「七海」
紺野さんの話が気になって、夕べは全然眠れなかった。
龍ちゃんには、いつもどおりのメールをとりあえずした。
もちろん、絶対にそんなことは無いと思ってはいるけど、いるんだけど、本人の顔も見てないし、声も聞けず確認できないというのはやっぱり不安。
眠れないといいつつも朝方ねむっちゃったみたい。最近疲れてたせいか、目が覚めたらもうお昼を過ぎていた。
うーん、なんだか布団からでたくないよう……。しばらくゴロゴロしていた。
なんだかんだ言っても七海の体も心配。だって、もし本当だったら……きっと不安だよね。
同じ年の七海。七海は少しわがままで、天然だけど、明るいし、人の悪口を言ったりする子じゃない。
紺野さんとは、実はいいカップルなんじゃないって思う。
やっぱりこうしちゃいられないよね。 あたしは、ママに電話をかけた。
「もしもし、お疲れ様です、ベリです」
「あら、どうしたの? 今、美容院なんだけど」
「あ、すみません」
「いいのよ、もうすぐ終わるし」
「実は相談があって……紺野さんのことなんです」
「ふうん、昨日なにかあったのね。いいわ、じゃあ1時半に」
待ち合わせの場所を決めて、電話を切った。
龍ちゃんからのメールを確認する。いたって普通の返信で、イブも仕事って事が書いてある。
まったくもう。こんなことになってるとは思ってもいないでしょうけどね。
あたしは急いでシャワーを浴びて、着替えを済ませる。
約束の時間に遅れないように準備して部屋をでる。ママを待たせちゃいけないもんね。
待ち合わせ5分前に約束のカフェへ着いた。
ママはもう先に着ていてゆっくりコーヒーを飲んでいた。
「あっ、ママすみません、お待たせして」
「早く着いちゃったの。なんか食べましょ。あたしはもう頼んだわ」
あたしもランチを頼んで、先にカフェオレをもらう。
風が少し冷たかったから、飲んだらホッとした。
「早速だけど、どうしたの」
「はい、実は……」
昨日のことを簡単に説明した。簡単にも何もそんなに詳しい話はわからないんだけど。
「ママと瑞樹さんには内緒にしてほしいって言われたみたいで」
ランチが運ばれてきた。チキンのレモンソテーとアスパラのサラダ。
ママはしばらく黙って食べている。何か考えてるのかな。
食べ終わってコーヒーを飲みながら。ママが口を開いた。
「紺ちゃんは、他の男の子供でもいいって言ったのね」
「はい、そう言ってました」
「七ちゃんには言ったのかしら」
「あっ、それは聞いてません」
「そう、わかった。ベリちゃんはあたしにどうしてほしかったの?」
「ええっ……あたしは……あたしだけじゃ無理だなって思って。あたしは二人はお似合いのような気がしたし、赤ちゃんもせっかくなら生んでほしいなって……それから……」
「それから?」
ママはあたしの顔を覗き込んだ。
「やっぱり龍ちゃんの子だったら困るなって思って」
「そうよね。それがあったか」
ママはタバコの煙を吐きながら腕組みをした。
「まあ、ありえないわね。よしっと、七ちゃんがお店を休んでる訳もわかったし、こうしちゃいられないわ」
あたしはママの言葉に少しホっとした。
「七ちゃんと紺ちゃんが決めることだけどね、最終的には。ただ、クールかもしれないけど、あたしはもう一つ、店の店主って立場もあるから、七ちゃんのために他の従業員や、お客様に迷惑をかける訳にはいかないの。話をちゃんと聞かないといけないわ」
ママは優しいけどきりっとした口調で言った。そっか、そうだよね、立場で考えるとそうか。バイトも確保したりしないといけないし、瑞樹さんも、七海が休んだ時代わりに出てたし。やっぱりママに話してよかった。
あたしは一息ついてまたカフェオレを口にした。
ママはパパッとタバコを灰皿でもみ消しながら早口で言う。
「さ、行くわよ」
「えっ?どこに?」
「七海ちゃんのアパートよ。いるわ、きっと」
ええー! 今? あっ、もう立ち上がってコートを着始めてる。
あたしもあわてて立ち上がる。
ママは二人分のお勘定をすませると、店の前でタクシーをひろい、七海の部屋へ向かう。
タクシーの中でママは瑞樹さんに電話をかけ、何か話してる。
あたしは急な展開にただドキドキしてあっけにとられていた。
しばらくして七海のアパートにつき、あたし達はチャイムを鳴らす。
「はあい、誰?」
七海の声がする。
「美咲です。七ちゃん、具合どう?」
しばらく沈黙が続いた。なんとなく七海が緊張してるのがわかる。
ドアが開いて、七海が顔を出した。なんとなく青白くて元気がない。
「ちょっと話したいの。あがっていい? それともどこかでお茶でもする?」
七海は、どうぞといってあたしたちを部屋にいれた。
少しちらかっている。七海は眠っていたみたいでパジャマのままだった。
