出会い
真柴出。
この間、俺にチョコを渡して逃げて行った女は、今俺の頭の中を独占している。
俺は入が嫌いだった。
なんでも出来て、色んな奴から好かれてて、優しくて、便りになって、素直で、可愛くて、いつも彼女は知らず知らずの内に俺のダチ皆の心を癒していった。昔から色んな事を言われ、育ってきて俺達は人間不信に陥り、俺等の間でも言えない事は多々あった。なのに、入を前に、皆は心の引っかかりを取り除いた。
それが怖かったのかもしれない。だから、俺一人だけここの高校に編入した。有名私立の高校に通っていた時と違って、ここは気の休まる場所が沢山あった。俺を慕う奴等と一緒にバカやって、たまに教師からの説教を受けて、喧嘩して体がボロボロになったのにも関わらず、毎日喧嘩した日もあった。胸糞悪い喧嘩もあれば、心が晴れ晴れとした喧嘩もある事に気付いた時は、もう辞められないとさえ思った。
だから、毎日が充実しているように思っていたある日に、出と出会って、自分の中の何かが音を立てて始めようとしていた。
出を見た時、冴えない女が悪質な悪戯をしているように見えた。だから声を掛けて、今じゃ気心の知れた仲間とたむろしている空き教室に連れて行き、改めて出を見た。
鼻の形が入そっくり。顔の輪郭も、目の形も。なのに、美人じゃないのは、きっと顔のパーツの配置なり、大きさの違いとかで残念な顔になっているからだ。親戚か何かか?
「あれ、お前だろ?」
「…………?」
首を傾げる女に、はっ倒したい気持ちになるのをグッと抑える。
「その仕草は可愛い子の特権であって、ブスがやってもキモさが増すだけだ」
そう言えば、女の眉間に皺が寄って信じられないという顔をされた。その顔で、どれだ けの自信を持っていたのだろうと疑問に思うところだ。
「お前も面白い事するよなぁ」
「い、いえ、そんな、職員室に置いてあった担任のカツラをわざと落し物として届けたのは私じゃないです…」
「お前かよ、あの犯人!それのせいでやってもいねぇ、俺等がとばっちり受けたっつーの!!」
そもそも俺等なら落し物として届けるという悪質な事をするより、速攻燃やす。
「それじゃなくて、」
「いつだったかの売店のプリンまとめ買いも私じゃないです…」
「またお前かよ!!!」
そういえば、ある時、プリンを食べようと思って売店に行けば早くも売り切れの紙が貼られてあった事があった。
「うぇ…?……………じゃあ、校長の肖像ポスターの鼻に画鋲刺しまくって大きな」
「それもお前かああああぁぁぁぁぁああ!!!!!!」
女の頭を鷲掴みして、教室の床に押し倒して海老反りを食らわせる。潔く食らっている所を見れば、悪い事をした自覚はあるのだろう。
「全部の悪質な悪戯はお前だろー!!」
「ぐああああ!!!ギブギブ!!」
床をバシンバシン叩きながら、大きなダメージを食らった事を猛烈にアピールしていたが、今までの出来事全ての悪戯を俺等に擦り付けた事を考えれば海老反りにも力が入る。
「お蔭で、俺がどんだけ教師達にやってもいねぇ事で説教されてたと思ってんだゴラ゛あ!!!」
巻き舌で怒鳴れば、「優貴さん、逝き掛けてるッス!」という声でようやく女を解放した。
「…おばあちゃん、生きてるはずなのに三途の川の向こうで手、振ってた…!」
「死に際なんじゃねぇか?テメェのばあちゃん」
「なんて縁起の悪い事を!」
「お前名前は?」
「自分の名前を名乗るのが先でしょ!」
「ほほぅ。口裂け女にしてやろうか?」
「真柴出です!」
俺の言葉を重ねて、女は名を名乗る。真柴、の名前に頭を鈍器で殴られたかのようなショックを受ける。
「…真柴?真柴入と親戚か何かか?」
「………………?」
また首を傾げて、誤魔化そうする女に直観的に、あぁ、コイツも入の事が嫌いなんだと悟った。
でも、隠しようがない程に顔のパーツは似ている。特に鼻と輪郭辺りが。
「だから、それは入みてぇな可愛い女がやる仕草だっての」
