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つかの間の休息/良介と望
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 メディアタワーの前を行き交う人々が、しばし足を止めて巨大なオーロラヴジョンを見上げている。
画面には、ヴィジュアル系バンドの映像が流れている。
その映像が終わると、鮮やかな緑が映える、武蔵野台美術大学を上空から撮った映像が映し出された。
すぐに、“世界へ!”の文字がカットイン。
各学部の製作風景が画面の上半分で右から左に流れる。
映像がラップするような形で、下半分にはイタリアの工房での作業風景が左から右へ流れるように映し出されている。
スポットで、デザイナー、レオナルドのインタビュー風景が流れ、コメントがインパクトのある文字でカットインしてくる。
“創造”、“技術”、“情熱”、これらの文字が次々にカットインしては消えていく。
その後に、“全ては愛のために…”画面の中央から飛び出すように文字が大きくなっていく。
画面全体が、全て文字と同じ色の真っ白になると次に映し出されたのは、薫と智子が工房で作品を仕上げていく様子だった。
リズミカルに、手際よく、まるでダンスでも踊っているかのように二人は作品作りに没頭している。
カメラが二人の回りを廻りながら捉えた映像がラップしながら映し出されていく。
作品が完成して、床に大の字になって充実した表情の薫と、その場に座り込み天井を見上げる智子の映像が、真上から映し出され、空へとフェードアウトしていく。
場面が変わって、“HIRO”でコーヒーを入れるママの博子の手元が映し出される。
カウンター越しに向かい合う薫と智子。
智子の頬を伝うひと粒の涙がアップで映し出され、薫が智子の耳元に何かをささやく。
その瞬間、智子の表情がさわやかな笑顔に変わっていく。
“別れは終わりではない”の文字がカットイン。
続けて、“そして彼女は旅立つ”の文字がカットイン。
最後に再びカットイン。
“世界へ!”
校門から撮った、武蔵野台美術大学のキャンパスが映し出され、“武蔵野台美術大学春の芸術祭5月26日〜27日”
メディアタワーでは、当日までこの映像を午前七時から夜の八時まで、一時間に一回ずつ、一日に合計14回流すことになっている。
沿線の、商店街や街頭テレビなどでも定期的にスポットで映像が流れるようになっている。
地元の武蔵野の森駅前商店街ではポスターが貼られ、バザーに向けてのセールなどが行われていた。

 この日の“HIRO”はいつもに増して、むさ美の学生達で賑わっていた。
店のテレビには、終始、バザーのPRビデオが流れていた。
智子は、忙しそうに厨房とフロアを行ったり来たりしている。
ママの博子は、なぜか何もせずに、カウンターの中でふてくされている。
カウンターには、手前から、薫、亨、司、の順に三人が座っていた。
「驚いたぜ!お前にあんな才能があったとはな。」
亨が、テレビ画面を見ながら呟く。
司も頷いて、何度もPRビデオを見ている。
「本当にすごい。そこにでているのが、俺だなんて信じられない。」
「そうそう、いいわよね。あなた達は。本当に役者さんみたいで…」
ママの博子は、PRビデオが出来るのを心待ちにしていたのだが、届いた作品を見て、がっかりし、今日は朝から機嫌が悪いのだ。
「私なんか、プロのメイクさんに綺麗にして貰ったのに、手しか移ってないんだもの。あれじゃあ、私だと誰も分からないじゃない。」
「そんなことありませんよ。とても綺麗で素敵な手ですよ。」
亨は、そう言ってママの博子を励ましたが、博子の機嫌はなおらなかった。
そのおかげで、智子は、今日、余計に忙しい思いをしなければならなかった。
 ドアのベルが鳴って、伸一が入ってきた。
伸一は、まっすぐカウンターの方へ歩いてくると、ママの博子に封筒を渡した。
「何かしら?」