「ちらかっててごめんなさい」
そういって二人にインスタントコーヒーを出した。
「体調はどう?」
「まだちょっと……すみません」
「つわりがひどいのね」
あたしはびっくりしたけどママは普通にコーヒーを飲んでる。
「…………」
七海は黙ってしまった。俯いてる。あたしはなんとなくはらはらして見ていた。
「お店を休むならバイトを探さなくちゃいけないから聞きにきたのよ。それに……おせっかいかもしれないけど、一人で悩んでるんじゃないかなって思って。ベリちゃんについてきてもらったの」
「紺野さんが、言ったんですか?」
七海がやっと口を開いた。ショックが顔に出てる。
「ちがう。紺野さんに相談されたのはあたし。ママには言わないでっていわれたんだけど、あたしが困って、どうしていいかわかんなくて、ママに相談したの」
「七ちゃん」
ママは七海の目を見ながら言った。
「不安だったでしょ? 今は一人の体じゃないのよ?」
七海は黙ってテーブルの一点を見つめている。
「紺野さんの子……だよね?」
あたしはおそるおそる口を開いてしまった。
七海は返事をしない。黙ったままだ。少し肩が震えている。
「七ちゃん、赤ちゃんは堕ろすなら早い方がいいわよ。生むならちゃんと覚悟しないとね」
ママは、またすました顔でコーヒーを飲んでる。
あたしはますますドキドキしてじっとしていた。
七海の顔はみるみる泣き顔になっていく。ズスっと鼻をすする音がする。
「七ちゃんが話してくれるまで待つから。ね? なんでも言ってくれていいのよ?」
ママは七海の背中をさすりながらゆっくり話す。どうなっちゃうんだろ。一人ではらはらしながらとりあえずコーヒーを飲んでみたりする。
七海はだんだん、声をあげて泣き始めた。わあん、わあんと子供みたい。
あたしまでつられて泣きそうだった。ママは変わらず涼しい顔で、七海の背中を撫でている。
「ほ、ほんとは……、堕ろすとかイヤなの……で、でも」
七海はしゃくりあげながらも少しづつ話はじめた。
「どうしていいか、わかんないし、不安だし……この年で結婚とか考えられないし」
「お腹の赤ちゃんのパパは紺ちゃん?」
ママは優しい声で尋ねる。あたしも真剣に耳を傾ける。
「ハイ……」
消えそうなくらい小さな声で七海は答える。あたしはホッとして力が抜けた。
「でも、違う人の子かもしんないよって言ったら、出て行っちゃって」
「試そうとしちゃったのね、不安だとそういうことあるわ」
「龍ちゃんの子かもしんないよって言っちゃって……」
あたしはまたええっと思ったけど我慢した。
「紺野さんは、お腹の子が違う男の子供でも、七海と一緒になりたいっていってたよ。ただほんとに龍ちゃんの子だったら困るから確かめないと……って」
思わずあたしが口にすると、七海はぱっと顔をあげてまた泣き出した。
「ねえ、七ちゃん、紺ちゃんはそりゃホストみたいにかっこよくないけど……七ちゃんが今までつきあってきた男とは少し違うと思うの。ハートがあるのよ。腕力じゃない底力のある男だと思うの。でもそんなことは七ちゃんが一番わかってるよね?」
ママが言うとまた七海は泣き出した。確かにあたしが知ってるだけでも過去の彼氏は見た目だけのひどい男ばっかり。きっとママはもっと知ってるんだろうな。
「すごいよねえ、他の男の子供でも……なんてなかなか言えないよね」
ママは笑顔を見せながら話しかける。七海もだんだん落ち着いてきたみたい。
「ママ、ありがとうございます。迷惑かけてごめんなさい」
「よく考えて、話し合ってね。連絡まってるから。つわりがひどいでしょうから夜は休みなさい」
しばらくあたし達は七海が落ち着くようにと話をして、それからタクシーを呼んで帰った。
「生みなさいとは言わないんですね」
つい聞いてしまった。へんなこと言っちゃったなあ。
「赤ちゃんはペットじゃないわ。育てていくのは大変な覚悟が必要よ。あたしが決めることじゃないの。二人が決めることなの」
「でも、せっかく……」
「ベリちゃんの言いたいことはわかるわ。でも皆が皆、ベリちゃんみたいに考えれる子ばっかりじゃないのよ。連絡を待ちましょう。さ、今日も忙しくなるから、よろしくね」
ママはあたしをアパートの前で降ろすと行ってしまった。
あたしは紺野さんに電話をしてみたけど、通じなかった。
龍ちゃんはまだ仕事だろうな。あたしはメールを打ってみた。
──なんだか今日はとっても会いたくなったよ。仕事がんばってね! またメルします
携帯をパチンと閉じた。明日はクリスマスイブ。少し寂しいな。
龍ちゃん、声が聞きたいなあ……。
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