「ラズベリードリーム」
キッチンで鼻歌を歌いながら玉葱をみじん切りにする。
もちろんゴーグルをつけて、包丁をリズミカルに動かしていく。
バターをひいて……玉葱を飴色になるまで炒めて、炒めて……また玉葱を継ぎ足して炒めて……これはちょっぴり食感を残すため。
牛肉と豚肉を混ぜ混ぜ……フランスパンをすりおろしたものと食パンを細かくしたものを少しいれる。ほんのちょっぴりだけふくらし粉をいれて、炒めた玉葱とマッシュルームをいれて卵とフランスの岩塩を入れて、混ぜ混ぜする。
なんだか楽しい〜。
おいしくなーれ、おいしくなーれと言いながら一生懸命こねて、愛情をこめてこねるっ……よぅし……いい感じ!
おっちゃんがにんじんのグラッセが好きだから作っておこう。
それからポテトサラダ。おっちゃんは大好物で作るとあっというまになくなっちゃう。トマトの蜂蜜レモン漬けも作ろう〜。 夜遅くにお料理するのも悪くないね。集中力が高まる気がするって気のせい?
よしっ出来たぞう。おっちゃんのはラップしておく。
龍ちゃんのはいろいろ考えてお弁当にした。
ガーリックライスにパセリをふりかけてアスパラのソテーもつける。ハンバーグにかけるソースと蜂蜜トマトは別のタッパーにいれた。
“メールが来たでぇすぅ”あれっ? タラちゃんが呼んでる〜?
おっちゃんからだあ。おっちゃんは、今4店目のお店の準備で忙しい。ナニナニ? あら〜 今日は泊まりで帰れないだって……。せっかく上手に出来たのに……残念……。
わかった、頑張ってねと返信しておく。大変だなあ……お疲れ様。
あたしはお風呂に入る事にした。お風呂の中で急に心配になった。
龍ちゃんがマッシュルームが嫌いだったらどうしようからはじまって……メールが来なかったらどうしようになっていく。
そしてそんな心配をしてる自分がどうしような感じ……。はあ……。
おっちゃんの事を考えた。
おっちゃんは40歳。美容室「アトリエK」っていうお店を経営してる。
今は4店舗めの準備中。松岡恭輔ヘアメイク講座なんてのもやったり、たまーにテレビの奥様セレブへ変身! みたいなコーナーに出たりもする。
忙しくて学校の特別講師は今年で終わりにするって言ってる。
あたしはおっちゃんに拾ってもらった感じ。
やる気なさそうなのに成績がダントツのあたしに興味を持ってくれたみたい。卒業したらおっちゃんの会社に就職する予定。
おっちゃんはあたしの語学力を活かして、ハワイにお店を出したいみたい。おっちゃんは優しいし仕事も出来るいわゆるイイ男。
あたしはおっちゃんが大好きだけどおっちゃんに恋してるかと聞かれたらよくわからない……。だってものスゴク理想的な飼い主に拾われたんだもん!
おっちゃんといるとなんにも心配いらない。あたしはぬるま湯に浸かってる生活を送ってる。
おっちゃんはあたしといるとスゴク仕事のインスピレーションが湧くって言う。元気になるんだって。
おっちゃんはバツイチで子供はいない。
モテモテなのになんであたしなんかを拾ったのかは謎。若いからかなあ……。
一緒に暮らすようになって半年が経った。
ゆっくりと浸かってお風呂からあがって時計を見たら12時過ぎてた。
ドライヤーで髪をブワ〜ってやってたらタラちゃんの声でメールのお知らせがあった。ゴテって飾られた携帯を開いたら龍ちゃんからのメールが来てる!
―─ヒマだから後30分くらいであがりです
あたしは携帯をパチンと閉じた。お弁当を包んで紙袋にいれる。
眉毛だけ丁寧に書いて Tシャツとジーンズを急いで着込んだけど、鏡で何回かチェックした。さりげない感じで行かないとなあ……なんて考えながらも、かなり気持ちが弾んでる。
あたしは部屋を出て、青龍軒の方向へ歩いて行く。少しスキップ気味かもしれない。
青龍軒の近くまで行ったら龍ちゃんが見えた!
呼ぼうかと思ったら、龍ちゃんは誰かと話してる。物陰に隠れながら、よく見ると女の人が酔っ払って何か言ってる……聞こえないけど……。龍ちゃんの声もよく聞こえない。女の人は龍ちゃんよりずっと年上で派手な感じの人だけど、お水系には見えなかった。
突然、女の人が龍ちゃんに抱き付いて、あたしは反射的に回れ右をした。胸の中がヒンヤリするような感じ。
少し泣きそうな気持ちになって、あたしは早足で歩いた。どんどん早足になる。
別に龍ちゃんに彼女がいたっておかしくないし、あたしには関係ないんだけど、急に見たからビックリしただけだって思いながら、サカサカ歩いて行った。
「おーい! ベリちゃん!」
龍ちゃんが追いかけてきた。
あたしはなんでかもっと早足でサカサカ、サカサカ歩いてしまう……なんで!
