ラズベリードラゴン(13/31)PDFで表示縦書き表示RDF


ラズベリードラゴン
作:風海南都



「もう一本」


 マンションを出たあたしは、とりあえず電話をかける。

「こんばんは。ベリです」
 電話の相手は、美咲ママ。もともとおっちゃんの家を出るつもりだったあたしは、部屋がみつかるまでママのところでやっかいになる事になっていた。

「……てなわけで、予定より早くなっちゃったんで、とりあえずホテルに泊まろうと思ってます」
 事情を説明していると、ママはそんなこと言わないですぐにいらっしゃいと言ってくれた。
 でもあんまり急だから、とりあえず今日はホテルに泊まります、いろいろ考えたいしって話し、電話を切った。明日はすぐに来なさいねと言ってくれたママ……本当にありがたいです。
 電話を切って商店街の裏通りを歩く。小さいビジネスホテルがあって、飛び込みでも泊めてくれる所なのを知ってるから、そこに部屋をとった。
 カードキーを差込み、部屋の明かりを点ける。
 荷物をおいてベットに仰向けにドスンと転がってみた。両手、両足をいっぱいに伸ばしてみる。 
 ふう……。薄明かりのついた天井を見つめていたら、さっきの声を荒げたおっちゃんの顔が浮かんできて少し心細くなった。
 暖かくて快適な船から、救命具だけをつけて海に飛び込んだような気分。
 龍ちゃんの顔が浮かんできた。あたしの顔を全然見ないで車を運転してた横顔。ごめんって言うときもあたしの顔は見なかった。
 グスグスといつのまにか鼻を啜りながら泣いていた。
 グスン……龍ちゃん、グスン……龍ちゃんに会いたいよお……。
 電話していますぐ来てって叫びたい気持ちを必死でこらえる。きっとこれから何度となく、この発作に襲われるんだろうな。 

 グスン……ふえっ…ふえええ……。
 ついに声をあげて泣き始めた。本格的に泣きモード。
 不安やら寂しさがグルグルと回りながらあたしを虫取り網で捕まえに来る。 
 きっとあたしはこうやって一人で泣きたかったんだと思う。わあわあ泣きながら頭の隅っこでそんな事を考えている。
 赤ちゃんみたいに泣いて、あたしはもう一回生まれようとしてるのかな、なんて考える。もうぬるま湯に逃げるのはやめようって思ったんだし。
 やっぱり龍ちゃんに会いたい。どうしていつの間にかこんなに好きになっちゃってたんだろう……。恋しいってこんな気持ちなんだね。
 龍ちゃんの言葉はいちいちあたしの心に沁み込んできて、気づいたらそんな言葉で胸が一杯になっていた。
 龍ちゃんが隣にいるだけで、なんともいえないホッとする暖かいものがあたしの体に流れ込んで来ていた。二人でいるだけで楽しかった。
 あの雷の日にあたし達は抱き合って、近づいたかと思ったらそれは錯覚で、大切な時間とともにするりとなくなってしまった。
 あたしが悪かったんだと思う。あたしはあの日、ホテルにはいってからは……正確にはタオルで頭をゴシゴシ拭かれた時には龍ちゃんに抱かれてもいいやって思ってた……ううん、触れて欲しいって思っていたもの。
 龍ちゃんが帰ろうって言った時に、帰っていれば良かったんだ。どうしてあたしはあの時……そんな、どうしようもない考えばかりが思い浮かぶ。
 前の二人に戻りたいな……そんなことを考えたって無駄だってわかってる。じゃあどうしよう、どうしたらいい?

 今夜一晩で結論なんて出るわけない。まずはおっちゃんに啖呵切っちゃったんだから、一からやりなおしてちゃんと生きてみなくちゃ。
 泣いてるよりもまずは体を動かさなくちゃ。なんでもやってみよう……失敗しても。
 いじめの世界から飛び出した時のように、思い切って飛び出してみよう。
 できるかなあ……あたし、大丈夫かなあ……。グスン、グスン、ズズッ……。 
 しばらくわあわあと好き放題泣いていた。泣くという行為に酔っているのかもしれない。女の子は泣くのが嫌いじゃないはず、それは結構な確立で。
 武器や演出に使う人もたくさんいるけど、あたしは涙がいっぱい出ると、体の毒素までいっぱい出るような気がしてきて好き。
 あんまり泣き過ぎて喉がカラカラに渇いてきた。
 ホテルの部屋って乾燥してるし……。
 お茶やコーヒーじゃなくてスポーツドリンクが飲みたくなった。
 涙の補給にはぴったりのような気がする……雰囲気だけど……。
 あたしは部屋をでて、えぐっ、えぐってひきつけながら自販機のとこまで歩いていった。
 今時、ペットボトルが一本もない自販機でちょっと驚いた。
 缶ビールを買ってたおじさんが、泣きはらしてしゃっくりしながら立っているあたしを横目で見ながら通りすぎていく。
 そりゃ、何事かと思うよね、しかも小学生サイズの女の子が夜中に泣きながら自販機の前に立ってるんだもん。
 ごめんね、おじちゃん、でも座敷童子とかじゃないから……安心して。 
 鼻をズスーってすすりながら小銭をいれ、ひっくひっくとひきつけながらスポーツドリンクのボタンを押す。
 ガコンってジュースが落ちてきたのと同時に、自販機のボタンの色がめまぐるしく点滅をはじめた。ええっ! な、何?

 ──テッテケテ〜ピポッパポッ♪

 ものすごいまぬけなファンファーレが鳴り出した。
 ええっ! 「当たり! もう一本」ってライトがついてる!
 ガコガコンって音がして、もう一本ゲットしてしまった。
 ええ〜? ……今まで生きてきてはじめてもう一本っていうのが当たっちゃった! マジ?! 
 あたしは2本のジュースをしっかり握り締めて部屋に戻った。
 急に笑いがこみあげてくる……。ぷっ……あははは! 何この微妙な……そして絶妙なタイミングは! もう笑うしかなかった。
 涙に酔いしれていた場面が、あっという間にくるりと反転するバラエティー番組を思い出させる。笑いが止まらない。
 なんだか大丈夫な気がしてきた。どんなにピンチでもやっぱりあたしは大丈夫なんだって……そんな嬉しさがこみ上げてきた。ひとりで涙が出るほど笑ってしまった。
 ようし、大丈夫。
 あたしはやっぱりまちがってないよ。一人でまた始められる。
 カーテンを開けたらやっぱり月が見ていてくれてた。
 あたしはお月様に乾杯して、ククッとスポーツドリンクを飲み干した。







風海南都のHP ◆◆風海堂◆◆
ネット小説ランキング>恋愛シリアス部門>「ラズベリードラゴン」に投票
☆ネット小説の人気投票です。投票していただけると励みになります。(月1回)

ピュアでせつない物語
「マリリン」風海南都:著 発売中





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう