穏やかな風に抱かれて
23
直子の運転する、マイクロバスが、港に着くと、昨夜、竹芝を出たさるびあ丸が既に到着していた。
「急いで!」
直子は、良介たちを乗船窓口まで誘導すると、「気をつけてね!」と言って、晃の手を引いた。
晃も、「じゃあ、9月になったら。」そう言って手を振った。
晃は、8月いっぱい直子と一緒に“すとれちあ”を手伝うことになっているのだ。
手続きを済ませ、船に乗り込むと、デッキから、晃と直子に手を振った。
知美は一人で、別の方を見ていた。
南野大洋が、ボートで海上から手を振っている。
大洋は、今日も潜りに行くと言っていた。
出発時間を、合わせてくれたらしい。
5分ほど並走してから、大洋は東へ針路をとり、遠ざかって行った。
知美は、バッグから1枚の封筒を取り出した。
昨夜、大洋が“すとれちあ”のお別れパーティーに来てくれたとき、渡されたものだった。
海中で、驚いた顔をしている知美の写真と、大洋が小笠原の海で撮った魚たちの写真が数枚、そして、父島の大洋の家の住所が書かれたメモが入っていた。
知美は、他の誰かに気づかれないうちにそれをバックに戻した。
船室に入ると、伸一と薫がブースを一区画確保していた。
復路では、宿泊する必要がないので往路ほどのスペースは必要ないが、月曜日だということで、比較的すいていた。
今日は、朝早くから、あわただしく過ごしてきたので孝太たちは、ブースに腰を下ろすと、ぐったりして、ため息をついた。
「とうとう八丈島ともお別れね。」
温子がしみじみと言った。
「色々あったわね。」
知美も感慨深げに天井を見上げた。
司と洋子は、荷物を降ろすとすぐにまた、デッキへ戻った。
孝太は自分のリュックをまくら代わりにして横になった。
涼子は孝太のそばに座ると、自分のバッグからウォークマンを取り出し、孝太の耳にイアホンの片方を差し込んだ。
そして、もう片方を自分の耳に当てて、ウォークマンの再生ボタンを押した。
ビートルズのサムシングが流れてきた。
孝太は、一旦顔をあげると、涼子を見た。
涼子は笑って、カセットテープのレベルを見せた。
60分のカセットテープにバラード系の曲ばかり16曲が収められていた。
どのアルバムのものという訳ではなく、涼子が独自に編集したもののようだった。
「私も、中学校の頃から大好きでアルバムはほとんど持っているのよ。温子に孝太君も好きだって聞いたから何本か持ってきたの。」
「ちょうどいいタイミングだ。今は“サムシング”の気分だと思ってた。」
温子と知美は、もう、この二人を完全に認め、今まで、自分たちが孝太をめぐっていろいろな駆け引きや芝居を演じたりしてきたことも完全に過去のこととして、アルバムのポケットにしまうことができたようだ。
この八丈島にみんなで来たことは、孝太と涼子にとっても、温子と知美にとっても計り知れない、いろんなものを与えてくれた。
良介は、花火大会の件で、父、良太郎の抜け目のなさと、“ファントム”の魂にふれた気がした。
“ファントム”の偉大さ、CIPの結束、親不孝通りでの醜態、八丈植物公園での特別ガイド、望の怖い顔。
大いに、楽しんで、働いた。
申し訳ないとは思ったが、望には、また、たくさん心配をかけてしまった。
望の怖い顔、可愛い顔、いつも望のいろんな顔が良介の頭の中には存在している。
望は、そんな良介のことが、ただの腐れ縁ではなく、本当に好きなのだということを、改めて実感した。
だらしない良介、ちょっと格好いい良介、おせっかいな良介、親切な良介。
何につけても良介のことばかりを考えていた。
くさや臭くて、狭っ苦しい軽トラック、品のないハワイアンカー、けもの臭い“キョン”。
八丈島には、臭いものしかないのかと思ったが、八丈富士からの景色にだけは、今回も、心を打たれたが。
良介と一緒でなければ、こんなところ絶対ごめんだと思った。
晃は、直子との関係をより確かなものにして、ゆくゆくは“すとれちあ”を継ぐということを決めた。
伸一は、喫茶店“HIRO”のママ博子の気持ちを少しだけではあるが、掴みかけている。
八丈植物公園の看板修理、親不孝通りでは良介がつぶれた後むさ美の男性メンバーを引連れて闊歩した。
別行動が多かったが、一緒にいられる時は、極力、博子のそばで、年下だが頼りになる男をアピールした。
島崎の登場により、一時、危うい状況にもなったが、それはそれで、いい試練になった。
亨は、相変わらず、若菜と綾の相手を一人でこなしている。
レンタカーの駐車場で“ハワイアンカー”と出会った。
孝太にふられた温子と知美を亨なりに慰めたこと。
むさ美グループのリーダー格として、メンバーを統率できたこと。
CIPとは別の、スケジュールを決めて、予定通り実行で来たこと。
亨は亨なりに、リーダーとしての自覚を深めた。
反対に、若菜と綾は、この八丈島で、いろいろな恋愛の形を目にして、考え方に大きな変化が見え始めてきた。
亨のことが好きなのは今まで通り変わらない。
温子、知美、涼子の関係を見ていて、羨ましく思ったし、涼子が孝太と結ばれた後の三人の関係にもあこがれていた。
これからはライバルとしてお互いを磨いていこうと話し合った。
島崎と由美子の結婚式も素敵だった。
それを思いついて形に出来る、涼子達が自分たちと同じ年であることを改めて意識させられた。
薫は、秋に旅立つ智子との最高の思い出を作ることができた。
二人で潜った八丈の海は今後の二人の未来のように色鮮やかなものだった。
ハワイアンカーの中では、ずっと並んで座っていた。
薫が運転する時は、智子が必ず助手席に座ってくれた。
バーベキューの時に、智子が作ってくれた特製の串には感激した。
島崎と由美子のために、急きょ珊瑚を削って指輪を作った。
由美子の指のサイズを確かめるのに、孝太の感覚を聞きながら、智子の指と比べながら四苦八苦した。
智子は、旅立つにあたって、十分な充電ができたし、イタリアに行っても薫のことを忘れずにやっていける自信がついた。
普段は、“HIRO”か工房でしか一緒にいることができない。
東京に戻れば、お互いにデーとする時間もない。
島で、ずっと一緒にいて、お互いの良いところ、悪いところ、今まで気が付かなかったこともある程度わかってきた。
それでも、嫌になるどころか、ますます薫の人間臭さに惹かれていった。
洋子とカップルになったばかりの司は、最初の旅行で好きな女の子と一緒にいられたことを心から喜び、満足していた。
一緒にいた知美に心がなびくこともなく、しっかり洋子を受け止めてやれる自信がついた。
知美が孝太にふられた時も、亨と一緒にさりげなく慰めてやることができた。
男として、少しは成長したという自覚はあった。
来る途中の船で、渡した誕生日のプレゼントを洋子が喜んでくらた。
誕生日を教えてくれた知美に感謝した。
歴史が大好きな洋子にとって、この八丈島は、流人の島として、興味深い島だった。
八丈島歴史民俗資料館では、司をそっちのけで食い入るように展示品や資料を見た。
海水浴場では同じボートの上で、外洋近くまで行き、釣り糸を垂らし、洋子の仕掛けに食いついた魚を司が自分の針で引っ掛けて大騒ぎになった。
八丈島植物公園では、“キョン”の糞を掃除していた孝太をからかって、“キョン”の糞を投げつけられた。
司が、竪になってかばってくれた。
司とは、これらまだどうなるかわからないが、司が自分を大切に思っていてくれていることは充分に伝わった。
博子は、バザーの時から、伸一には好感を持っていたが、この度で、もう少しだけ近い存在になったかなと思っていた。
島崎が独身だと聞いて、ときめいたことや、イケメンのインストラクターと潜った海のきれいだったこと、わざと伸一を困らせて楽しんだことも、子供の頃に戻って人生をリセットしたような気分に浸ることができた。
若者たちと一緒にいて、自分が年をとってると感じるどころか、精神的にも、感覚的にも彼らと同じだという錯覚に陥っていたが、それは錯覚ではなく博子の本来の姿なのだと伸一が言ってくれた。
それを聞いただけでもうれしかったし、ずいぶん若返ったような気がした。
それは、まさにその通りだった。
島から帰って、店を開けたら、10歳は若くなったと評判になることだろうと良介たちも言ってくれた。
知美は結果として、孝太にふられてしまったが、孝太を好きでいたから、温子や涼子、それに、CIPという、個性的な人々に会うことができたし、普通以上の体験をする機会に恵まれた。
本当は、もっと孝太と一緒にいるはずだったが、CIPは合宿だし、こっちは便乗してきただけの遊びなので、当然スケジュールが合うはずはなかったが、それでも、同じ八丈島の空気を吸っているのだと思うと、喜びが込み上げてきた。
しかし、来て早い時期にどん底に沈んだので後は這い上がるしかなかったし、自分も同じ心境だったに違いない温子がずっと気遣ってくれたのには本当に助かった。
知美は、この体験を、決して無駄にはしまいと思った。
ボストンバッグの中には、唯一、孝太とのツーショットを撮った使い捨てカメラが入っている。
知美がこのカメラの中に入っているフィルムを現像に出すことはないかもしれない。
そして、彼女には、新しい希望も見え始めていた。
南野大洋だ。
温子は、この旅でついに、涼子と孝太をくっつけた。
もちろん、孝太が今までのように、ずっと自分のそばにいてくれたらどんなに幸せだっただろう?そんなことを思ったことはないと言えばうそになる。
一週間じっくり考えた答えだったから、自分自身に悔いはない。
たとえ、孝太が知美を選んでいたとしても、今の温子なら、涼子と同じように許せるだろうし、祝福してやることができるだろう。
幸いにも、温子が最初に描いた通りの結果になったのは、単なる偶然ではないと温子は確信していた。
温子は、孝太の思い出を八丈島の海に置いていくことにした。
明日から、また忙しくなる。
涼子と孝太の世話を焼いている間に、こと、恋愛に関しては知美に先を越されているのだから。
温子曰く、「越されたかどうかはまだ分からないわよ。何しろ、敵の獲物は超長距離だからね。」
涼子は、今までにないほど、自分自身に正直に行動できたし、大胆になれた。
そして、強くなれたと思った。
これは、大自然の中に身を置いたからとかいうものではなく、温子の気持ちが乗り移ったとしか考えられなかった。
しかし、それは、涼子自身の心の奥深くにずっと潜んでいたものだと温子は言った。
結果を気にすることなく、孝太に思いを告げることができた。
二人で島を一周したことはお互いの気持ちを確かめるのにはちょうど良かった。
孝太は口数の多い方ではないから、長い間一緒にいられて、いろんな体験ができたのは、孝太の表面だけでなく、内面から出てくる本当の優しさや、強さ、そして弱さを感じることができた。
ありのままの、本当に自分を、孝太に知ってもらうこともできた。
何よりも収穫だったのは、このことで、温子との友情が確かなものだと確信できたことだった。
オニオンリングフライの塩味がした、ファーストキス。
直子と二人で徹夜して縫った由美子のウエディングドレス。
由美子が投げてよこしたストレチアの花束。
“キョン”が突進して台無しにした、孝太のウエディングケーキ。
何をとっても、素晴らしい体験だった。
涼子は温子とは逆に、孝太との思い出を、島からいっぱい持って帰ってきた。
孝太は、島で、山ほども貴重な体験をすることができた。
島崎と出会い、生活のための料理しかしなかったものを、食べる人が(たとえそれが自分だけだったとしても)楽しんでくれるような料理の仕方を学んだし、カリカリベーコンを褒められたのは嬉しかった。
また、由美子と出会い、突然キスされた時には驚いたが、結果として、島崎との仲を取り成す形になって、結婚式まで挙げてやることができた。
“キョン”との出会いは、知美のおかげだった。
孝太は、この“キョン”のおかげで、由美子の誤解を解くことができたのかもしれない。
そのとき、知美の気持は痛いほど伝わってきた。
だけど、それに応えられない自分が情けなく思えたし知美に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、どうにも出来なかった。
最初にふられてからというものは、温子の気持が嬉しかった。
涼子と知美の間でうまく立ち回りながら、涼子が孝太に近づきやすい状況を演出してくてていたに違いない。
そんな温子と知美のために、何があっても涼子を守ってやろうと思った。
そして、孝太自身、いつまでも、この穏やかな風に抱かれていたいと願った。
まさに、マリンブルーといった海の上を一台のYAMAHAマリンジェットが疾走する。
大洋はカメラを片手にクジラを追っている。
「ダメだ!そんなに近づいちゃ!やられちまうぞ!」
大洋はマシンを操る助手を怒鳴りつける。
助手からは強気な声が返ってきた。
「大丈夫!距離感はこの前覚えたわ。ここまでなら大丈夫よ。あなたこそ、撮り損ねたらただじゃおかないわよ。」
背中のうしろでカメラを構えている、夫に知美は大声で叫んだ。
「今よ!」
大洋が一眼レフを連写する。
軽快なシャッター音が知美の頭の中でマシンのエンジン音とシンクロする。
「OK!」
大洋が叫ぶと、知美はマリンジェットをジャンプターンさせて、クジラのそばを離れた。
振り落とされない様に、大洋は知美の背中にしっかりしがみついた。
「しかし、いつ見ても、君の背中はセクシーだな。」
「ええ、背負ってるものが違いますからね。」
あれから、もう7年になる。
知美は、大学を卒業して、“ムササビ”に正式に採用され、すぐに売れっ子のデザイナーになった。
たが、島から帰った後も、大洋とは文通をしながら、連絡を取り合っていた。
最初の年の年末年始には父島の大洋の家を訪れた。
それから、毎年、年末年始は小笠原で過ごすようになった。
大洋に手ほどきを受けて、カメラの扱いもマスターした。
もともと感性が強い知美は、被写体のとらえ方がいいと大洋はほめた。
“ムササビ”に入って2年後のある日、部屋に戻ると、ドアの前に大洋が座り込んでいた。
大洋は、ポケットから小さな箱を取り出すと、ふたを開けて、中を知美に見せた。
ダイヤモンドの指輪が入っていた。
大洋はその指輪を知美の左手の薬指にねじ込んだ。
「本当は君が卒業したら迎えに来るつもりだった。ちょっと遅れたけど一緒に小笠原に帰ろう!」
知美は、嬉しくてその場で大洋に抱きつきキスをした。
大洋は、そのまま知美を抱きかかえると、部屋には入らず、階段を下りて行った。
タクシーを拾うと、「葉山まで。」と言った。
大洋は、そのまま葉山マリーナに泊めてあったヨットで小笠原まで知美を連れて帰った。
数日間、知美と連絡が取れなかったので、“ムササビの”のスタッフやむさ美の仲間たちは大騒ぎをしたが、船に乗る前に温子にだけは報告した。
「私結婚する。今から彼とヨットで小笠原に行くわ。」
「やったネ!智ちゃん。がんばって!」
温子はそう言って祝福してくれた。
受話器を置いた温子は、編集部のデスクで、原稿のチェックをしていた。
温子もまた、聖都を卒業して、明星出版社に入社していた。
「誰?友達?」
向い側のデスクから、三田村一樹が声をかけた。
「そう!結婚したの。」
「そいつは目出たいな。よしっ!今日はもう終わりにしよう。その友達のためにお祝いだ。」
温子は、デスクを片づけると、三田村の腕にしがみついて、エレベーターホールへ向かった。
三田村は、合コンラリーの時の明星出版社のリーダーだった。
合コンラリーで、三田村は、泉陽女子大の小笠原とカップルになって付き合っていたが、一か月もたたないうちに分かれてしまった。
それ以来、偶然会った、温子と何気なくあって食事をしたり、仕事の話をしているうちに、付き合うようになった。
温子が明星出版社に入社して来ると、人事部の上司にコネを使って、同じ編集部に配属してもらったのだ。
「なあ、俺達も秋頃にどうだ?」
「えっ?なあに?」
「俺たちもそろそろ結婚しようぜ。」
「なに言ってるのよ。私まだ会社に入ったばっかりなのよ。」
「仕事は続ければいい。君と一緒名が俺も励みになる。」
「本当に?」
「ああ!」
温子は、三田村に抱きついた。
キスをしようとしたところで、エレベーターの扉が開いて、外にいた上司が、コホンと咳払いした。
二人はあわてて離れると、「失礼します。」と言って出て言った。
孝太は、“ファントム”の資材部で浜田の下について働いていた。
一流大学を出て、一流企業に就職をした。
良介とは、仕事でよく顔を合わせるが、学生の時とは違って、厳しく、シビアに浜田とも議論を交わしている。
活気のある職場で、仕事もやりがいがある。
父親を亡くしてから、心に決めたことが、一つ、また一つと形になって表れてきた。
高校時代を犠牲にして手に入れたものには、それだけの価値があった。
一年前に、知美が結婚したと温子から連絡があった。
その温子も、秋には結婚すると言っていた。
孝太は、就職して、三年ようやく、貯金もそこそこたまってきた。
結婚式を挙げて、新居を購入する目途がどうにか付いた。
そして決心した。
涼子は、夢をかなえて弁護士になっていた。
事務所の電話が鳴ったので、涼子が出た。
孝太からだった。
「今忙しいかい?」
「いいえ、今日はもう帰るところよ。」
「ちょうど良かった。今、下にいるんだ。」
涼子が窓からのぞくと、すぐ下の電話ボックスから手を振っている孝太の姿が見えた。
「今下りていくわ。」
涼子は受話器を置いて、「すみません、今日はお先に失礼します。」そう言ってお辞儀をすると、先輩の弁護士が「彼?」そう言って、ニコニコした。
涼子が務めている弁護士事務所は、すべて女性の事務所だった。
涼子は「はい!そうです。今下にいるんです。」そう言って、事務所を出た。
先輩の女性弁護士は事務所の窓から、孝太のもとへ降りて言った涼子が孝太と手をつないで歩きだすのを見て、「若いやつはいいねえ!」と言って缶チュウハイのプルトップを開けた。
孝太は、予約してあった、イタリア料理のレストランに涼子を連れてきた。
ワインで乾杯すると、孝太は黙って、テーブルの上に指輪の入った箱を置いた。
「今まで待たせてごめん!」
「その分、幸せにしてよね。」
涼子は、そう言って箱から指輪を出した。
涼子は、孝太に指輪を渡すと、左手を差し出した。
孝太は、細くてきれいな涼子の指にダイヤの指輪を飾り付けた。
「式はいつごろあげようか」
「夏がいいわ。」
「それはちょっと急じゃないか?」
「じゃあ、もう一年待ちましょうか?」
「いや、それは…わかった!なんとか調整するよ。それで会場は…」
「“キョン”」
「えっ?」
「“キョン”って言ったのよ。」
「“キョン”ってあの、八丈島の?」
「ええ、そうよ。大学一年の時の合宿覚えてる?」
「ああ、島崎さんと由美子さんの結婚式だろう?」
「そう!私、あの時から、私たちの結婚式もここがふさわしいとずっと思っていたのよ。」
「悪くないな!じゃあ、早速、鵬翔先輩に連絡するよ。こりゃあ、あの時の合宿の再現だなあ。面白くなりそうだ。」
ペンション“すとれちあ”には当時のメンバーが全員集まっていた。
知美は大洋を、温子は一樹を同行してきた。
司と洋子は、まだ結婚まではしていないが、同棲している。
亨は、結局、若菜とも、綾とも付き合わず、油絵に没頭している。最近では少しは名の知れた絵描きになっていた。
若菜は、勤めた画廊のオーナーに見初められ、結婚した。
今日は、久しぶりにの外泊で羽目が外せるとはしゃいでいる。
綾は、地元の高校で美術を教えている。まだ、浮いた話はないという。
薫は、智子の勧めでレオナルドの工房に入った。
二人は、今、イタリアで一緒に生活している。
智子はイタリアでも売れっ子の彫刻家になっていた。
今回は二年ぶりの帰国で、完全オフにしてやってきた。
良介は、言うまでもなく、望と結婚して、今や、“ファントムの”社長に収まっている。
伸一は、田舎で家業の工務店をついで、やはり社長と呼ばれている。
博子は今でも“HIRO”でむさ美の学生相手に忙しく、しかし、楽しく過ごしているという。
鵬翔と直子は、予定通り結婚して“すとれちあ”を継いでいる。
既に、子供が二人いた。
今日は、メンバーのために、貸し切りにしてくれた。
先に予約が入っていた客を、頼みこんで、他のペンションやホテルに引き受けてもらった。
島崎と由美子は、あの後、正式に結婚式を挙げ、幸せに暮らしていると言った。
みんな、孝太と涼子を祝福するために集まってくれた。
当時のメンバーだれ一人掛けることなく。
翌日は、園長の計らいで八丈島植物公園は臨時休園になっていた。
7年前、由美子が着たドレスを涼子は着た。
孝太は、自分の礼服を持ってきていた。
7年前と同じように園長が神父の役を買って出てくれた。
7年前と同じメンバー、公園のスタッフ、そして八丈島の“キョン”たちに見守られて孝太と涼子は最高の瞬間に、あふれる想いをかみしめた。
今日も、二人の周りには“穏やかな風”が吹いている。
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