「再会」
10月も終わり頃、さすがに東京の残暑も影をひそめて秋らしくなってきた。
あたしは学校とバイトの日々……。美咲ママの好意に甘えてしまってまだ居候中。
日曜日と火曜日以外はバイトに入ってるし、日曜日は昼間もバイトしている。
バンド仲間がまた声をかけてくれて、あたしは再びストリートライブに参加したりしてる。
とにかく自分を忙しくさせておきたかった。あまりいろいろ考えなくてすむから。
ティアラには相変わらず商店街の人達が飲みにきてくれていたけど、あたしは龍ちゃんと顔を合わせることはなかった。
野球は続けているみたいで、商店街の人達の口に上る龍ちゃんの話を楽しく聞くことができた。そんなに胸が痛まない。
あたしが休みの火曜日に、龍ちゃんが来た形跡があったりすると、ドキドキしたりはする。
2ヶ月以上たっても、龍ちゃんはあたしの心に居座り続けてる。
家賃をいただきたいくらいだなー。
ママ以外は、あたしと龍ちゃんが全然会ってないとは知らないみたいだから、変に思われないようにしなくちゃ。
それから、あたしがおっちゃんのマンションを出て、ママのところに居候してる事も、瑞樹さん以外には内緒にしてる。いろいろと面倒くさいから。
ママは年内くらいはいてもいいわよって言ってくれるけど、そうもいかない。
実は今日、不動産屋さんから電話があったところ。ちょうどいい物件が空いたっていうから見に行って来た。ママもついてきてくれて、あたしの変わりに不動産やさんにいろいろ質問したり交渉してくれていた。
その部屋は南向きの角部屋で、1DK。小さなベランダもある。あたしにはちょうどいい。家賃もママの手腕で少し負けてくれるみたい。
いろいろ物色した後で結局ここに決めた。ママの力はかなり大きい。本当に頼りになるスーパーウーマンって感じ。
11月からの契約で、来週には引越しをすることに決めた。
「あ、今日電気工事が入るのよね……。私ちょっと用事があるから立会いお願いしてもいいかな」
忙しそうにカルティエの腕時計を見ながらママが早口で言う。
「いいですよ、今ですか?」
「今日は火曜日でベリちゃんお休みの日だけど、ごめんなさいね。えーと、5時半に頼んでるからもう来るわね」
あたしはママに鍵を渡されて、一人でお店に向かう。簡単なお掃除をしながら待っていた。
キッチンの掃除で奥に引っ込んでいる時にお店のドアが開いて「失礼しまーす、修理にきましたあ」って声が聞こえた。
「はい、お願いします」
あたしは表に出て行って、あっとびっくりした。龍ちゃんが作業着で立っていた。
龍ちゃんも、あっ……って顔して一瞬動きが止まってたけど、軽く頭を下げて、脚立を立て、準備し始めた。
ママ……謀ったな……。
「久しぶりだね、じゃあ、奥を掃除してるので、修理のほうお願いね」
できるだけ明るく声をかけた。
龍ちゃんは了解しましたとだけ言って、作業を始める。
なるべく大人しく引っ込んでキッチンの掃除を続けたけど、突然の再開にドキドキと心臓は早くなる。
きっと龍ちゃんも驚いたはず! 目がテンって感じだったもん。
あたしの頭と心はめまぐるしく回転しはじめる。お、落ち着け、いちこ……。
ソワソワするな、とりあえず……。なんか深呼吸とかしてみたりしてバカみたい。
深呼吸したら、だいぶ落ち着いてきて、よく考えたらどうせ振られてるんだから堂々としてりゃいっか……なんて考えが浮かんできたりして。
カウンター付近でガタンガタンやってる音が聞こえる。あたしはコーヒーメーカーのスイッチをいれてコーヒーを沸かし始めた。なんだか開き直っている自分がいる。
しばらくして掃除を終え、表にでてカウンターの端っこから作業する所を眺める事にした。
龍ちゃんの仕事してる所って、初めて見る。ラーメン屋さんは別だけどね。
やっぱり腕や横顔に目がいくと、キュンとしてしまうけど仕方ないな。
自分でコントロールできないんだからほっとくしかない。しばらくして作業が終わったみたいだったから、あたしはコーヒーを入れたカップをカウンターに置いた。
「はい、飲まない?」
龍ちゃんは少し戸惑うようにあたしを見たけど、トイレで手を洗ってから
「じゃあ、いただきます」
と言ってカウンターに腰掛け、カップに口をつけた。野生のきつねに餌付けを成功したときってこんな感じかな、とかバカな考えが頭をよぎる。
「久しぶりだね」
あたしは一つ席をあけて隣に腰掛ける。
「うん、そやね」
龍ちゃんはやや下を向いてコーヒーを飲んでる。
「ねえ……あの、あ、あの時は迷惑かけてごめんなさい、えと……また、あたしがいる時に飲みに……ていうか普通に遊びに来て欲しいなーなんて……あ、龍ちゃんが嫌じゃなかったら……なんだけどね」
ちょっと噛み気味になってしまった……。心臓がバクバクしてるのは聞こえてないよね。
「そ、そんな、嫌とかないよ! ……てか、えーと……」
龍ちゃんの声が少し大きかったからびっくりした。
「あ……あの、また飲みにくるわ。コーヒーごちそうさん」
それだけいうと、あたしの顔を見ないで立ち上がってドアを開け、出て行くときに、じゃあ、またって少しだけ笑顔を見せてくれた。
龍ちゃんが出て行った後、あたしは大きくため息を吐いて、カウンターに突っ伏した。
びっくりしたけど、なんとか話ができて嬉しかった。
飲みにくるって言ってくれたし……まあ、いつになるかはわからないけど、まずは一歩前進したよね? 龍ちゃんの飲み残したカップがあるからやっぱり今までここにいたんだよねーなんて思ったりする。
ふう──、やっぱりあたしは彼が好きなんだななんて苦笑い。しょうがないよね。しょうがないよ、こればっかりは。やっぱり恋ってやっかいだったりする。
別にあたしだって、恋愛してきてないわけじゃないし、一晩だけのつきあいだって経験してるのに……。
龍ちゃんはしっかりあたしの中に存在してる。
理由なんかよくわからないけど惹かれるってこういう事なのかな。
龍ちゃんが座っていた席に腰掛けて、そのままクルクル回ってみた。
ドアの隙間から覗いた龍ちゃんの笑顔を思い出しながら……。
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