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ちょっとストレスな彼女
作者:天中涼介
 冬ってのは大嫌いだ。
 なぜって、寒いからに決まってる。
 今朝は特に寒いときてるから地獄だ。
 まったく、こんな日に自転車なんて…。

「ストーップ!」
 急ブレーキが間に合わないのかと思うくらい唐突な出現。
 危うく転倒するところを、持ち前の反射神経でこらえながら、目の前で仁王立ちする奴を睨みつける。
 可愛い顔を伏目がちに威風堂々立ちはだかるのは、短いスカートを穿いた女の子。
 彼女は亜樹。一応、俺の彼女である…。
「危ないだろ! 急に飛び出したら。轢かれたって文句言えないぞ!」
「ちょっと聞いてよ、拓郎!!」
 ありゃ、朝の挨拶も無ければ、ご免なさいも無くて、それどころか朝からご機嫌斜めですか!?
「ど・どうしたんだよ?」
 なんだか、半端無いくらいお怒りですか?
「あたしの自転車! 盗まれたんだよ!」
 少しホッ。
 俺が原因で怒ってるんじゃないのね。かといって、俺が怒られるいわれもないのだが。
「よくあることじゃないか。別にブランド物とか高価なもんじゃ無かったろ」
「そうよ! 単なるよくあるママチャリよ! 去年の売り出しで買った一万円もしないやつよ!」
 あ〜、なんだ? 変な怒りに火がついたか?
「どうせ、買い物にでも行って不用意に止めといたんだろ?」
 八つ当たりの的になるのは御免だ。
 盗まれるってのには、大概本人の不注意や油断があるもんだ。それを理解させねば。
「じょ〜だんじゃないわよ!!」
 なんだ? いきなり炎上したぞ。
「あたしの家で盗まれたのよ! 昨日、帰ってから車庫の定位置に置いて、二重のチェーンロックして、カバーまでしたのよ! 有り得ないでしょ!! あたしだってね、駅前やデパートの駐輪場で盗まれたなら、仕方ありませんでしたって言うわよ! けどね、自宅の車庫から鍵壊されて持っていかれてるのを、あたしの不用意だなんて言われたくないわ!!」
 …ごもっとも…
「大体ね、拓郎にはやさしさってものが足りないのよ! さも、あたしが不注意みたいな感じで! 気の毒だねっとか不運だったねっとか言えないわけ!!」
 …いやいや、まったく…
 しかし、理不尽な怒られ方もあったもんだ。
 亜樹の状況によっては、俺の言葉ひとつでいわれの無い怒りが天災のように降ってくるわけだ。
「いや、状況が分からなかったからね…。いや、それは大変だったな」
 俺がそう言ったら亜樹は、フンっと軽く鼻を鳴らして両手を腰に当てた。
 勝ち誇ったような憎らしい顔なんだけど…こういうのも可愛い。
「別にいいの。ちょっと八つ当たりしたかっただけだし」
 八つ当たりそのまんまかよ!
 俺としては、深い溜め息しか出ない…。
「ね、拓郎」
「はい、はい」
 うんざりとした返事になってもしかたなかろう?
「自転車乗せて」
 いいよ。と気軽に言いたいが、残念ながら俺の自転車には後部座席になるべき荷台は無い。
「乗せたいのは山々だが、ご覧の通り乗せられないんだよね」
 ん!? 今、可愛い口の端から、チラっと舌が見えなかったか?
「あら、あたしが乗って、拓郎が歩くのよ」
 なに!? なぜそうなる?
「だって、拓郎は男でしょ? あたしより体力あるしバスケやってるから持久力もあるじゃない。あたしは家からここまで歩いて来て、ちょっと疲れてるでしょ? おまけにこのまま歩いてたら筋肉がついて脚が太くなる可能性もあるじゃない。彼女の美貌も保たれて、拓郎の体力作りにもなるっていう一石二鳥の名案でしょ?」
 …なんていう理屈だ? 自己中心的もいいところだ。おまけに『美貌』と自分が言うか?
「…明日、荷台付けてくるから。明日から乗せてやるから、今日は我慢して歩けよ」
 泣きそうな表情でもするのかと思いきや、亜樹はちょっと左眉を吊り上げた。
 まずいな。このパターンは…。
「拓郎は彼女を歩かせて平気なんだ。あたしは彼氏にはスポーツマンらしく格好良くいて欲しいな。友達とかに紹介するときでも誇らしくありたいじゃない? 拓郎は今でも格好良いけど、もっと素敵になったっていいじゃない? そういう努力もしてほしいの」
 …わかったから、やめてくれ…
 ここは天下の往来で、今は朝の通学通勤の時間帯。
 道行く人々が薄笑いで往行していくのは、きっと俺達のせいなんだろ。
「わかった。乗ってくれ」
「やった! それじゃ遠慮なく」
 これ以上笑われるくらいなら、今日一日運動量が増えたところで、どうということはない。
 まぁ、亜樹の機嫌を損なわないってのが一番かもしれないが。
「拓郎。前歩いて」
 いそいそとサドルを自分サイズに下げて、亜樹は俺の自転車にまたがった。
 ん? 俺の後ろに着いて何する気だ?
「さ〜拓郎、走って、走って!」
「な!? ちょっと、あぶね〜っての! なにすんだ!」
 俺を轢くかの如く走り出した亜樹の乗る自転車から逃れるため、必然的に走り出したが、俺の口から文句が出るのは必然だろ!
「拓郎、寒いの苦手じゃない。走って身体を温めましょう。ついでに格好良くなるなら、名誉も手にしちゃえ!」
「名誉!?」
「秋のマラソン大会に優勝よ!」
 あっ、右のふくらはぎ、かすった!
「おまえ!! 早く自転車買え!!」
 こんなのマラソンなんかじゃない! ほぼ全力疾走じゃないか!!
「あら、もう決めたもの。明日から朝、迎えにいくわ。この自転車で」
 …絶句…

 こんなんで、いいのか? …俺…

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