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この作品には 〔ガールズラブ要素〕 が含まれています。

君は知らない

作者:牧屋美邦

【企画】覆面小説家になろう〜雨〜 参加作品を加筆・修正した改稿版です。
 下記の「覆面小説家になろう」サイトから、
 〜雨〜のテーマに沿った作品群を読む事ができます。
 どうぞお越し下さい。
 http://masquerade.kakurezato.com/
 君は知らない。
 そばにいられるだけで、どんなに嬉しいかを。
 一緒に同じ空気が吸える。同じものを見る事ができる。
 毎日顔を合わせる。他愛のない言葉を交わす。
 それだけで良いと思っているのに、時々苦しくなる。
 こんな想いを、たぶん君は知らない。




「部活動の予算会議、意外と早く終わったね」
 肩からずり落ちそうになるバッグを背負い直し、曇り空を見上げて文月ふづきが呟いた。二人並んで、校門までのだらだら坂をくだる。左手には、こんもりとした林が続き、濃い緑の葉を茂らせていた。
「予算っつっても、決められた枠の中で、各部活が分捕りあうだけだからなあ」
 柔らかそうな栗色の髪に縁取られた、整った横顔を眺めて答えた。
 生徒会役員になろうと思ったのは、文月が立候補すると聞いたから。一緒に活動できれば、顔を合わせる機会も増えるだろうと思った。きわめて動機が不純だが致し方ない。
 会議中の真面目くさった顔も良いが、こうやって二人だけで帰る時の、のほほんと緩んだ表情も好きだ。
 西高副会長の永森文月。皆の前ではキリリとしているが、話してみると気さくで天然キャラも少々入っている。名前通りの文月(七月)生まれ。彼氏はいて当然と思われているが、今のところ噂先行で、その実態は掴めていない。
 当初の目標は達成できた……と思う。問題はここから先だ。俯いて小さく溜め息をついた。

「ねえ、拓。雨の匂いがするよ!」
 文月は突然立ち止まり、鼻をひくひくと蠢かせた。
「拓」と下の名前で呼ばれると、だいぶ親しくなった今でもドキリとする。自分は文月にとって、特別な存在なのではないか。そんな筈はないけれど、期待ばかりが膨らんでしまう。
「雨の匂い?」
 問い返すと、罪作りな女は、まだ犬のように何かを嗅いでいる。
「そう。竹の子がニョキニョキって伸びるような香りがしない?」
 文月は時々、突拍子もない表現をする。良く言えば個性的だが、それについて行くのは中々大変だ。女王様が竹の子ニョキニョキと主張する匂いを求めて、息を胸深く吸いこんでみた。
 今日は雲が重く垂れこめ、湿度が高い。草いきれと土の匂いが入り混じった、もあっとした空気を感じる。
「うーん、強いて言えば、土の香りだな」
「それそれ。この匂いがすると、もうすぐ雨が降ってくるの」
「文月はいつの間に気象予報士になったんだ」
 言い合うそばから、額にポツリと雨粒が落ちる。
「……ほんとに降ってきた」
 驚いて天を仰ぐと、文月は自慢げに「ほらね」と微笑んだ。
 水滴が、アスファルトを斑に染めていく。まばらだった水玉模様は、見る間に密度を増した。
「どうせなら、もっと早くに予報してくれると助かる」
「濡れたくなかったら、ゴチャゴチャ言わない。走るよっ」
 文月は軽快なピッチで走り出す。慌てて後に続いた。
 黒のローファーが力強く路面を蹴り、校門を通り過ぎる。中学時代に陸上部だったという彼女の、ランニングフォームは端正で速い。
 紺とグレーに水色のラインをあしらった制服のスカートが、数メートル先で揺れる。追いつけそうで届かない距離が、文月と自分の現状を表しているようで、なんとなく癪だ。
 スカートとハイソックスの合間に覗く、膝裏のへこみまで愛らしく思えるのだから、我ながらどうかしている。
「文月! スカートが短いぞ」
「皆これくらいだよ。風紀委員でもないくせに、うるさいってば」
 雨脚が強くなっている。頬にはりつく髪を払いのけながら、文月はペロリと舌を出して見せた。
 普段はまっすぐな髪が、くるりとカールしているのは、雨に打たれたせいかもしれない。毎朝ドライヤーに時間がかかると言っているから。
 ――寝坊すると大変! 拓みたいな直毛だったらいいのに。
 汗や湿度によって、ゆるくウェーブを描く文月の柔らかな髪が好きだ。直毛なんて、もってのほか。
 あっかんべーなんて、そんな可愛らしい表情をするな。他の誰かに見られたら、悪い虫がついてしまう。
 文月の肩を抱く手、他の誰かに笑いかける文月。彼女の隣に並ぶ、自分でない誰か。
 そこまで想像して、寒くもないのにぶるりと震えた。
 同時に、自身の独占欲の強さにも愕然とする。思わず肩を落とした。
 まだ告白もしていないのに。ああ、これではまるで文月のストーカーではないか。

「何ボーっと突っ立ってんの。びしょ濡れになるよ」
 訝しげな声がして、ひんやりした指が手首に巻きついた。雨に濡れた文月の手のひらは、しっとりとしている。その感触を確かめながら、彼女に手を引かれるまま再び走り出した。
 至福だ。この時間が永遠に続けばいい。
 雨でも雪でも、矢でも鉄砲でも降ってこい。文月と一緒にいられるなら、どしゃ降りの雨だって平気だ。
「バケツひっくり返したみたい。どこかで雨宿りしよ」
「そうだな。翁軒まで突っ走るか」
 翁軒は、校門を出て坂を下った突き当たりにある、ラーメン屋だ。いつもなら西高生のたまり場だが、あいにくと定休日でノレンはかかっていない。
 口の悪い生徒達ならオンボロと呟く店の軒下に滑り滑りこむ。制服のシャツは、肌にはりつくほど濡れていた。
「ふーう。参った」
「あっちの空は明るいんだけどなあ。早くやむといいね」
 文月の言葉に頷きながら、ずっと降ってろ、やまなくていいと、心の中で答えた。二人だけの時間が延びる。こんな雨なら歓迎だ。

 あたりは静かだった。近くの国道で、車が水飛沫をあげる音。オンボロ翁軒の庇を叩く、パタパタと密やかな雨音。人通りもなく、聞こえてくるのはそれだけ。
 隣に立つ想い人は、雨雲のまだるっこしい動きをぼんやり見守っている。
 雨に濡れたままの文月の髪から、ポタリと雫が垂れた。未来の気象予報士に風邪を引かせてはいけない。バッグからスポーツタオルを取り出すと、彼女は当然のように、腕を伸ばしてきた。
 その指先をひょいとかわす。
「貸してくれるんじゃなかったの?」
「聞きたい事がある。この間のカラオケで意気投合した、南高の男子と付き合っているという噂だが」
「そんな噂が流れているのか。早耳だねえ、拓は」
 トクンと心臓が跳ねた。
 勢いで聞いてしまったが、文月が噂を肯定したら、どうするつもりなのかと自問する。 良かったなと笑顔で言えるのか。縁がなかったと、彼女を思い切る事ができるだろうか。
 わずかばかりの沈黙が重い。息を詰めて答えを待っていると、握り締めていたタオルが奪い取られた。
「カラオケには行ったけど、騒いで歌って帰ってきただけだよ。残念ながら」
 成立したのは他のカップル、噂はガセネタだねと、彼女は笑いながら髪の毛を拭く。
 いつもと変わりない文月の口調に、緊張の糸が一気に解けた。
「そうか、良かった。……いや、残念だったな」
「何が良かったのよ」
「我が校の永森ファンが、皆ホッとしているだろうと思ってさ」


 空はだいぶ明るくなっていたが、雨はまだやまない。
 諦めて折り畳み傘を開くと、文月が呆れたように目を見張る。
「持ってるなら、なんでもっと早く出さないの」
「文月が急に走り出したから……」
 言い訳しつつ傘を差しかけた。傘を出さなかった本当の理由は、今さら言えない。
「拓と相合い傘なんて、色んな人に恨まれちゃうなあ」
「んなまさか」
「結構ファン多いじゃないか。知ってるぞ。下駄箱に入ってた手紙は、全部読まずに捨てちゃうんだって? 罪なことするね」
 文月が軽く睨みながら言う。
「読んでから捨てたら、もっと角が立つ」
「ひどいなあ。こんな変人のどこがいいんだろ」
 コロコロと笑いながら、傘を支える腕にしがみついてくる。
 雨で冷えた二の腕に、柔らかな胸の膨らみが押し付けられた。ふわふわと温かな感触は、当然の事だが、文月が生身の少女だと実感させるのに十分だった。
 さりげないスキンシップのつもりなのだろうが、惚れている立場からすれば、ひどく心臓に悪い。動揺を顔に出さずにいるのが精一杯だ。
 だから傘を出したくなかったんだと、小さく嘆息した。

 ようやく雨が上がり、涼しい風が吹いてくる。束の間の雨は、さっきまでの生温かい空気を吹き飛ばしてくれたらしい。
 傘を閉じても、まだ腕にぶら下がっている文月とじゃれあいながら、駅までの道を歩く。
 こんな風に肩を並べて歩けるのは、一体いつまでなんだろうと考える。
 文月が他の誰かと付き合い始めるまでか。それとも彼女のコイバナを、事細かに聞かされる羽目になるのだろうか。
 そうなっても、冷静な友人のフリが続けられるだろうか。思いの丈が、つい口をついて漏れたりしないか。
 文月を、誰にも渡したくない。
 その想いは、彼女と一緒にいる時間が積もれば積もるほど、雨だれのようにポツンポツンと溜まっていく。
「じゃあ、また明日」
 駅前で彼女と別れた。文月はJRに、こちらは私鉄に乗る。
 軽い足取りの彼女を見送ると、いっそ告白してしまえと、内なる声が囁く。そして、いやダメだと首を振る。
 文月と私は、なぜ同性なのだろう。想いを告げたら、一笑に付されるに違いない。
 自分が男だったら良かったと、思った事はない。私は女性である今のままで、文月が好きなのだ。……人生うまくいかないものだと、つくづく思う。
 悩み始めると、雨雲のような黒々とした渦が心の中でトグロを巻く。鬱々と歩いていたら、ポケットの中で携帯が震え、メールの着信を知らせた。

『ヒロム〜! 後ろ、うしろ! 天使の梯子が下りてるよ。
 とってもキレイ。見て、見て!
                        文月』

 顔を上げると、電車の高架ホームから文月が手を振っている。
 西の空を振り返る。グレーの濃淡がある雲の隙間から、キラキラした幾筋もの陽光が射していた。
 天から垂らされた柔らかな光の梯子は儚げで、今にも消えそうに見える。だが淡く荘厳な光は、少しばかりささくれていた心に、素直に沁みた。

『ありがと! いいもの見れたよ。また明日ね。
                       ヒロム』

 また明日、君の笑顔が見られれば幸せだ。今は、それだけでいい。
 メールを返信すると、電車のドアからこちらを見ている文月に向かって、大きく手を振り返した。



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