに口を閉じた。
「興味深い。見てみたいものですね」と愛想で口にした私の言葉に、彼は
「数か月以内に巴里で披露される予定です。その際は是非御出でください」と真剣な面持ちで頷いた。
緩やかに速度を落としていた列車が鈍い音を立てて止まった。私と彼は同時に立ち上がると、棚から荷物を下ろして出口へと向かう。窓の外では、到着を待ちかねた多くの人々が蠢いている。列車のすぐそばを歩く駅員、乗り込もうと近づくパナマ帽の青年、幼子の手を引いて夫を迎える華やかな帽子の婦人……
「ほほう、さっそくやっているようだ」
彼は窓の外に目当ての人物を見つけたようだった。
「例の機械の発明者ですか」
私が尋ねると、彼は頷いて指し示した。人込みの中に、何か箱のような機械を操る二人の男が見える。
「彼らは兄弟です」
彼は未だ話し足りない様子だったが、この話に粗方興味を失っていた私は適当に相槌を打つと、彼と握手を交わして別れを告げ、一足先にラ・シオタ駅の土を踏んだ。