これじゃ逃げてるみたい……な、なんか止められない〜。
ついに龍ちゃんは走ってきた。ただでさえ足の長さが違うんだから、簡単に追いつかれるはず……ひあ〜。
「おーい、待ってぇ」
龍ちゃんに追いつかれたから立ち止まって振り向いた。
「な、なんかお邪魔かな〜って思って……さあ……」
仕方ないからシドロモドロに話す。
「へ? 何が……ああ、さっきの見てたの?」
すごい普通に聞かれたからウンって頷いた。
「あー、酔っ払ったお客さんや。タクシー乗って帰ってった」
……でた。
たぶん龍ちゃんは鈍感な部類かもしれない。あの女の人は龍ちゃんに気がある。
女のカンでわかるっ。
龍ちゃんは呑気に「ボクのハンバーグ持って来てくれたんちゃうの?」だって。
はあ〜。結構タチ悪いなあこのタイプ。たぶん博愛主義でドンクサイんだ。女はその気になってヤキモキしても、一人飄々としてるようなタイプ。
ああ〜、絶対そう。あたしは紙袋をシブシブ差し出した。
「わ、ホンマに作ってくれたんや。嬉しいな、ありがとぉ」
子供みたいに笑ってる。絶対タチ悪い……あたしは確信した。
じゃあ、帰るねって言ったら龍ちゃんは、時間大丈夫なら一緒に食べよって言ってくれた。あたしはおっちゃんもいないし、もちろん 断れない。しかたないなあ……みたいな雰囲気を出してOKした。
コンビニに寄って、近くの人通りが少し落ち着いてる街路樹のベンチに座った。あたしにプリンと紅茶を買ってくれた。
龍ちゃんはいただきますと言ってパクパクやってる。めっちゃうまいやんっていいながら食べてる顔を、あたしは紅茶を飲みながら見てる。
きっとあたしの顔は今、ユルユルになってるに違いない……。デザートはトマトに驚きつつ、うまいを連発してくれた。
なんでこんなに嬉しいんだろうね、おいしいって食べてもらえるって。龍ちゃんだからまた特別なのかもしれないけど。
龍ちゃんはごちそうさんって手を合わせて「ほんとおいしかったわ。ありがとぉ」と言って缶コーヒーを飲み始めた。
こないだは変な事言ってごめんねと言ってみた。
「ううん、気にしてないし。あんまりいろいろ溜めないほうがええよ」
サラッと言ってくれた。
「うん。ありがと。ホントの事なんだ。あたしは弱虫だったから逃げたの」
あたしは学校の話しをした。少しだけ聞いてもらいたかったから、両親の話しもした。やっぱり少し死にたかったかもって話した。
「弱虫ちゃうやん。自分で自分の命、守り切ったんやから。それでいいやん」
龍ちゃんは笑った。
「いじめは解決するわけないんや。親も先生も守ってくれんかったんやから、そうするしかないやん」
龍ちゃんは立ち上がってあたしを見ながら「そんな奴等は腹を立てるんもバカらしいから 、痛い経験させてもうてありがとさんって笑ってるんが一番や」と笑った。
「え? なんで?」
「そんなん……暗い気持ちの時間を少なくして、笑ってる時間、増やしておくための知恵や。時間を無駄にしたらあかん」
「そっか、龍ちゃんかしこいね!」
あたしが立ち上がった瞬間、何かがポトンとあたしの肩に落ちた。
毛虫だ。
うぉわあぁ〜! 〇×※〜!
