熱い。
熱い。
熱い熱い熱い!
何が?
体が。体の奥深く、心臓よりも奥深くが。
渇いた。
もちろん、ノドがではない。
我魂が渇いているのだ。
魂の奥深く、無意識よりも奥深く、人間に名前を付けて貰えなかったトコロが渇く。
痛い。
何が痛いか?
全身が。
全身が破裂するように痛い。
全身が破裂するように痛く、体の最も中心は焼け付くほど熱く、名もない魂の奥底は渇いている。
我は何者なのだろうか。
大昔には人間だったこともあった。
だが、今は人間とは程遠い存在になってしまっている。
愛した者も、憎んだ者も、どちらでもなかった者も、存在さえ知らなかった者も。
今は、子孫が途絶えて久しい。
愛したあの女と我の子も、疾うの昔に子孫を失くした。
今、この壊れた星に残るのは、我、我……。
我は、どういう名だったのだろうか?今となっては思い出せぬ。
この苦痛はいつまで続くのだろうか。
全ての感情は行き先を無くし、全ての欲望は叶えられる筈も無い。
やがて、いつの間にか。
痛みが、熱さが、渇きが、消え失せている事に気付いた。
己の体はヒトに戻り、周りには愛する友達がいた。
そして。
そして、我の腕の中には愛した女が。
否、今でも愛している女が其処には居た。
女は我に抱きつき、愛する友達の冷やかしの声が耳に届く。
女の体温は、とても暖かい。女の体は、とても柔らかい。
女との夢のような日々を思い出す。
初めての時の恥じらいの顔を。
求婚した時の嬉しげな顔を。
妊娠を知って溢したあの優しい顔を。
出産の時の苦しげな顔を。生まれたばかりの息子を抱いて泣いて笑ったあの笑顔を。
息子が嫁を貰った時のあのはしゃぐ様なあの笑顔を。
我が記憶しているのはそこまでだ。その先の女の顔の記憶は無い。
恐らく、息子や孫の方ばかり見ていたのだろう。
だが、覚えている彼女の笑顔は、少しも薄れてはいない。
今、その笑顔が我の腕の中にある。
そして、女に気を取られていると、いつの間にか友達は消え、女と二人っきりになった。
女の我を抱きしめる力が増した。
我が腕の中を見ると、出会った頃のような、絹のような肌を持つ美少女が其処にはいた。
そして我も、女と同じく、若返っていた。
女は言った。鈴の鳴るような優しい声で。
『貴方が犯した罪は重く、償いが今までかかったわ。だけど、償いはもう終わり。』だと。
女は続ける。我の瞳を見つめながら。
『ねぇ、最後にもう一度抱いてくれないかな?この世界を作り直すために。』
不思議と、我にもこれが最後なのだと分かった。頬を赤く染めている女、いや……彼女に、我は答えた。
『良いとも。』その一言だけを。
最後に味わう彼女は、とてもよく暴れた。
そして、我も、暴れた。
その内高まっていき、我は種を彼女の中に吐き出す。世界の種を。
我も彼女も息を荒くする中、彼女の中から、一つの光が溢れてきた。
彼女の裸体を包むその光は、我をも包み、その光の中で我と彼女は抱き合い、そして静かに――
キスをした、のだ。
我と彼女は抱きしめあい、お互いの境界が無くなってゆくのが分かった。
こうして我と彼女は、一つの体に二つの心を持つ神となった。名前など我らには不要だ。
我らはこの身が尽きるまでこの星を見守ろう。同じ過ちを繰り返さないために。
我らは世界のときを遡り、原初の世界で願いを祈る。過ちを犯さないように、と。
やがて数え切れない、数えるほうが間違っているような時が過ぎた。
償いをしていた我の魂も、我を信じて待ってくれていた彼女の魂も、既に限界が来ていた。
再び出会うことを誓って、我と彼女は暫しの別れを告げた。
159XX年のとある夏の日、寂れた喫茶店で。
値段の割には不味いコーヒーを飲んでいる青年が居た。
恐らく賞味期限切れのパックコーヒーなんだろうなと思いながら、青年は店内に目をやった。
自分以外には、老店主しかいなかった。
小さくため息をつくと、残った不味いコーヒーを一気に飲み干す青年。
老店主に代金を払うと、店を出ようとした、その時。
店に入ってきた客とぶつかって、尻餅をついてしまう青年。
怒鳴ろうとしたが、その客は、どこかで見たことの有るような、美少女だった。
思わず、視線が行ってしまうスカートの中。確認する前に叩かれた……老店主に。
『お客さん、女の子のスカートの中なんぞ、覗くものじゃないぞぇ、合意の上で見せてもらうものじゃよ。』
変な事を教えてもらったが、なぜ少女は何も言わないのかと疑問に思い、少女の方を向く。少女に見つめられていた。
あれ、おかしいな。そう思いつつも、青年には少女の名前が分かった。それは少女の方も同じだったようで。
青年が少女の名を言うのと同時に、少女は青年の名を言った。そして二人して笑ってしまった。
何故なら、全て思い出したから。
そして、不思議そうに奇妙な顔をしている老店主をほったらかしにして、青年と少女は店を出る。
そして、どちらからともなく手を握り合い、同じ過ちを繰り返さない為に歩き出した。
その道のりは厳しいだろうが、青年と少女にとっては何でもなかった。
何故なら、魂の底から愛し合っている人が、隣にいるのだから。
二人は、お互いの再会を喜び合い、そして。人目も気にせず、キスをした。
そして、二人は再び一つの体に二つの心を持つ神となった。
END
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