ママの博子は、ペーパーナイフで封を切ると、中身を取り出した。
ビデオテープが1本入っていた。
「あら、これなら、もう頂いているわよ。」
ママの博子は伸一にビデオテープを返そうと差し出したが、伸一はそれを制し、わけを話した。
「もう、PRビデオは見て頂けたようですね。」
「いったい、どうなっているの?あんなにキレイにしてもらったのに、手だけしか映っていなかったら意味がなかったんじゃないかしら。期待させるだけさせておいて…」
「それは違いますよ。先輩はママさんのために、特別に1本撮らせていたんですよ。メイクも衣装もそのためだったんです。」
「まあ、いつの間に?それはまったく気が付かなかったわ。それで、これがその1本なの?」
「そうです。後でゆっくりご覧になるといいですよ。それから君達にも1本ずつ。」
伸一は、薫と智子にも1本ずつビデオテープが入った封筒を渡した。
良介が、葛西に指示して、アシスタントにメイキングビデオを撮らせていたのだ。
本編でも、一部、その映像が使われている。
薫が、床に大の字になり、智子が座り込んで天井を見上げたシーンだ。
実際には、撮影終了後に見せた二人の表情だったが、アシスタントがメイキング用に天井に固定したカメラから撮っていたものだった。
「ありがとうございます。いい記念になるわ。」
智子は、伸一に礼を言った。
薫も、軽く頭を下げて会釈した。
伸一は「どういたしまして。」そう言うと、店を出た。

 孝太達は、バザーで出店を出してくれる、地元商店街の店を1件1件尋ね歩いて、売り出す商品や、その価格、必要なスペースの広さなどを入念に打ち合わせしていた。
孝太たちは、手分けして、その作業に当たっていた。
まず、温子が駅前からの2ブロック、孝太が、その先の2ブロック、そして、涼子が最後の2ブロックを担当することになった。
打ち合わせが終わったら、噂の“HIRO”で待ち合わせすることにした。
「それじゃあ、皆さん頑張りましょう。」
温子がそう言うと、三人はそれぞれが担当するブロックへ歩いていった。
温子は、リストを見ながら、早速最初の商店へ入っていった。
孝太と涼子は二人で次のブロックまで一緒に歩いた。
何を話すでもなく、第三ブロックまでの道のりを、涼子は、孝太の少し後をついて歩いた。
孝太の背中を見ながら。
すぐに第三ブロックについた。
涼子は、立ち止まった孝太の背中にぶつかりそうになり、不意に我に返った。
「涼子ちゃん大丈夫?」
そう言って、孝太は、涼子の肩に手を置き、ウインクした。
「まあ、部長みたい。」
そう言って微笑んだ涼子の笑顔に、孝太はドキッとした。
それを悟られるのをごまかすように、廻りの商店を見渡した。
「俺は、ここからだから。じゃあ。後でまた…」
「ええ、がんばってね。」
最初の店に入っていく孝太の姿を見送って、涼子は早足で第五ブロックまで歩いた。
 打合せを終えて、最初に“HIRO”へやって来たのは涼子だった。
店内には、まだ、他の客はいなかった。
「いらっしゃいませ。あら、あなた…」
カウンターの中で、雑誌を見ていた智子が、不思議そうな顔で涼子を見た。
 実は、前日、司と知美が店を訪れていた。
知美は、今日、二階堂教授の息子がやっている“ムササビ”という、アニメスタジオへ行くと言っていたはずだ。
こんな時間にここへ来るのは、おかしい…智子はそう思ったのだ。
「今日は、アニメスタジオへ行くはずじゃあ…」
「えっ?」
涼子は、一瞬とまどったが、すぐに知美と勘違いしているのだと気が付いた。
「あっ、もしかして、藤村さんと間違えていますね。」
智子は、キョトンとして涼子を見ている。
涼子は、自分が、藤村知美にそっくりで、偶然ボウリング場で会って、その知美が、だぶん、もうすぐ来るはずの孝太の高校時代の同級生で、孝太のことが好きなことや、今の孝太の恋人温子と張り合っていること、逆に、知美のことが好きな司のことなどを、一通り説明した。
ちょうど二階から降りてきたママの博子が、興味津々といった表情で、話に割り込んできた。
「なんだか、昼メロのドロドロみたいな話しねえ。」
「ああ、ママ!おはようございます。」
智子はママに挨拶した。
涼子も、軽く頭を下げた。
「それで?」
ママの博子はカウンターに身を乗り出して、話しの続きを聞きたがった。
ちょうどその時、孝太が店に入ってきた。
「あら、噂の彼ね。」
事情が飲み込めない孝太は、しどろもどろしながら、三人の顔を見た。
「まあ、まあ、とりあえずお座りなさいな。」
ママの博子は、そう言って孝太に、涼子の隣の席を示した。
孝太が席に着くと、智子が思いだしたように言った。
「ごめんなさい、そう言えば、まだ注文も聞いてなかったわね。」
「あら、あら、智ちゃんも注文も聞かないで、こんな話しに夢中になるなんて、井戸端会議に夢中になっている、オバさんみたいね。」
「失礼ね!私は、ママとは違います。」
「こんな話しって?」
孝太が、涼子に尋ねると、涼子は智子と目を見合わせ、クスッと笑った。
「何でもないの。それより何にいたしますか?」
智子が、再度、注文を聞いた。
孝太は、コーヒーを頼み、涼子はアップルティーを頼んだ。
涼子はふと思った。
孝太と二人だけで、(ママの博子と智子は別として)こうしているのは初めてだなあ…と。
温子がもう少し遅れてきてくれたら…そう思ったところに、店のドアが開いて、温子が入ってきた。
「お待たせ。本屋のおやじが、しつこくて。」
温子は、涼子の隣の席に座った。
「涼子のところはどうだった?」
「私のところは順調だったわ。」
「孝ちゃんは?」
「うん、おかげさまで。」
「じゃあ、あれを見せて貰いましょうか?」
温子が、そう言って、例のPRビデオを見せて貰いたいと頼んだ。
「僕たち、この件には係わってなかったから、まだ見てないんですよ。すごく評判だって聞いたから、どうしても見たくて。」
「あら、めちゃくちゃ係わったでしょう。」
温子が手の指にできたタコを示しながら、ふくれっ面で言うと、涼子も頷いて温子のふくれっ面をまねした。
「ああ、そうだったな。」
ママの博子がビデオテープをセットした。
テレビの画面から、映像が流れ始めた。
 この店のロゴが入ったエプロンをした、ネコの看板が映し出された。
「あれっ?」そう思いながらも、三人、いや、智子も入れて四人は画面を見ていた。
太ったネコ“ぷーすけ”を抱いたママの博子がいる。
ロケハンが、店で撮影の準備をしている。
スタイリストが智子とママのメイクをし、衣装を合わせている。
薄紫色のブラウスにデニムのスカートを身につけたママが、エプロンをしながら、二階から降りてくる。
厨房で、コ−ヒー豆を挽きながら、鼻歌を歌っている。
食器棚から、ティーカップを取りだし、コーヒーを入れている。
ちょっとカメラ目線で、ほほえみかける。
少し引きつっているが、映像的にはなかなかのものだ。
ビデオの後半は、スタッフのためにサンドイッチを作っているところや、休憩しているスタッフにお茶を入れて差し入れしている姿、空き時間に雑誌を見ている姿などが次々に映し出されてくる。
「ちょっと!これって?」
智子がママの方を見て、睨み付けている。
「エヘッ。」ママの博子は、ペロッと舌を出して苦笑いした。
孝太達は、訳が分からず、二人のやり取りを見ていたが、これが、PRビデオではないことだけは分かった。
智子は、ビデオテープを入れ替えると、孝太達に詫びて、再びママを睨み付けた。
「すごい、すごい。」
温子と涼子は、PRビデオを見終わると、拍手喝采した。
「さっきのママさんも素敵でしたよ。」
涼子がそう言うと、ママの博子は上機嫌で、アップルパイを出してくれた。
ママ特性のアップルパイは、とても上品な味で旨かった。
孝太達は、ママにお礼を言って店を出た。
しばらく歩いて、涼子は、立ち止まり、“HIRO”に戻ると言った。
どうやら忘れ物をしたらしい。
孝太も、温子も一緒に戻ると言ったが、涼子は一人で大丈夫だと言って、駆けだした。
店に戻ると、智子が、微笑んで「これでしょう?」そう言って、小さな紙袋を差し出した。
涼子は、紙袋を受け取ると、礼を言って店のドアを開けた。
涼子が、店を出ようとしたとき、智子に呼び止められた。
「あなた達、お似合いよ。きっと。素敵なカップルになれるわ。」
涼子は、顔が一気に赤くなっていくのを感じた。

 平日、しかも雨だと言うのに、ものすごい人だ。
東京ディズニーランドは、まだオープンして間もないこともあって、この日も、かなり混んでいた。
人気のアトラクション、“スペースマウンテン”の行列に並びながら、良介は、“もううんざりだ”という、表情が表にでないように気を付けながら、列が進んでいくのを、ひたすら待っていた。
望は、パンフレットを広げて、園内の案内図を見ている。
「ねえ、少しお腹がすいたわね。これに乗ったら、ここに行ってみましょう。」
望が指したのは、“カリブの海賊”というアトラクションが入っている建物の中にあるレストランだった。
「そんなところに行ったら、また、めちゃくちゃ混んでいるんじゃないのか?腹が減ったのなら、こう、もっと、簡単に食えそうなもの売っているワゴンかなんかに行ったらどうだ。」
望は首を横に振って、猛反対した。
「バカね!その辺で、デーとしているのとは訳が違うのよ。せっかく来たんだから、並んででもここに行かなかったら、自慢話もできないじゃない。」
良介は、“やれやれ”と思ったが、今日だけは、お姫様の言う通りにしておこうと思った。
 実は、良介が“ファントム”にこもっている時、映像エンジニアの源が、パスポートチケットを5枚手に入れたと言って、そのうちの2枚を良介に譲ってくれたのだ。
残りの3枚は自分が娘を連れて家族3人で行くとはしゃいでいた。
良介は、CIPの部室に戻ると、それを望の顔の前でちらつかせた。
こう見えて望は、遊園地が大好きで、特に絶叫マシンといわれるジェットコースター系の乗り物には目がないのだ。
「何よ!」と、食ってかかろうとした望の目が、瞬く間にキラキラ輝きだした。
望が良介の手から、そのチケットを奪い取ろうとした瞬間、スッと良介は手を引いて、チケットを持った手を背中のうしろに隠した。
「良介、お願い。それ見せて。」
望が、良介の背中のうしろを覗こうとすると、良介は、身体をひねって、逃げる。
逃げた先にいた温子が、良介の手からチケットを取り上げる。
「あっ!これ、ディズニーランドのチケットじゃないですか!どうしたんですか?」
「温っちゃん、ごめんなさいね。それは、良介が、私のために手に入れてくれたものなの。だから、返してちょうだい。」
そう言って望は、温子に向かって、右手を差し出した。
温子は仕方なく、チケットを望に渡した。
「いいなあ…」そう言って、温子は孝太の方を見た。
孝太は、良介の方を見たが、良介は顔の前で手を振って、交差させ、×マークを作った。
「それで、良介、いつ行こうかしら?」
つかの間の王様気分が、あっと言う間に逆転して、良介は少し、気落ちしていたが、とりあえず、むさ美のバザーが終わってからにしようと言うことになった。
 むさ美のバザーは、CIPの奮闘により、大成功に終わった。
CIPは、収益の20%を受け取ったが、それでも大学側は、例年の三倍もの収益を得ることが出来た。
今回は、ほとんどが人件費。
“ファントム”のスタッフ以外は、全て自分たちの足で動き回ったので、撮影用の機材の損料などを差し引いてもかなりの黒字で終えることが出来たと望からの報告があった。
そのうちの50%をCIPの口座に蓄え、残りは全員で分配した。
孝太達一年にとっては、初めての給料ということになる。
孝太は、望から受け取った封筒の中を見て驚いた。
一万円札が6枚入っていた。
 はっきり言うと、良介は絶叫マシンという物が苦手だった。
自分たちの順番が近づいて来るに連れて、良介は、だんだん落ち着きが無くなってきた。
望はそのことを知っているので、良介が途中で逃げ出さないように、しっかり腕を捕まえている。