あたしは何語かわからない言葉を発して龍ちゃんによじ登った。文字通りホントに猿みたいによじ登ってしまった。
龍ちゃんは目を丸くして、虫には弱いんやなと呟いた。ほな送って行きますか、お猿さんって言うから睨んでやった。
あたしと龍ちゃんは並んで歩いた。龍ちゃんはあたしに合わせて歩いてくれている。夜中でも明るい通りを抜けてマンションの方角へ向かっていく。
今日も月が出てる。
龍ちゃんといるときはなんでか、いつもお月様が見てるなあ。
月明りに照らされた龍ちゃんの横顔が、すごく男っぽいシルエットで何回も盗み見てる……っていうか目がいっちゃうって感じかな。
野球をやってたからか痩せてるようで胸板が厚い。浅黒い指は細長いのに手の平が厚くておっきい。
「龍ちゃんの手……おっきいねー。ちょっと比べさせて」
どれどれ、あたしは自分の手を広げてくっつけてみた。ひゃあ……ほんとに笑っちゃうくらい全然違う。龍ちゃんの手の平の中にモミジ饅頭がくっついてるみたい。
龍ちゃんもほんとにチッサイなあとびっくりしてた。思わず手を繋ぎたくなったけどさすがにやめて、そのかわり腕につかまった。
龍ちゃんがなんにも言わなかったからそのまま歩いた。なんにも言わないのに楽しい。しばらくそうやって歩いた。
「そうだ 来週でバイト終わりや。来月から会社変わるから……」
龍ちゃんがふいに言った。
黙って歩くのが気まずかったのかなあ……。来週かあ、淋しいかも。ラーメン屋さんに行っても龍ちゃんには会えなくなるんだ……。あたしから会いに行くことができなくなっちゃうんだ……。龍ちゃんがあたしのバイト先に飲みに来てくれるかどうかもわかんないし。
「そっかあ。じゃ通って売り上げに貢献しなくちゃね〜」
「はは〜、ボクの時給は変わらんで。太るんちがう?」
なんだよ〜、行ったら迷惑なのかあ〜こらあ〜とは言わないけど……。もちょっと早く言ってくれてもいいじゃん。なんか急じゃない。
「なんや急にバタバタ決まって……大将にも申し訳ないなあて思ってんけど、たまたま新しいバイトの子が見つかって」
そっか、急だったんだ……それならしょうがないね。でもやっぱり寂しいなあ。
「ベリちゃんのとこ、また飲みに行ってもええ?」
「そそそんなの、もちろんだよ。いつでも来て。絶対だよ」
あたしが言う前に龍ちゃんが言ってくれた。嬉しくてドモっているあたしって……。
「ベリちゃんがいじめなんかに負けんで、ほんとに良かったって思うわ」
急にまじめな顔で龍ちゃんが言う。あたしはじっと見上げて龍ちゃんを見てた。
「ベリちゃんは外人さんも助けたし、めっちゃうまいハンバーグを作れるし、ボクを楽しくさせてくれるし……生きててくれてよかったと思うで」
ごく普通に、普通に何気なく言ってくれたんだと思うけど、そう思うんだけど……あたしは涙が出そうになるのを必死にガマンしてて、何か言葉にしたら泣きそうなので……えへへって笑って誤魔化した。
「まあ、ボクなんかが言うのもなんか……お節介かもしれんけど」
ううん、全然そんなことない。あたしは泣かないように頑張ってたから龍ちゃんにつかまったまんま、またへへえ……と笑った。
もうすぐマンションに着く。もうちょっとこうしていたいのにな。
「ベリちゃんの彼氏はすごい先生なんでしょ? 仕事できるって感じやねえ」
「ええ? ああ、うん、そそ、そうかもね。いつも忙しそうだよ」
唐突に聞かれた気がして、答えるのにつまってしまった。彼氏なんて話、するの初めてだし。急に現実に引き戻された感じ……。
「あ、もうここでダイジョウブだよ! すぐそこだしね」
あたしはパッとつかんでいた腕を離した。手の平が寒い。
「龍ちゃん、さっきありがとう。嬉しかった。そんな風に言ってくれると思わなかったから。スゴク嬉しかった。元気でた!」
龍ちゃんは少し困ったような顔で笑ってた。
「おやすみ、またラーメン食べに行くね」
「うん。待ってるわ。気ィつけてね」
あたしは手を振って龍ちゃんに背を向ける。なんでかまた涙がでそうだったから。あたしには、おっちゃんがいる。そう言い聞かせて帰る。歩いてるうちに涙がこぼれてきた。
いったいあたしはどうしちゃったんだろう。どうしたいんだろう。と、とにかく帰ろう。帰って寝よう。明日も学校だし。
ちょっとの距離しかないのに、走ってみたりした。頭の中はお風呂にはいることを考えて、いっぱいになってる。
とにかくお風呂……お風呂にはいって考えよう。
部屋についたら灯りがついていた。
ダイニングでおっちゃんがハンバーグを食べながら、あ、お帰りって言った。
すごく意表をつかれたから一瞬叫びそうなくらい驚いた。
「すごい上手いよ。今日急に帰ってこれたんだ。作っててくれてありがと」
ニコニコしながらポテトサラダをボールいっぱいのまま、もにゅもにゅ食べている。
ひえ〜! その食べ方だけはやめてっていつも言ってるのに……。
なんだか心臓が痛いくらいにバクバクしてる。
なんで? な、なんでいるの? っておっちゃんの家なんだから当たり前なんだけど。よりによって今、顔合わせるとは……なんか試されているのでしょうか、神様。
「お帰りなさい。毎日大変だね。お風呂は入れるからね。ちょっとクラクラするから先に寝るね」
「風邪でもひいたんじゃないの? 顔が赤いし、目も腫れているよ? 早く寝なさい」
おっちゃんはやれやれというような顔で心配そうに見てる。ごめんね、おっちゃん。
なんだか申し訳ない気持ちになる。
「うん、おやすみなさい」
あたしは布団を頭からすっぽりかぶってじっとしてた。なかなか寝付けない。なんだか上手く考えることができない。龍ちゃんにつかまってた腕の感触が指先に残ってる。
布団をすっぽりかぶってじっとしてたけど、もう昔みたいに透明人間にはなれなかった。
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