「知らない人だし」
その一言が決定打だった。コイツは、出は入の事をコンプレックスに思っている。美人な身内と比べられた数年間は計り知れない憎悪をもたらしたのだろう。
「知らねぇはずはねぇだろ。入は、お前の話をよくしてる」
入は、家族の事をなんでも話す。当然、出の事も話題に上る。入は完璧身内贔屓で出を可愛くて優しいのだと言う。多分それは、出が入に悟られないように自分を押し殺していた結果だろう。
「でも、私は知らない」
「…………」
出は気付いてないだろう。その目が憎悪と嫌悪の炎で燃えている事を。
「じゃあ、もう行くから」
スカートのポケットから綺麗に包装されたバレンタインチョコを受け取り、少しの間それを眺めていた。
冴えない女。なのに、入という存在のせいで自分に陰を持たざるをえなかった女。劣等感という感情は知らない。そういう対象は近くには居なかった。同情してる?してるんだろうな、完璧あの女に。
学校からの帰り道の途中で携帯が鳴った。着メロはクラシック。最近つるんでる奴等がロックとか、バラードとか最近人気の曲をよく進めてくるかた、クラシックと言っても最近耳にする曲のクラシック版というだけで、クラシックでもなんでもないけど。
携帯を開けば入の名前が目に入る。出ようか出まいか迷って、結局出ない事に決めて、着信を止めて電源を落とす。
「ひどーい!!!なんで出てくれないの!!?」
後ろから女の高い声と昔からのダチ数名。
「なんで出てあげないんだ?」という非難の眼差しを総無視して、何しに来たんだと目で訴える。
四人の個性的な友人達は、互いに牽制しながらも、入の近くを離れようとしない。
「今考え事してたんだよ。だからお前に構う暇ねぇの」
「あ、いいのかな?そういう事言っちゃっていいのかな?そういう事言う人には入ちゃん特性のチョコあげないんだから!」
「んな、毒物とっとと捨てろ」
入は料理が下手だ超人的な下手さを披露してみせた有名私立校入学一年目の春の調理実習は地獄を見た。あの情景が一気に蘇る。
なぜ、卵を包丁で切ろうとする。玉ねぎの皮剥きすぎだ、それ何も残ってねぇじゃねぇか。鶏肉をそのままフライパンに入れようとするな何を作る気だ。おい、なんで汁が緑色してるんだ。秘薬でも作る気か、それとも何かを召喚する気なのか、という注意という説得丸無視したこの女は恐ろしい事に、同じ調理室で調理していた生徒と先生を合わせて四人ほど、悪臭だけで病院送りにして、更に悪臭を充満させた調理室で楽しそうに何かを作っていた。既に生徒達は調理室から避難していて、作業を続けている入をドアに填められたガラス越しから皆で見守った。親子丼の見る影はなく、完璧に魔女が作っているような秘薬だ。あれ、本当に卵と玉ねぎと鶏肉と、だし汁と醤油と酒と砂糖で出来てるのか?絶対に違う。もしそれがそうなら材料はどれだけ残念な末路を辿っている事になる。これならいっそ腐らせてあげた方がマシだと、そう思えるほどに入の料理は見る物を恐怖に陥れる。
「ひっどーい!!一生懸命作ったんだよ!」
「一生懸命殺傷能力の強い毒物作るなって言ってるんだよ」
「むぅ。皆、私が選んで買ってくれたチョコが良いって言うから、買ったチョコプレゼントしたんだけど、私どうしても手作りチョコ作りたかったんだもん!だから、これ、優貴にあげる!」
「ふーん」
大事に親友を売ったのか、という視線を四人に向ければアッサリと明後日の方向を向きやがった。
「味見したのか?」
「してないけど」
「今すぐ、それ開けて自分で食べて、自分の料理音痴を自覚しろ」
「ヤダ!それじゃ、私が病院送りになっちゃうじゃない!」
「自覚してんならそれすぐに捨てろ。それに俺は今年、本命の女(予定)から貰ったチョコがあるからいらん」
「本命の女!?」
声を揃えて驚く五人はあり得ないという表情でこっちを見てくる。
酷いのはお前等だと言いたい。