ついに、順番が回ってきて、スペースマウンテンの箱に乗り込む。
頭の上から、ガードが降りる。
「着替えのパンツは用意してあるのかしら?」
望がからかう。
「何のことだか…」
良介がごまかそうとした瞬間、その箱は動き出した。
「うぉー」早くも良介が、わめき始める。
「まだ早いわよ。」
箱は、スピードを上げ、急カーブを高速で廻っていく。
登る。落ちる。曲がる。
「うぉー、うわー、あー…」
そんな良介の横で望は、足をバタつかせて喜んでいる。
箱が通り過ぎていく、廻りの景色は高速で宇宙を旅する宇宙船をイメージしているようで、暗闇があるかと思えば、鮮やかな星が流れて行ったり、屋外のジェットコースターとはまた違った楽しさがあった。
良介には、そんな景色など何一つ目に入らなかった…というより、良介は、箱が動き始めてからずっと、目を思いっきりつぶっていた。
箱は、あっと言う間にプラットホームに戻ってきた。
良介には、一時間にも二時間にも思える、時間だった。
箱から降りた良介は、少しふらついて、望の肩にしがみついた。
望が良介の股間を触る。
「お漏らしはしなかったみたいね。」
そんな風にからかわれても、良介は何も言い返せなかった。
 レストランの前にも、予想通り行列が出来ていた。
順番待ちのベンチに座ると、良介は、うつむいて、両手で頭を抱え込んだ。
「だらしないわねぇ。男なんだから、ちゃんとエスコートしてよ。」
「無理言うなよ。ああいうの、俺が苦手なことは知っているだろう?ありったけの勇気を振り絞って付き合ったことに対しての賛辞くらいあってもいいんじゃないか?」
三十分ほどしてようやくテーブル席に着いた二人は、肉料理をオーダーした。
望は早速パンフレットを広げて、次のアトラクションを探している。
「次はこれね。“カリブの海賊”これならあなたでも大丈夫だと思うわ。さっきのスモールワールドみたいなヤツだから。」
その時、レストランにミッキーマウスが入ってきた。
「良介、カメラ、カメラ!」
望は、良介からカメラを奪い取ると、ミッキーマウスに向かってシャッターを切った。
すると、ミッキーが良介達のテーブルへやって来てくれた。
望は良介にカメラを投げると、ミッキーの横に並んだ。
「早く撮って!」
良介は、ミッキーマウスの横で、Vサインをして、満面の笑みを浮かべている望を見ると、心が安らぐのを感じた。
 食事を済ませて、次のアトラクション、“カリブの海賊”にやって来た。
以外とすいていたので、すぐに乗ることが出来た。
スターとするとすぐに、急降下。
「話が違うじゃないか〜」良介は、そう思ったものの声に出すことが出来なかった。
存分に楽しんで、駐車場に向かう、望は、るんるん気分だった。
雨も、既にあがっていた。
良介は、両手に紙袋をいくつも持たされている。
「こんな姿、他のメンバーには絶対に見られたくないな。」良介は、そう思った。
車にたどり着くと、良介は、一旦紙袋を置いて、ポケットからキーを取りだし、フェラーリのドアを開けた。

 思わぬ、臨時収入に、孝太は使い道を考えていた。
温子も、涼子も、貯金すると言っていたが、孝太には、まだ、必要な物が山ほどあった。
貯金にまわすほど、生活が充分に潤っていなかった。
とりあえず、服を何着か買うことにした。
むさ美のバザーで、出店してくれる店に打合せに行ったとき、古着屋があったのを思い出し、出掛けてみた。
 まだバザーのポスターが貼られたままの店もある。
自分が担当として打合せに行ってきた第三ブロックにさしかかった。
「まあ、部長みたい。」
そう言って、微笑んだ涼子の笑顔を思い出した。
 古着屋の店主は、孝太のことを覚えていてくれた。
ちょっと、よそ行き用のジャケットとパンツ、等を買った。
店主は、「半額でいいから。」とサービスしてくれた。
帰りに、“HIRO”へ寄ってみることにした。
むさ美のバザーが終わって、まだ間もないのに、懐かしい感じがした。
ドアを開けると、“カランカラン”とベルが鳴った。
「いらっしゃいませ。」
たぶん智子の声だ。
入口を入ってすぐのテーブル席に中年のカップル、カウンターに若い女性が一人座っていた。
孝太は、カウンターに向かって歩いていった。
女性の座っている席の二つ奥に座って、女性の顔を見た。
「藤村?」
そこにいたのは、藤村知美だった。
「あっ、孝太君。」
「えっ?涼子ちゃん?」
むさ美の近くなので、必然的に知美だと思ったが、考えてみれば、涼子の家もここからそんなに遠くはない。
「どうして?涼子ちゃんが?」
「あら?変かしら?私の家は隣の駅なのよ。むさ美のバザーの後はよく来ているのよ。」
涼子は、ポーチから小さな紙袋を取り出した。
「これね、この前、打合せに行ったお店で、可愛かったから買っちゃったの。」
そう言って、孝太の隣に席を移ると、紙袋を開けた。
まだ、テープが貼ったままだった。
中にはキーホルダーが二つ入っていた。
一つは、女の子で、もう一つは男の子の人形がついていた。
彼らが着ている服はハートの形が半分になったものだった。
二人をくっつけると、ハートの形が出来るようになっていた。
涼子は、そのうちの男の子の方を孝太に差し出した。
「一つ孝太君にあげるね。」
照れ隠しするように、涼子は、アップルティーの入ったティーカップを自分の前に置き直した。
「それね…」
智子が、口を出そうとすると、涼子は口の前で人差し指を立てて、「ないしょ!」のポーズをした。
「さあ、そろそろ私、帰らないと…」
そう言って、涼子は席を立った。
「ああ、孝太君の分も、今日は私が払ってあげるわね。」
「いいよ。臨時収入も入ったことだし、涼子ちゃんの分も俺が払っとくから。」
「無駄使いしちゃダメだよ。いいって!温子から聞いているから。孝ちゃんは貧乏だから、私が養ってあげなきゃいけないんだって。」
財布から、千円札を1枚取り出して智子に渡そうとする涼子の手を、孝太は掴んだ。
その勢いで、涼子は少しよろけた。
弾みで、孝太に抱きつく格好になった。
孝太も想わず、涼子を抱きとめた。
孝太の手が、涼子の背中をしっかりと抱きしめた。
涼子も孝太の胸に顔を埋めた。
ほんの一瞬だったが、孝太の胸のぬくもりを感じた。
「おやおや、ここはお茶を飲むところなんだけどね。」
ママの博子が、どこからともなく現れて、そう言った。
二人は、ハッとして離れた。
涼子は顔を赤くして、千円札を置くと、お釣りも受け取らずに、駆けだしていった。
店を出る前に、もう一度、「ないしょ!」のポーズをして、ドアから出ていった。
店を出ると、涼子はそのまま駅まで走った。
 孝太は、カウンターの上に置かれた千円札を無意識のうちに、ポケットにしまった。
とりあえず、ここの勘定は自分が払って、後で涼子に返すつもりだった。
カウンターの中では、ママの博子が、智子にいさめられている。
「また、余計なことを言って…」
そんな二人をよそに、孝太は涼子が置いていってキーホルダーを見ている。
どこか、自分に似ているような気がした。
涼子は、数日前に買ったこのキーホルダーをずっと開けずに持っていたのだ。
今日、ここに来たのも、もしかしたら、孝太がここを訪れるかもしれないと思ったからだった。
「それね…彼女には口止めされたけど…」
キーホルダーを見ている孝太を見て智子が、口を開いた。
「あの日ね、あなた達が来た日のこと。三人で帰った後、あの子、一人で戻ってきたの。それを忘れたからって。それ、私も同じ物持っているの。それが入っていた紙袋はそこの雑貨屋さんのものだったから、取りに戻った彼女に渡そうと思って、それを手に取ったときピンときたのよ…彼女、間違いなく、あなたのことが好きなのだと思うわ。」
「あなたこそ、余計なことを言ってない?彼の顔をご覧なさい。」
孝太は、自分の心の中で何かが変わっていくのを、もはや、否定しなかった。


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